第二百八話 「反応した魔石」
千年前の戦いで封印された魔王・エルジーナ。
そいつを倒すために――そして今も進行中の魔王軍の進撃に対抗するために、俺は“やる”と決めた。
だからこそ、今はとにかく情報が欲しい。
質問コーナー、続行だ。
──っていうか。
「他に何かあるか?」
「うーん、色々わかってきたけど……本当に戦うのって俺一人……? 補助とかも無し……?」
自分の胸を親指で指して、苦笑いのまま弱音が漏れる。
言ったそばから我ながらダサいが、これは仕方ない。
「やる」とは言った。
けど「単騎でどうぞ」は流石にヒヨるだろ。
瘴気の毒があるとはいえ、頼れそうな人間なら何人も頭に浮かぶ。
サイファーは俺の引け腰を見て、口の端をにやりと上げながら答える。
「安心せい。戦うのはお前一人ではない。塔を“壊す”大役はお前じゃが、そこへ至るまでのプロセスには当然サポートが要る」
レイアさんが静かな声で続ける。
「……現在、最前線で戦っているアステリアの戦力と、“役目”を受け継いだ者たちが、お主に合わせて動く」
「受け継いだ?」
「前にも言ったが、ワシらはエルジーナを倒す方法を託され、千年、模索した。己の能力を極め、対エルジーナ用の“技”や“術”を作った。……じゃが、ワシの術の制約でサイファー達は動けん。そこで、自分らの代わりにその力を受け継ぐ者らを育て始めたのじゃ」
なるほど。
言われてみれば、心当たりしかない。
「さっきの話に繋がるので、誰が誰の弟子か、ある程度予想がつくじゃろ? 頭の悪いお前でも」
「一言多いよ」
えーと、じゃあ……。
「ベアトリスさんの弟子がツバキとザリーナだろ。里の子たちも広義にはそうだよな。サイラスのところはクロードさんと海賊団。で──」
言い淀む俺に、サイファーが顎をしゃくる。
「…………ブリーノのとこは?」
「奴は少々、訳ありでな。弟子はおらん」
「は?」
拍子抜けした声が、勝手に出た。
この一大事に、あの錬金術ジジイはやる気がないのか。
「それと、私の弟子はツバキ達だけではありません。いまはもう里にはおりませんが、ひと足先にアステリアで戦っている者がいるのです」
「へ?」
誰だろう。
里の“最強”とか、まだ見ぬ隠し玉とかがいるのだろうか?
まぁ、考えてみればそうか。
千年も模索してるんだから、俺の会ったことないやつだってたくさんいるのかもしれない。
「名は――ヴァレリス第一王女、ミルフィーユ・エル・ケリア・ヴァレリス」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
素っ頓狂に声が裏返った。
ミ、ミーユ!?
いや同姓同名なわけがない。
正真正銘、あのミーユだ。
「……まぁ、驚くのも無理はない」
サイファーが飄々と笑う。
驚いたわ! 二重の意味で!
え? アイツ原作ではエミルと囚われの身になるはずだったのに、俺が助けたことで?
彼女がこっち側に回って……弟子に?
いや、味方なら頼もしすぎるどさ!
確か、ベルギスたちは別れ際にヴァレリスの騒動が終わったらアステリアに向かうとか言っていたな。
今はアステリアにて最前線で戦っているなら、俺が囚人船でやんやかやっている内にベアトリスさんのところへ修行に来て、使命を受けてアステリアに向かったと言うことだろうか。
ということは、ヴァレリスの戦争の件は上手くいった……のか?
胸の奥が少しだけ軽くなる。
「じゃあ……ベルギスも……?」
「いいえ。彼は厳密には“弟子”ではありません。既に私たち以上の力を持っていましたし。ミルフィーユと共にアステリアで戦っているのは事実ですが、あくまで協力関係です」
「ひょえ……」
なんだよ、めっちゃ心強いじゃん。
本来なら“勇者の物語”の枠外で埋もれて消えていたはずの最強戦力が、こちらの味方に回っている。
それに、将来選択次第では勇者のパーティになるはずのミーユすらも……。
──って、待てよ。
そんな面子が俺のサポートにつく?
やばいって。
勝っちゃうって、これ。
心の中でガッツポーズを決めたところで、サイファーが咳払い。
「で、あとはワシの弟子じゃが――」
あ、そうか。
サイファーの弟子。
思い返せば、カンタリオンでもやたら色んな人に「ワシの弟子にならんか?」って言ってたらしいな。
クリスにも声かけてたみたいだしし、俺以外にも卒業していった弟子がいてもおかしくない。
サイファーがバシッと俺を指差す。
「フェイ! お前じゃ!」
「…………ん?」
場が静まる。
泉の水音だけがかすかに響く。
何秒経っても、サイファーは固まったまま俺に指を向け続けるだけで、それ以上の言葉は無い。
──つまり。
「…………俺だけ?」
「あぁ、お前だけじゃ」
沈黙。
「はぁぁぁ!? レイアさんもいるのに二人で俺だけかよ!? 千年も何してたんだよ!? 働けよ無職!!」
「「お前(主)に言われとうないわい!!」」
まさかの同時ツッコミ。
レイアさんまで乗ってきた。
勢い余ってサイファーの襟首に掴みかかろうとしたが、手はするりと泉面の幻影をすり抜けて、自分だけよろけた。情けない。
「はぁ……」
ベアトリスさんが、額に手を当てて小さくため息。
「もうそのあたりでいいでしょう。元々、二人に過度な期待をするのはやめていますから」
「なんじゃベアトリス、また優等生ぶって煽っとるのか!?」
「それより――話を進めましょう。あと“これ”について」
華麗にサイファーを無視したベアトリスさんが、懐から小さな包みを取り出す。
白い布の上、親指の先ほどの透明な石が、かすかに青い光を宿していた。
魔石。
俺が一度、返してしまった“石”。
「忘れとった!」
サイファーが頭を抱える。
おい師匠、そこ重要だろ。
「少々不本意なところもありますが、“役目”を受けるということであれば、これは返しましょう」
ベアトリスさんがすっと距離を詰めてきて、彼女は石を俺の掌に落とした。
皮膚より深いところで、小さな鼓動が手の骨に触れた気がした。
無くしていた心まで戻ってくるような、不思議な感覚。
「……これを持っていて、何も感じませんでしたか?」
凛とした声に、俺は肩をすくめる。
「……いえ? 特には」
なんだろう。
まぁ魔石と言われてるくらいだし、何か特別な力があったりするのだろうか。
ベアトリスさんは短く頷き、視線を石に落とした。
「これは女神アルティアが戦いの果てにこの世に残した、と伝わっている“石”です。私たちは便宜上《魔石》と呼んでいます。理由は簡単。この石は常に、いたるところから魔力を吸い上げている。空気、水、土、呼気――触れていようといまいと、周囲の“糸”をゆっくりと手繰り、溜め込む」
彼女は指先で空中に円を描いた。
泉の面で同じ形の波紋が広がる。
「千年分の魔力が注がれ続けた井戸です。その総量は……ほぼ底なし。だから《魔石》。ですが――肝心の魔力を引き出せる者が、誰もいなかったのです。……アルティアの力を一滴でも授かったルドヴィク様のような者であれば、この器に触れて何かしら“使う”ことができたかもしれない」
無限の魔力を内包した……女神の石、か。
喉の奥が勝手に鳴る。
クリスの顔が浮かんだ。
あいつの魔力も、底なしに近かった。
俺は拳の中の石に、ほんの少しだけ力を込める。
ベアトリスさんの眉がわずかに寄った。
次の瞬間、ぴたりと視線がサイファーへ向く。
「サイファー。教えてもらいましょうか。なぜこの男に石を持たせていたのか……」
氷の鈴みたいな声音。
いつもの柔らかさに、刃の薄さが混じる。
まぁ、そりゃそうだよな。
役目を受けているわけでもない俺に、そんなもん持たせて、もし盗まれたり無くしたりしてたらどうしてたんだよ……。
泉の向こうで、サイファーの幻影がふよふよと肩を竦めた。
「ワシがあのまま保管しておくより、外に出して“なんらかの反応”が無いか見たくなったんじゃよ。今までにいないタイプの人族。ワシの予想を色んな意味で裏切ってくれる……フェイに持たせれば、何かの導きがあるかと思ったんじゃ」
「ふむ、ボケたわけではないのですね。安心しました」
「やかましい!!」
勢いよく噛みつくサイファー。
……幻影でも声がデカい。
「お守りという名目で、とりあえずレイアに渡させた。お前の居場所や状態がわかるように細工はしておいたがな」
「あぁ、だからか」
柱に“全員会ってる”とか、俺の行動が妙に筒抜けだった件。
そりゃ追えるなら知ってるよな。うん。
――ストーカー規制法、はい、犯罪です。
サイファーが、そこで一拍置いてから咳払いをした。
泉の面に輪がひとつ広がる。
「そして、観察を続けていたある日。驚くべきことが起きた……」
場の温度が半度だけ下がる。
「石が、反応したんじゃ」
「何?」
「へっ?」
俺とベアトリスさんの声が重なる。
「何も感じなかったとお前は言うが……その石は、お前に力を貸している」
握っている親指の下で、青がほんの少し深くなる。
気のせい、だろうか。
喉が乾く。