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第二百十一話 「フェイクラント VS サイファー&レイア」

 旅の扉──泉の空間


 白の水鏡が、蹴り出し一発で花を咲かせる。


「おおおおおおッ!!」


 呼式──肺の奥で鳴らした拍のまま、神威を掌に凝り固める。

 神威の刃が五指から生まれ、前腕に沿って薄く伸びた。

 魔素で締めた腱が、弓みたいにきしむ。


 一歩。

 白が砕け、低く滑って間合いの外へ踏み出る。

 二歩目で滑り込み、三歩目で斬り上げ──


 ざぱん、と水が裂ける音の裏で──


「ふんっ」


 サイファーの鱗の腕が、まるで石灯籠の影みたいにそこに“既に”あった。

 刃は吸い込まれるように絡め取られ、角度を殺された。


 反射で繋いだ肘の追撃は、鱗の甲で滑り、返しの掌打は肋の前で空転。

 蹴りを差し込めば膝で受けられ、踏み替えた足首に軽く触れられただけで重心がひっくり返る。


 さすが、全部見えてんのかよ。


 けどッ──


「まだだッ!!」


 ワンテンポ溜めて、フェイントを背骨の芯に仕込む。

 肩をわざと落として下段、サイファーの腕が自然に下がる瞬間を待ち、そこを踏み台にして跳躍。

 鱗の腕が固い踏石になる。


 視界が開く。

 位置はサイファーの頭上。

 落下の重みを刃に載せ、脳天割りの一撃は、しかし──


「甘い」


 傍から見ていたレイアさんが、そのまま瞬時に距離を詰めてきた。


「──しまっ!?」


  速ぇッ!?


 水面を滑るような低空から、かち上げるような蹴りが空中で無防備な俺の脇腹へ──ガードすることすらできず、俺の身体が宙に浮かされ続ける。

 そこへ追い討ちをかけてくる右の拳。


 まともに食らって吹き飛ばされた。


「ギィ──ッ!?」

「……頑丈じゃの、相変わらず」


 ちくしょう。

 幼女に殴り飛ばされるなんて一度目も十度目もレイアさんからだけだ。


 場合によっちゃ喜ぶやつもいるんだろうが、俺にそんな趣味はない。


「つーか、幼女のパンチじゃねぇよ」


 打たれた腕が馬鹿になっている。

 鉄板さえ貫きそうな威力を感じた。


 やはり彼女は、俺より一枚も二枚も神威が強い。

 しかも、殴るのに一切の躊躇がない。


 てか、この二人にどう戦えっていうんだよ。


「だぁれが幼女じゃ」

「うおっ──がッ!?」


 同時に、再度踏み込んできたレイアさんの肘が腹にめり込む。

 そのまま俺の襟を掴み、アッパーでかち上げながら背負い投げ。

 浅い泉とはいえ、背中を強打して息が詰まり、後頭部を打って目が眩む。


「ちょ───!?」


 視界の黒は、しかしそのせいなんかじゃなく──

 顔面に落とされた"小さな足"に踏み潰される寸前で、首を捻って回避した。


 鈍い音を立てて巨大な水飛沫が上がり、衝撃で再び身体が浮き上がる。


「────ッ」


 すぐさま体勢を立て直すが、もう先程の位置に彼女は居ない。

 というか水霧で視界が狭い。


 どこだ。

 耳だけで探す。

 飛沫の粒の乱反射、呼吸の切れ目。


「ここじゃ」

「ブッ!?」


 顔面、真芯。

 脳天まで届く、短い蹴り。

 視界の縁が糸で切った紙みたいにめくれた。


「『凍結の息(アイシクル・ブレス)──』」


 今度はサイファーの低い詠が、背筋の骨を叩く。


 次の瞬間、足元の“水”が、硬質の別物になった。

 融点を軽々越えて、白く濁って固まる。

 当然それは、俺の脚を拘束するためのもので──


 クソ……一旦壊すしかねぇ!


 神威を腕に集めて氷を砕きにかかる──そのための半拍。


「『地砕き』」


 パワー系の魔物が持つ"魔物術"。

 真下から、間欠泉みたいな衝撃。


 氷ごと突き上げるように、間欠泉みたいな衝撃が俺の背骨を貫き、体がふわりと離陸する。


「ぐぉおおおおおおッ!?」


 浮いた俺に、影が重なる。

 レイアさんがサイファーの肩を一瞬蹴って、さらに跳躍し、俺の真上へ。


 踵が胸を踏み抜かんばかりに落ちてくる。


「ぐえっ」


 重たッ!?


 身動きすら取れず、そのまま水面まで落とされた。

 ──にも関わらず、彼女は足をどかさないまま俺の頭を水に押しつぶすかのように踏み続ける。


「ごぼっ、がッ!?」


 見た目に反して、微動だにしない重さ。

 掴んでどかそうとしても、石像みたいに浮かない。


「ほれ、どうした? "幼女の足"すらどかせられんか?」


 怒ってる。

 いつもより厳しめのトーンだ。

 完全にスイッチ入ってる。


 ──っていうかヤベェ、息が……。


「さっさと、起きんかっ!」

「うおおおっ!?」


 足をどけたかと思ったら、今度は両足首をがっちり奪われる。


 ジャイアントスイング。

 世界がコンパスになって回り、遠心の唸りが腕から肩へ、肩から首へとたわむ。


「そら、今度はあっちじゃッ!」

「ぐうッ!?」


 投げ出された先には──既にサイファーが拳を構えて待っていた。


 くそっ。

 氷のブレスもそうだけど、また“逃げられない系”のコンビネーションかよ。


 魔素を使った魔獣のような腕。

 あんなのに全力で殴られたら骨が折れるどころの騒ぎじゃない。


「くっ──」


 だが、逃げ道が無い以上ガードするしかない。

 神威を腕に、頭部を守るようにクロス──


 と、サイファーの口角がにやりと上がる。


「ほい」

「ふぁっ!?」


 拳が来ると思ったのに、来たのは掬い上げるかのような“脚”。

 飛んできた俺をサッカーのトラップのように速度を"殺す"当て方で、俺の体幹が無理やり起きる。

 クロスの腕が外へ弾かれる。


 そこへ、本命の拳。


「────」


 ドン、と世界が止まる。

 視界の端から端まで白い線が走り──スイッチが落ちるみたいに、暗くなった。



 ---



「…………う」

「起きたか」


 目を開けると、白は白のまま、世界が静かに戻っていた。


 今日も負けたか……。

 いや、勝てる見込みは今のところ何もないけど。

 とにかく、ここ一週間はこんな感じだ。


「今日はここまでじゃ」


 サイファーの影が覗き込み、レイアさんが足元の水を払った。

 小さな脚に、まだ俺の指の跡が残っている。


「戦場は一対一ではない。目の前の相手に固執しすぎる癖、まだ抜けんの」


 レイアさんの声は静かだが、言葉は容赦がない。

 さっき身体で教えられたこと、そのまま口にするタイプだ。


「ただ──動きは良くなってきた。フェイントの置き方、拍の使い方。荒削りじゃが、ワシらの動きにも対応できるようにもなってきとる」

「……本当かよ」

「繰り返せ。今日教えたことを、明日もやれ。魔素はもう、お前の中に十分充満しとる。無理に入れるな。流せ。回せ」

「…………わかった」


 レイアさんが指先で俺の胸を軽くつつく。


「神威は言った通り、“渇望”を燃やせ。かっこつけるな。綺麗にまとめるな。お主の根の底で燻っておる、どうしようもない欲を、そのまま薪にくべろ」


 ──渇望。

 俺にとっての渇望って、よくよく考えたら一体なんなんだろうな。

 マリィを守りたい、彼女のために戦いたいは思うけど、それを具現化するイメージが湧かない。


「飯にしよう。ちゃんと食ってこい」

「わかった」


 短く、それだけ。

 二人の影が水の縁に立ち、白がまた均されていく。


「今日の飯は特別かもしれんぞ?」

「あ?」


 それだけ言って、レイアさんは扉の向こうに消えていく。


「はぁ〜〜」


 脱力。

 恐らく気絶してた時に治癒魔術をしてもらったから、そこまで痛くもない。

 けれど、やはり疲れ自体は溜まる。


 結局、レイアさんもまだ第四位階の技を使ってきている気はしない。

 要するに、まだ手加減されている。


 まぁ、最初から二人が全力を出してきてたら、それはもう組手ではなくいじめになるんだろうけど……。

 俺を成長させるためのギリギリのレベルで一方的にボコってくれる。


 まぁ、うん。

 単細胞で上等。

 明日も殴られて、明後日も蹴られて、それでも俺は諦めなければいいだけだ。

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