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第二百七話 「五芒星の封印」

 ここに立つのは、三度目になる。


 屋敷の廊下を伝って、崖を越えた先にある──旅の扉が開いた円環の上に、いつも通りの二人がいた。

 真剣そのもののサイファーと、翳りを湛えたレイアさん。

 こちら側には、無言で佇むベアトリスさん。


 違うのは、呼んだのが俺だってことだけ。


 昨日あれほど「やらない」と言い切ったくせに、今日になって「やっぱやる」って言うんだから、ベアトリスさんがあまり良い顔をしなかったのも仕方ない。

 普通に子供だ。……いや、子供以下だ。


 それでも、もう逃げない。ルドヴィクさんとツバキに背を押されたのは事実だが、最後の一歩は自分で踏んだ。俺のために。爺さんたちのために。……そして、マリィのために。


 深く息を吸い、昨日うっかり「好きだ」だの「大切だ」だの口走ったことを思い出して顔が熱くなるのを、無理やり押し込める。


「……やるよ、サイファー」


 言った瞬間、扉の向こうで二人の目がかすかに揺れた。

 ためらい、というより確認。

 いったん断った手前、気を遣っているのだろう。


「色々と背負うことになるぞ……?」


 とサイファー。


「……お主がワシと神威の修行を始めた頃とは違うぞ? 覚悟は出来ておるのか?」


 とレイアさん。


 なんだよ、あんだけ「やれ」と押しといて今度は脅すのか。

 ……まぁ、試してくるのはいつものことだ。


「あぁ、俺は戦う。だから、強くしてくれ」


 短く返すと、サイファーが俯いて目を閉じた。

 長い眉毛が影を落とし、やがて静かに開く。


「……………わかった」


 レイアさんが、ほんの微笑にも満たない柔らかさで囁く。


「……ありがとう。フェイ」

「うん」


 くすぐったい。

 けど、悪くない。


「しかし、お前はもし『やる』と言っても時間がかかるものだと思っていたが、昨日の今日でよくもそう気が変わったな」


 サイファーが首を傾げる。

 そりゃそうだ。

 俺だけじゃ、ここまで吹っ切れなかった。


「いや、実はサイファーたちの師匠のルドヴィクさんと話をしたんだ。詳しいことはその人から聞いた」

「「えっ!?」」


 ぴったり揃って裏返る二人の声。

 ……いや三人だ。隣のベアトリスさんまで「えっ」って顔をしていた。


 何か変なこと言ったか?

 まぁいい、続けよう。


「俺がやらなきゃ、レイアさんが代わりにすることになるんだよな……そんなことはさせない。…………もし何かあったら、サイファーもベアトリスさんも消えちまうもんな……」


 言い切って顔を上げると、なぜか二人とも俺じゃなくて、俺の“後ろ”を見ている。

 レイアさんに至っては珍しく口をぽかんと開けて。


「ん? どうした?」


 振り返った瞬間、背中越しに風鈴みたいな微かな音がして、ぶわっと魔力の残滓が散った。

 熱気の上に、涼しい波紋が走る。


「な、なんでもないわい!」


 サイファーがやけに慌てて笑い飛ばす。


「?」


 俺には見えなかったが、“誰か”いたのだろうか。

 そして、何か言われたのだろう。

 ベアトリスさんがゆっくりと二人へ顔を向け、氷のように凛とした声で言い放った。


「あなたたちがちゃんと出来ないから、先生の手を煩わせることになったじゃないですか。このダメ老害ども、恥と知りなさい」


「うっ、わ、ワシらにも考えがちゃんとあって……」

「ワシは弟子じゃ無いし……」


「口答えもしない!」


 びしぃ、と空気が締まった。

 ベアトリスさん、そんな口調も出来るのか。


 ……なるほど。

 今、俺の後ろにいたのは、やっぱり。


 ──ルドヴィクさん、ですよね?


 心の中でだけ、礼を言った。



 ---



「で、聞きたいことがあるんだけどさ」


 やると決めたら、なおさら詰めておきたいことが山ほどある。

 俺は泉の前に立ったまま、二人へ向き直る。


「なんじゃ?」

「エルジーナとか、三魔王とかさ、千年前っていっても、人が普通に生きてた時代の話だろ? なのに、なんでそんな話、どこにも残ってないんだ? ゲーム……じゃなくて、歴史の本とか見ても、オルドジェセルとアルティアの“人魔大戦”くらいしかない。ルドヴィクさんがシュヴェルツで祀られてるのも、その大戦の英雄って扱いだったし……」


 危うく「ゲーム」と言いかけた舌を、どうにか引っ込める。

 けど、疑問自体はずっと抱えていた。

 普通なら、もっと伝説として児童用冒険物語とかにもなって語り継がれていていいはずだ。


 サイファーは一度、長く息を吐いた。

 居直る、というより、覚悟を決める呼吸。


「うむ。問いには答える約束じゃったからな。まずは“歴史に残っておらん理由”だが……エルジーナの封印と“共に”、記憶と記録も封じたからじゃ」


「記憶ごと……?」


「そうじゃ。封印の壺を守るために必要だった。誰もが倒せなかったエルジーナの名も所行も、人々の口にのぼれば、“探す者”が現れ、災いを呼ぶ可能性があるだから口伝はごく少数に絞った。知るのはワシらと、そしてルドヴィク様の血筋のみじゃ」

「なるほど……。じゃあ今それが漏れ始めてるのは?」

「十中八九、“新魔王”の仕業じゃろうな。奴自身は知らん可能性もあるが、奴が復活させた古き魔王は別だ。やつらは覚えとる」


 レイアさんが小さく顎を引いた。

 紅の瞳が焔みたいに揺れる。


「復活したのは――ザミエラとヴェイン」

「……だよな」


 やっぱりか。

 そんな気はしてたんだよな。


 以前、二人はザミエラのことは「深い関係は無い」なんて言ってたが、バチバチ関係あるじゃねぇか。

 まぁ、言うに言えない状況だったのはわかるけど。


 新魔王が二人の魔王を復活させて、最後に残ってるのがエルジーナの封印ってわけか。

 本来倒すのはエルジーナだけでよかったのに、その新魔王さんが厄介なことをしてくれたおかげで、晴れて"四魔王"として復活した、と。


 っていうか──


「だからヴェインの名前を出した時、レイアさんはびっくりしたのか」


 シュヴェルツからプレーリーに帰った時、ヴェインに襲われたことを言うと目の色を変えて聞き返してきた。

 そりゃ、因縁みたいなものがあるだろうしな。

 今思えば納得だ。


「……まぁ、そうじゃな」


 言葉は淡々なのに、瞳の奥にだけ影が落ちる。

 因縁、というより悼みに近い色。


 まぁ、なるほど。

 歴史に残っていないのはわかった。


 ──次だ。


「じゃあ、サイファーたちがバラバラにいる理由ってなんだ? 一緒にいた方が何かと都合がいいとも思うんだけど」

「ワシらがなぜ離れたところにいるか、これは……『エルジーナを封印した壺』を『さらに封印する』ためじゃな」

「……………………あ?」


 脳が一瞬、空転する。


 封印を封印?

 なぞなぞか?


 頭を捻っている中、サイファーがさらに口を開く。


「つまり、各々が柱になり、壺を守る陣を組んでいる。以前、お前に渡した地図。まだ持っているか?」

「……あ、あぁ。見づらかったけど、せっかくもらったし、まだカバンに刺してるぜ?」


 プレーリーから旅立つ時に貰った古い地図のことを思い出す。

 普通の世界地図なら四大陸の真ん中にある“セントラル島”が来るはずなのに、あれは西方セルベリア大陸の北側の海がど真ん中。

 東方は地図の端に追いやられ、大陸は途中でぶつ切り。

 

「古い地図ね」と言われ、囚人船でアビゲイルに書き直してもらった新しい地図を使っていたから、こいつはずっとカバンに仕舞ったままだった。


「ふむ、見辛いのは当然じゃ。で――その地図の“中心”がどこに来るかわかるか?」

「えーっと……」


 西方の北の北……シュヴェルツ?

 いや、中心はもう少し西だった。ってことは海の――


 たしかセリエスさんの手伝いで渡った、あの小島らへんか?

 島の真ん中には遺跡があって、「掃除する」とか言われて、俺は入口で追い返れた場所。


「……グランチェスター家が管理してる、変な島……? とか?」

「そうじゃ」

「合ってるんかい」


 思わず素でツッコむ。

 けど同時に背筋が冷えた。


「そこがエルジーナの封印地となっておる。島の中央に遺跡があり、その地下深く――壺が鎮まる。グランチェスター家は代々、一定の期日で封印を点検しておる」

「はぁあああ!? いやいやいや、俺この前行ったぞ!? “あの中”かよ!?」


 なんてとこで巡り合ってんだ、俺。

 もしあの時に何かの拍子で復活してたら、どうなってたんだよ……怖っ。


「そう。その封印地が地図の中心に据えられておる。そして壺を守るため――ワシらがそれぞれ“立つべき場所”に立ち、柱となって陣を組んでおるのじゃ」


 サイファーが泉の水面へ指を滑らせる。

 水が細い糸になって宙に持ち上がり、透明な線で地図の輪郭をなぞり始めた。


「場所は五つ。まずワシらのいる――北方大陸西部、プレーリー北部の山中」


 水糸が北西へ跳ね、山形の印を結ぶ。


「次に――西方大陸南西、ラドラン」


 空中に四角い印。


「西方大陸南東、海賊団のアジト」


 波形の印がぽん、と浮かぶ。


「東方大陸北部、霊峰レヴァンの里」


 尖った峰の印。


「そして――西方大陸北東、シュヴェルツ近海じゃ」


 サイファーの指先で止まった水糸が、海の上に小さな光点を置く。

 次の瞬間、五つの点が細い線で結ばれ、空中に五芒星がふっと浮いた。

 水の線はわずかに震え、星の中心へと薄い膜みたいな面が張られていく。


 見惚れていると、レイアさんが静かに言葉を足した。


「陣じゃ。封印は壺そのものだけじゃない。大地の上に“形”を敷いて、力の向きと流れを整える。星で結ぶのは、五方へ逃げる瘴気を互いに引っ張り合って止めるため」

「形……で、強くなるのか」

「うむ。川に杭を打つ時、一本だけでは流れに負ける。だが、角度と位置を決めて何本も張れば、流れそのものが変わる。封印も同じじゃ」


 サイファーが五芒星の端を一つ、爪先で軽く弾く。

 星全体に微かな波紋が走り、中心の膜がきゅっと締まったのが分かった。


「この張力を絶やさぬよう、ワシらはそれぞれの位置で柱になっておる。場所を動けぬのは、陣を崩さんため――そして、昨日話した通り、レイアの術域から外れれば寿命が一気に押し寄せるからでもある」

「二重の理由ってわけか……」


 納得だ。

 しかしなるほど、こういう五芒星とかの形って、やっぱ封印を強くするなどの力があったりするもんなのか。

 霊媒師とかがよくやりそうなことだが、日本にいた頃はこの手の効力を少しも信じてなかったな。


 だが、ここはファンタジーもファンタジー。

 魔法だと言われれば、納得せざるを得ない。


 今一度陣をよくみる。

 数奇な運命か、ほとんど行ったことある場所だな。

 行ってないと言えば、シュヴェルツ東部の海だけか。


「ちなみにお前は、この柱の全員に会っているぞ?」

「え!? ……ってなると……プレーリーはサイファーだろ? ラドランはブリーノで、海賊のアジトはサイラス、レヴァンはベアトリスさんだろ…………でも、シュヴェルツ東部は……?」

「あそこはワシらのようにその者自体が柱になっているのではなく、そこに置いてある結界用の塔が"柱"の機能を担っている。ルドヴィク様の子孫が作ったもので、代々その管理が受け継がれている」

「ってことは……今はロベルト伯爵か」

「うむ」


 …………なるほど。

 確かに全員と会ってるわ。


 サイファーが水糸から指を外すと、五芒星は静かにほどけ、泉へぱらぱらと帰っていった。

 さっきまでそこにあった透明な網は、跡形もなく消えたのに、目には見えない緊張だけが場に残っている。


 うーーーーん。


 なんか、聞けば聞くほど話が壮大すぎる。

 『やる』と言ったことを、ちょっと後悔し始めてきたところである。

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