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第二十六話 「魔物使いの登竜門」

 俺は悪夢を見ていた。

 クリスと楽しい時間を過ごしているはずなのに、いつの間にか一人になってしまう夢。

 俺を置いて彼女が消えてしまう瞬間が何度も何度も繰り返される。


「……っ……!」


 跳ねるように目を覚ます。

 全身汗だくで、呼吸が荒い。

 胸の鼓動がうるさいくらいに響き、頭がぼんやりとする。


「にゃ……ぁあ……」


 隣から間延びした大きなあくびが聞こえた。


「うおぉっ!?」


 その方向を見ると、キラーチェイサーの巨大な顔が間近に迫っていて、心臓が止まりそうになった。

 慌てて後ずさると、背後にごつごつとした何かが当たる。振り向くと、今度はマンティクロスが尻尾を丸めて寝返りを打っていた。


「……なんでこいつら、こんなに近いんだよ……」


 昨夜、檻の中で寝るよう言われた時から嫌な予感はしていたが、まさかこんな状況になるとは思わなかった。

 おまけに、少し離れた場所にはミストフレアが檻の中に設置された止まり木からじっとこちらを見つめている。

 その不気味に光る目に、鳥肌が立った。


 帰りたい……クリス……。



 ---



「起きろ。朝じゃぞ」


 ようやく朝になったらしい。

 夜がこんなにも長いものだなんて知らなかった。


 サイファーが檻の鍵を開けてくれた時には泣き出しそうになった。

 同時に、檻の中で「ジジイ、殺す」と何度つぶやいたかわからない。


 俺はあの後も何度も悪夢を見て飛び起きては、現実の大型の魔物たちが至近距離にいて、心臓が飛び上がりそうになるのを体験した。

 しかしまぁ、襲われることはなかった。

 魔物たちは檻が開くとあくびをしながらのそのそと付いてくる。


「此奴らが小さい頃から育てているからの、可愛い孫みたいなもんじゃ。大人しかったじゃろ?」

「…………」


 ……魔物を見ると確かに大人しい……気もする。



 ---



 居間ではレイアさんが朝食を作ってくれていた。

 昨晩もそうだが、レイアさんは小学生くらいの身長しかないので、鍋を覗き込んだりするときは背伸びしている。

 言葉使いはもはやおばあさんだが、後ろ姿を見ている分には可愛い。

 ゲフンゲフン。

 いや、俺は断じて幼女が守備範囲とかではないのだが……。


「さて、お前さんにはまず魔物使いとしてギルドに登録せにゃならん」


 朝食を食べ終えたタイミングで、サイファーがそんなことを言い出した。


「えっ、勝手に名乗れないのか?」


 俺が素直に疑問を投げかけると、サイファーは杖を指先でくるくる回しながら答える。


「普通の職業なら別にええがの、ワシも認めたくはないが、魔物使いは特殊じゃ。危険だと畏怖されておるんじゃよ。中には魔物を暴走させて建物を破壊させる奴もおるしな」

「……なるほど」


 確かに、それは納得できる話だ。

 ゲームではそんな規制など聞いたこともなかったが、まぁそれは省略されていたのだろうか?

 でも、許可なしでキラーチェイサーなどを連れ回すと何かしら法に触れそうではあるな。


「でも、許可がいるんだったら何かしら試験があるんじゃないのか?」

「なぁに、心配いらん」


 サイファーは胸元から一枚のカードを取り出し、テーブルに軽く叩きつけるように置いた。

 俺は恐る恐る手に取ると、それはギルドカードだった。

 金色に輝く枠が施され、表面にはサイファーの名とランクが刻まれている。


 --------------------------------


 名前: サイファー・オールドリッジ

 職業: 魔物使い(テイマー)

 ランク: S


 --------------------------------


「……すげぇ」


 カードに刻まれた魔物使い(テイマー)の称号と「Sランク」という文字が、ひときわ目を引いた。

 ベルギスもそうだが「Sランク」といえば、冒険者の中でもごく一握りの実力者だけが到達する領域だ。

 それを持つサイファーは、この世界でもトップクラスの魔物使い(テイマー)ということになる。

 自称では無かったらしい。


「どうじゃ! すごいじゃろ!?」


 自慢げに胸を張るサイファーに、俺は少し圧倒されながらも感心した。

 すげぇって反応しただろ……。


「……じゃあ、その弟子ってことで、簡単にギルドに登録できるのか?」

「そうじゃ。ワシの推薦があれば、普通なら試験が必要なところも省かれる。もちろん、見習いからのスタートじゃが、すぐに正式な魔物使いとして認められるわい」

「なるほど……」


 確かに、そんな大物の弟子という肩書きがあれば、ギルドも疑う余地はないだろう。


「じゃあ、さっそく行くぞ! チェイシー!」


 サイファーが勢いよく立ち上がると、キラーチェイサーに合図するように手を振った。

 すると、嬉しそうに尻尾を振る。

 名前はどうやら「チェイシー」らしい。


 外に出ると、サイファーがチェイシーの背中を軽々と撫で、そのまままたがる。

 チェイシーは彼の行動に慣れているのか、尻尾を軽く振りながら座り直して安定した姿勢をとる。


「何しとる。さっさと乗れ」


 サイファーが手を叩きながら促す。

 俺はチェイシーの鋭い爪や筋肉質な体をじっと見つめ、冷や汗をかきながら言葉を詰まらせた。


「えっ……ま、待てよ。これ、本当に乗れるのか……?」


 チェイシーの背は予想以上に大きく、近くに立つだけでもその存在感に圧倒される。

 野生のチーターに似た姿形だが、全長は2メートルを超える。

牙も鋭く、背中の筋肉は岩のように盛り上がっている。

 一応大人しいとは聞いているが……。


「ギルド登録するには大きめの町に行かねばならん。少し遠いが、プレーリーより西にあるカンタリオンまで向かう。徒歩では日が暮れるぞ」


 助けを求めたくてレイアさんを見る。

 彼女は俺たちのやりとりを横目で見ながら、ばあさんのようにお茶をずずッと啜っていた。

 無表情で、何を考えているかわからない。


「わかったよ……」


 俺はしぶしぶ諦め、恐る恐るチェイシーの脇腹に手を添えると、ぐっと背中に跨る。

 毛皮の滑らかな手触りと、下に感じる強靭な筋肉が印象的だ。


「怖ぇ……これ、超怖ぇ!」

「ぐだぐだ言うな。大丈夫じゃ。ほれ、背中をしっかり掴んでおれば振り落とされん」


 怖がる俺を尻目に、チェイシーは特に気にする素振りもなく欠伸をしている。

 だが、そのしなやかな体の筋肉が微かに動くたびに、こいつが化け物じみた力を持つことが伝わってくる。


「ちょっと待ってくれ……! まだ心の準備が──」

「行け、チェイシー!」


 サイファーがそう言った瞬間、チェイシーが軽く足を蹴るような仕草をしたかと思うと──


「うおおおおおおおおッッ!!??」


 目の前の景色が瞬時に流れ去る。

 風の壁に顔が押し付けられるような感覚に、呼吸さえままならない。

 チェイシーのスピードは、まさに"光"ようだ。

 街道どころか木々や岩が後方に流れ去り、地面との接触がまるで感じられないほど滑らかだ。


「ちょ……!! …………ぁっ…………!!」


 叫ぶ余裕すらまともにないまま、チェイシーはさらに加速する。

 もはや理性も感覚も吹き飛びそうになりながら、俺は初めてプレーリー周辺から外に出た。

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