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第二百三話 「魔術剣の訓練」

 レヴァンの里・訓練場──


 風が尾根を撫で、白砂の地面に木漏れ日の斑が移ろう。

 凛と乾いた空気のなか、鍛錬場の隅では氷桶がうっすらと白く曇っていた。


「では、見ていてくれ」


 ツバキが一歩、前に出る。

 腰の刀を静かに抜くと、和装の上着──袖に薄く唐草の刺繍が走る装衣が、立ちのぼる魔力の渦にふわりと揺蕩った。


 指先に灯るのは、まるで蒼い炎。

 狐火のように見えるのに、近づくほど肌を刺す冷気が伝わってくる。


 彼女はその“炎”を指で弾き、すう、と刀身へ移した。

 冷光が刃の地金に沿って走っていき──


「はぁッ!」


 そのまま半身に捻って踏み込み、岩柱へ横一文字。

 斬撃は音を置き去りにして過ぎ、半拍遅れて──


 バキィイインッ!


 裂け目がまるで生き物みたいに凍りついた。

 切断面から白霜が花のようにひろがり、岩の内側まで青白く封じられていく。

 切ったそばから凍てつく、氷の理不尽。

 しかも刃はまだ蒼い光を宿したまま、淡く唸ったままだ。


「すげぇ……」

「これが“魔術剣”だ。覚えろ」


 淡々と告げると、彼女は残滓を振り払い、鞘に戻す。

 表情はいつも通りジト目で、無表情で、起伏が少ない。


「魔術剣、か──」


 ここにくる前、カイエン山脈の中腹で。

 俺とマリィが"鋼背竜ザウルグロス"に襲われた時、ツバキが使ったものと同じだ。


 座学も少し教わったが、どうやら武器という“導体”に魔術を付与しているらしい。

 武器に流路を作って魔力を循環させ、術式を固定する。

 斬られた部位は斬撃そのものに加え、付与属性の“結果”を喰らうというものだ。


 今のツバキの場合、氷だから凍る。

 火なら灼け、風なら裂ける。


 魔力を消費してしまうが、魔術と武器が合わさった攻撃力は通常の斬撃などよりも威力は数倍になるらしい。

 サイファーが言った通り、この技術があれば神威に頼り切らず、あまり使い所のなかった魔術をもっと有効に使うことが出来る。


「まぁ、この技は確かに技術はいるが、そこまで難しいわけでもない。コツさえ掴めば、誰でも扱える」


 そう言い放ちながら、ぷい、と横を向かれる。

 ……残念なことだが、サイファーたちの頼みを俺が断ってから、ツバキの俺への好感度は下がってしまったらしい。


「…………」


 だけど、しょうがないじゃないか。

 いきなり“魔王と戦え”、戦争に参加して“塔を壊せ”。

 理屈は理解した。俺じゃないとダメな理由も、嫌というほど飲み込んだ。


 それでも、“今”のマリィを置いていけるかは、別問題だ。

 ……っていうのも、多分"言い訳"であることも自分で理解している。


 ルドヴィクさんに背中を押されても、俺の足はまだ地面に貼り付いたままだ。


「どうした……フェイクラント?」


 ふいに視界の下辺に三角耳がぴょこっと現れた。

 気づけば、いつの間にか俯いていた俺の目の前に、ツバキが上目遣いで覗き込んでいたらしい。


「うおっ」


 鼻先、近い。

 真紅の瞳がじっとこちらの顔色を読む。


「す、すまん……考え事していて……」

「そうか」


 っていうかなんだ? 好感度下がったんじゃないのか?

 臆病者って言われたし、好かれていることは無いとは思うのだが……。

 彼女の行動と発言は本当によくわからない。


「……臆病者と言ったことを気に病んでいるなら、謝罪する。剣士の礼を欠いた」

「え?」


 とか考えていたら、心を読まれてしまったらしい。

 どうやら、彼女なりに少し後悔してしまったといったところだろうか。


「……私は"選ばれた"わけではない。だから、"選ばれた"上でその役目を放棄したお前に腹が立ったのだ。子供じみた真似をした」


 飾らない言い方なのに、真っ直ぐ刺さる。

 胸のどこかが、少しだけほどけた。


 そうか、ツバキは"役目"を与えられなかった者なのか。

 それは……怒るのも無理はないだろうな。

 彼女がやりたいことを俺が出来るとジジイに言われたのに、俺はそれを放棄したのだ。


 逆の立場なら、俺でもムカつく。

 それに、別にツバキに対して何かを思っていた訳でもない。


 だから俺は──


「気にしてねぇよ。俺の方こそツバキからしたら意味のわからない動きをしてるんだろうしな。それに、臆病者なのは事実だし……特訓にも集中できてない。悪いのは多分、俺だ」


 言いながら、指先で頬をかく。

 相手が美少女獣人なのもあるのだろうが、こういう場合、何故恥ずかしくなってしまうのだろうか。


「では、なぜそんなに元気がない?」


 ずい、と踏み込んでくるツバキ。

 剣の間合いより近い、心の間合い。

 プライバシーという竹柵があれば、今ので簡単に飛び越えられた。


「いや、別に……」

「言ってもらわなくてはわからない」

「えぇ」


 なんというか、随分彼女は真っ直ぐな性格のようだ。

 ていうか、その悩み自体は読むことはできないのか。

 でも、ここで「マリィが、ルドヴィクさんが」だなんていい始めてしまうと、面倒くさそうな空気になることは間違いないし、そこまでして言いたくもないのだが……。


「焚き火の煙、昨日ちょっと吸いすぎたのかもしれないな〜……はは」


 乾いた冗談を置いてみる。

 自分で言って、砂より軽いとわかる。


「む…………」


 うーん、例によってツバキに嘘なんか通用しなさそうだ。

 耳がセンサーのようにピコピコ動いている。

 きっとそれがウソ発見器の役割でも担っているのだろうか。

 やめていただきたい。


「…………そうか」


 だが彼女は追い討ちはしてこなかった。

「言いたくない」という感情が伝わってしまったのかもしれない。

 納得の音ではない。疑いを含んだような間。


 けれど、それ以上は踏み込まず、視線だけを少し落とした。


 代わりに、事務的な声色に切り替わる。


「では、午前の稽古はここまでとする。昼を済ませたら、またここで落ち合おう。……次は、お前に“宿し方”を教える」

「ああ。了解。ありがとな」


 元気を取り繕って、わざと大きく手を振る。

 ツバキはほんの少しだけ目を細め、無言で顎を引くと、背を向けた。


「…………はぁ〜〜〜〜」


 彼女が見えなくなってから、息が勝手に抜けた。

 肺の底から、長く、細く。

 白砂の地面に、影が少し伸びる。


 指を握る。

 握ったところで、何かが掌から零れた気がした。

 ベアトリスさんに返した“石”の手触りが、まだ皮膚のどこかに残っているような感覚。


 あれを、取り戻すためには——


 やるしかないのか——俺が、世界を……?





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