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第二百十七話 「ここに来た真の理由」

 “黎明の浜辺”


 ここに来るのは二度目だが、相変わらずここは時間の流れというものが存在していない。

 水平線の向こう側には、依然決して昇りきらない太陽が顔を出したまま、しかしそこで停止している。


「…………またかよ」


 起き上がり、周囲を見渡す。

 ここに放り出されたってことは、依然としてまだ大魔王の掌の上だということだ。


 辺りは潮騒の音しか聞こえて来ず、俺以外に誰もいない。


『さて……』


 ほら、まだ声は聞こえてくる。

 判別もつかないところから、あの声が落ちてくる。

 静かなここでなら話しやすいと踏んだのか、はたまた別の理由があるのか。


『こうして私は封印され、女神は死んだ──のだが、そもそも、彼女とて元は人の子。では、人の死というものは何なのだろうか?』


 何も答えない。答えられない。

 それでも“奴”は機嫌よく続ける。


『老い、病、外傷、あるいは先の彼女のように己を贄とする。肉体が止まり、機能が終わる。それが死、か? どう思うね?』


 そこで一拍。

 波の間を、声だけが滑っていく。


『違うと私は考える。なぜなら知る限り、人の子は不死なのだから』


 ……わけのわからないことを言う。

 アダムとイブみたいな話か? 知恵の実を食した原罪によって、神の子である質が劣化したとかいう系か?


『あぁ……君の故郷のその説も嫌いではないがね。なるほどそうか……その話で言うなら、蛇の誘惑が事の発端であるあたりなど、なかなか私好みだと言ってもいい。だが違う。この世界は“円環”だ。終わりは、始まりへとそのまま折り返す』


 波がひとつ大きく膨らみ、足元でほどけた。


 言うなれば、無限ループ。

 以前俺が考察した時の答えを教えるかのように、”奴”は回りくどく説明する。


『心臓が止まった刹那、誤差なく同時に――再生が始まる。Aという人間は死を得たその瞬間、Aという赤子として回帰する。同じ生を、同じ順序で、同じ様に繰り返すのだ。まさしく不死と言って構わない。わかるかな? そう思うだろう?』


 奴は俺の反応などまるで無視して、好きなように勝手に喋る。

 問いの形式をとってはいるが、明らかにこちらの返答を期待していない。

 単に遊んでいるのか、それともそういう性分なのか。

 判別できない俺を無視して、やはり勝手に喋り続ける。


『そこで興味深い疑問が生まれる。人の子は不死。刹那の誤差もなく生と死を繰り返すなら、死後という概念がなくなる。

 つまり霊体、成仏なり昇天なり地の獄なりなんでもいい。そこへ旅立ち、ないし落ち、あるいはこの世に留まる死者の霊など存在しないという結論になる。魂は、肉体と共に回帰し続けているのだからね。それのみが別に行動する可能性は、本来皆無であるとわかるだろう。

 だが無論、古代から数えきれぬほど記録されてきた心霊の現象を、頭から否定しているわけではないよ。例えばゾンビ、例えばゴースト、そういった類の魔物がいることも、あれはあれで間違いではない。

 ただ、正確に捉えていないというだけだ。一般に霊と言われるものは残留した思念。心が残る、遺したい。その願いがルールとなって、己が渇望を映し出すということを創造した結果なのだよ。

 ゆえに広く認識されている霊とやらは、単一のことしか出来ない虚像。自我など持たぬ渇望の影。魂の残痕と言って構わない。

 わかるかね、本来の意味に則る霊体など、存在し得ないということが』


 海の上に白い線が走り、薄い幕が立ち上がる。

 映写機みたいに、そこへ光が結ばれた。


『では、それらを基準に考えた場合、矛盾した例外が思い浮かんでくるだろう? 彼女はなぜ──?』


 映像の奥で、真っ白の空間が開く。

 誰も座っていない玉座。その前には、一振りの剣。 

 柄には綺麗な宝玉が埋め込まれ、神々しい輝きをまとっていた。


「……女神の剣」


 アルティアの剣。ゲームの象徴。

 けど今、その刀身は“ここ”の太陽よりも確かな光で脈打っている。


 アルティアは、死後もなおあの剣に存在している。

 クリスという半身を作り出したり、そのクリスが死しても尚、マリィという媒体を踏んで生き続けている。

 奴の言った世界のルールというのを、まるで無視しているかのように。


『そう、彼女は封印する際に肉体を失い、人の子としての生涯を終えた。ならば世界の理に従って、再び罪深き彼女の母の子宮に回帰せねばならない』


 光が切り替わる。

 視界は千年前の最終局面へ。アルティアが両手を広げ、世界から“彼”を切り離した瞬間。消耗しきった身体が、透けて、薄くなって、砂のようにほどけていく。


『オルドジェセル・ディ・ローゼンクロイツ――私はその瞬間ですら、彼女から目を離せなかった。あの時と同じだ。処刑台に連れられていった、あの日と』


 さらに別の光景が上書きされる。

 石畳、群衆、鈍い鈴の音。台の上、首を差し出す少女。

 彼女は黙って空を見上げていた。恐怖の色はない。ただ、静かなまなざしで朝の光を追っていて――最後に、小さく笑った。


「綺麗だね。……抱きしめたい。あなたも、この世界のすべても」


 胸が痛む。

 俺の記憶でもないのに、泣きそうになる。


 肉体が消失した瞬間、彼女は“輪”から外れた。

 嫌われ、呪われ、それでも「愛したい」と世界に書いた。


『そう。彼女は自分の“想い”をルールにした。死んでも消えない規則――“世界を抱きしめたい”。その一文が、剣を器に、彼女を留めた』


 映像が消え、海と太陽だけが戻る。


『初めて見たよ。輪の外側に立った者を』


 永劫に回帰し続ける理を超え、本来有り得ぬ霊体という現象で留まるアルティア。

 彼女の在り方は完全なイレギュラーだ。


『私が流し、動かし続けた渇望を超えたのだ。封印されたことが理由などではない。これこそが完全なる敗北と言っていいだろう。膝を折るしかあるまい』


 どうして、彼女だけが。


『どうでもよい。私より強かった。それで十分ではないのかな?』


 淡々としているのに、どこか誇らしげにすら聞こえる。

 悔しさと、敬意。

 そんな相反する色がまざっている。


 じゃあ……ルドヴィクさんは?

 彼も“残ってる”。

 あれも同じ原理なのか?


『あれは違う。彼はもう死んでいる。封印の術で“切り分けた”魂の欠片――残痕だ。上等なゴースト、と言い換えてもいい。己の生前の“余熱”で動く像に過ぎない。

 言葉を残し、導くことはできる。だが“世界”には触れられない。エルジーナの封印さえ解ければ、その封印の鎖に留まっているだけの彼も、消えてなくなるだけの存在』


 …………聞かなければよかった。


 ただの魂の残痕であるルドヴィクさんに対して、アルティアは今も世界の根っこに触れられる。

 剣として勇者に使われることも、その魂の半身をクリスやマリィに移し、思い出を作ることも。


『ゆえに分かるかな、私の代替。本来なら新たな光が生まれた時点で、旧秩序は一掃されて然るべき。”流動”にあたる者は、本来唯一としてしか存在しえないからね。それに、そもそも私はそれを狂おしいほど望んでいた』


 要するに……”神”は唯一の存在でしか在り得ないということ。

 彼女は”女神”の名を冠してはいるが、あくまで世界を救った際に人によって付けられた敬称に過ぎない。


 この世界は――依然として”大魔王”の掌の上。


『しかし、惜しむらく。彼女の神威は内へ向く。“世界をどうしたいか”ではなく、“自分がどうありたいか”という渇望なのだ。君がさっき寝台で考えた線と同じだ』


 ……つまり、内に向く渇望では、今ある円環の世界を変えうることはできない――?


『そう。流動が覇道であれば、覚醒は求道と言っていいだろう。神威第五位階――いや、具体的には第四位階からその二種に分かれ始め、流動の位階はそれが流れ出し、世界の法則を書き換える。だが、求道の質は己一人が完全永遠となるだけで、その他一切に影響を及ぼさん』


 ――ようやく、最初からずっと考えていた疑問が、カタチとなって脳裏に浮かぶ。


『だから、この世界には覇道が要るのだ。この既知感を洗い流すために。そうした意味では、彼女は私の望む存在ではなかったとも言える。だがね、いったいこれまでどれほど待ち望んでいたか分かるまい。今後再び、これほどの魂と出逢える保障などないのだよ』


 詰まるところ、最初に俺が見た言葉。

『改変が必要』というのは――


『そして無論、出会った頃より見惚れたという敬意の気持ちが何より強い。率直な人情として、お近づきになりたいと思うのは道理だろう?』


 “コイツ”が惚れた女を、真の意味で”神の座”に君臨させ、文字通り世界を”新秩序”に塗り替えること――


『そう、処刑台から救い出したその日より、私は彼女に恋をした。跪かせて頂きたい。と……恥をかいたよ、まるで愚者を絵に描いたような告白だ。だが、後悔はない。これが偽らざる私の本音だったのだから、胸を張ろう』


『彼女と旅をし、彼女を受け入れる人々に出会い、言葉を交わし、育ち、そして最後は私を敵と定めた。それでも良い。私は誓ったのだ。“いずれ必ず、貴女を解き放つ”。剣という器に押し込められる存在ではない。“新世界の女神”にふさわしい器だと、私は知っている』


 吐き気がするほど甘い独白。


 なんて自分勝手で、なんて恋に盲目で、それを叶えるためだけに他の一切をただの舞台装置としか思っていない、狂いに狂い果てた渇望――


『分かるかね? 私の代替よ。魔王軍も、勇者も、そして君を含む全ての人族も、私が彼女に捧げる貢物だ。これより千年経った後、彼女が生み出した半身の存在を見出したときに全ての絵面は完成した』

「…………」

『君こそ私の役割だ。私の所有物として、私の全ての愛を彼女に伝えてくれ』

「――――ッ!!」


 その言葉は、かつて――こいつに言われた、俺の存在理由。


 悪寒が走る。

 以前言われた時も、俺はこの言葉に堪忍袋の尾が切れた。


『震えよ。これ以上の栄誉はあるまい。君は半身とはいえ、最も女神と近い存在なのだから』


 ゆえに――俺は分かってしまった。


 コイツは……それ以外の結末を決して許していない。

 例え勇者がコイツの息の根を止めたとしても、"円環"のルールにより、再び世界は"やり直す"のだ。


 ――アルティアが、クリスが、マリィが……新秩序の神になるまで。

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