表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

202/226

第百九十六話 「無かった話にされる方が、ずっと辛い」

 ──翌朝。


 俺は、昨日と同じ場所に立っていた。

 そう、あの広間だ。二人の“幻影”──サイファー、レイアさん。それとベアトリスさんが並び立ち、まるで時間が巻き戻されたように、そこにいる。


「…………」


 三人は沈黙を保ったまま、俺の言葉を待っていた。

 ──だが、だからこそ、口を開きづらい。


 この沈黙を破ることは、昨日の夜に固めた俺なりの“答え”を口にするということだ。

 戦うためじゃない。選ばれるためじゃない。

 これは、俺の“拒絶”だ。


 だから俺は、わざとらしく頭を掻いて、できる限り冗談っぽく口を開いた。


「……あのさぁ、俺なりに色々考えてみたんだけど……やっぱ無理だよ」


 口角を引きつらせるようにして笑った。

 どこか自嘲の混じる、乾いた笑い。


「魔族相手に戦える力なんてないし、世界なんてものを背負って戦える器も持ってない。……普通の村人には、荷が重すぎると思わないか?」


 ──持ち込んだのは、ただの言い訳。


 “そりゃそうだな”って言ってほしかった。

 “お前には荷が重すぎたか”って、笑ってくれてもよかった。


 でも。


「ワシはそうは思わん」


 その期待は、サイファーの軽い一言であっさりと断ち切られた。


 ──本当に、容赦がない。


 隣に立つレイアさんも、ベアトリスさんも。

 まるで俺の言葉が届いていないかのように、静かに視線を向けてくる。


「お主は、人族にそうそう扱えるものではない──神威を短時間で操り、魔物と心を交わすことのできる、稀有な“魔物使い”の素質を持っておる。そして、“魔素”を取り込み、魔物術さえ使いこなす……こんな奴はそうおらん」


 ……なんだよ、その分析。


「神威と魔物術、その二つの力を持つお主が、“魔石”をも使いこなすことができれば──」


 ──魔石?


 その言葉に、思わず眉が動いたのは俺だけじゃなく、ベアトリスさんの瞳まで一瞬揺れるのが見えた。


「お主は、最強の戦士となる」


 レイアさんの“断言”に、喉の奥がカラカラと乾いた。


 ……最強の、戦士?

 そんなの、子供が夢見るファンタジーじゃないか。


「なんだよ、それ……。第一、神威や魔物術に関しては、俺なんかよりサイファーやレイアさんの方が強いじゃねーか」

「ふん、認めたくはないが、その二つを“同時に”有している者はお主しかおらん。ゆえに、エルジーナを倒す可能性を持つ者は──お主だけじゃ。フェイ」


 俺だけ。

 俺“しか”。


 なに言ってんだよ。

 俺はただの村人Aだぞ。

 主人公の仲間ですらない、最初の村人ポジだぞ。


 わけわかんねー。

 説明不足だし、俺より強い奴がいることに対してはノーコメントだし、そもそも「やりたくない」って言ってんのに伝わっている気配がない。


 …………なんか、イライラする。


「……魔石ってなに?」


 聞こえるようにため息をつきながら、俺は投げやり気味に問い返した。

 胸の奥がムカムカと泡立つように苛立っている。

 息を吐くたび、その熱が喉を焼いていくような感じがした。


「…………お前がヴァレリスへ向かう時に、レイアが渡した“お守り”じゃ」


 サイファーが、静かにそう返してきた。

 俺は、思わず首元へと手を伸ばす。

 長旅のあいだ、肌身離さず持っていた紐の先──今も胸元にぶら下がっている小さな石のペンダント。


 ……これかよ。


 無事を祈ってくれた“贈り物”だと、ずっと思っていた。

 あの時、言葉少なにレイアさんが手渡してくれたから、大切にしてたんだ。

 それなのに──まさか、こんな“役目”に繋がっていたなんて。


 じゃあ、あの日から俺は──“勇者候補”だったってわけか?


 だったら……


「それはな──」

「勝手だよ………二人とも!!」


 サイファーの説明を、怒鳴り声でかき消した。

 感情の蓋が──外れた。


 首からぶら下がるその“お守り”を、勢いよく引きちぎる。

 パチン、という鈍い音とともに紐が切れ、俺の掌にその“魔石”が転がり落ちた。


 俺はそれをギュッと握り込む。壊してしまいたい衝動を、どうにか押しとどめながら。


「……最初から、俺をそういう目で見てたのか? いずれ魔王と戦わせるために、勇者候補として俺を育てようって。……はは、マジでふざけんなよ」


 吐き捨てるように言い放つと、三人は微動だにしなかった。

 レイアさんの紅い瞳が、僅かに揺れたように見えたのは──たぶん気のせいじゃない。


「これが何なのかは知らないけど……そういうもんを、本人に何の説明もなく持たせんなよ!!」


 声が、洞窟の静寂を破って反響する。

 

 恩人に対して、なんて言い様だ。

 サイファーにも、レイアさんにも、そして自分自身にも心底嫌気が差す。


 ──だが、俺は止まれなかった。


「それにさ、これまでの話も全部そうだよ! 俺の意思をガン無視で勝手に決めて、勝手に使命とか言い出して……!」


 俺は拳を握りしめる。歯を食いしばる。息が荒い。

 でも、止まらない。


「……今の俺の状況、知ってんのかよ? マリィだってすごく大変なことになってるんだ! クロードさんたちだって……俺が戻るのを待ってくれてる」


 守りたい奴がいる。

 待ってる人たちがいる。


 その全員を放って、世界の命運を任されて戦ってくれだと?

 ふざけるな。


「俺を評価してくれるのは嬉しいけど、魔王を倒すなんて無理だって! サイファーやレイアさんには、そりゃ感謝してるさ! ダメな俺の面倒を見てくれたし、鍛えてもくれた……」


 気がつけば、声が震えていた。

 肩も、僅かに震えていた。


「でもな──俺は、アンタらに使われるために強くなったわけじゃねぇよ」


 沈黙が、空気を濃密にする。


「俺は……世界を守るために旅をしてたわけじゃない。鍛えられて強くなったのも、使命とか責任を背負うためじゃない」


 そう──


 サイファーにラヴを教わった。

 レイアさんに神威を教えてもらった。


 全部、大切な経験だった。

 でも、それは“勇者”になるためじゃない。

 俺が、俺として“ちゃんと強くなりたい”って、そう思ったからだ。


 ただ──それだけなんだ。


「俺は……俺は、戦うのとか、そんなに好きじゃないんだよ……」


 声が小さくなっていく。


「強くなるのが嫌いなわけじゃないさ。自分の成長を感じるのは嬉しいし……誰かを守れる力があるって思えるのは、誇らしいとも思う。でも……それに役目や使命を与えられて戦える人なんかじゃない」


 魔王と殺し合うための力なんて、欲しくなかった。

 血を浴びて、骨を折って、命を削って──そんな非日常を生きるために、俺はここにいるわけじゃない。


「ただ、俺は平和に……面白おかしく、冒険していたいだけなんだ。マリィと──みんなと一緒にさ……」


 その瞬間、胸がキュッと締めつけられる。

 “願い”を口にしたはずなのに、それがいかに脆く、遠い夢であるかを自覚させられるから。


 目を閉じる。

 しばらく、誰も何も言わなかった。


 だからこそ、俺は──その沈黙に、自分の意志を乗せる。


「だから、他を当たってくれ」


 その言葉を吐き出した瞬間、空気がふっと凪いだような気がした。


 静けさが、痛い。

 風ひとつ吹かず、水音ひとつない。


 ──それでも、返事は来ない。


 逃げ道を作るために背中を向けたのに、その沈黙が、逆に俺の背を刺してくる。


 けれど、ようやく。


「……そうか」


 静かに。

 まるで、誰かの死を悼むような口調で、サイファーが呟いた。


 その一言が広間に落ちた瞬間、空気が決定的に変わった。

 それは怒りでも悲しみでもなく──“諦め”だった。


「……わかった。それじゃあこの話はこれで終わりじゃ」

「サイファー……!」


 弾かれたように、レイアさんが彼を振り返る。

 その表情には、隠しきれない焦りが滲んでいた。


 けれど──サイファーは、首を横に振るだけだった。


 無言の、拒絶。

 もう、これ以上は言わないという意志の表明。


 その仕草に、レイアさんの肩が僅かに落ちた。

 観念したように、紅の瞳がゆっくりと伏せられる。


「……悪かったの。何もかも黙っていて」


 その声は、思っていたよりも穏やかだった。

 そして──意外なことに、次に発された言葉には、乾いた笑いが混ざっていた。


「確かに……じゃな。都合のいい、勝手な話じゃった」


 今までの話が夢だったかのように、二人は肩の力を抜いた。


 あの、張り詰めた空気はもうどこにもなかった。

 静かな水面のように、凪いだ時間がそこにあるだけ。


 サイファーは軽く笑いながら、ふらりと歩み寄ってきた。

 そして、俺の肩にぽんと手を置く。


 ……その幻影の手に、温かみはなかった。

 質量も、感触もない。

 ただ、そこにあるという存在の重さだけが、ずしりと肩にのしかかってきた。


「この問題はワシらだけで解決する。この話は忘れてくれ。悪かったな」


 あっけらかんと笑って見せるその顔を、俺は直視することができなかった。

 ──そんな風に、何もかもなかったことにされる方が、ずっと、痛かった。


 レイアさんも、どこか無理に作ったような笑みを浮かべて、微笑んでいた。

 その口元は穏やかだったけれど、眉は僅かに下がり、表情の端々に“悔い”が滲んでいた。


「……お前はこのまま、自分の旅を続けろ。アステリアに着いても……戦いに巻き込まれる前に、目的を果たして去るんじゃぞ」


 そう言って、サイファーは静かに背を向けた。


 俺は──何も言えなかった。

 叫びたくなるくらい、喉の奥が熱くなったのに。

 拳を握りしめるほど、何かが込み上げてきていたのに。


 それでも、動けなかった。

 何ひとつ言葉にできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
戦いを怖いもの、苦難だと捉えられる弱者だからこそ、フェイくんは勇者の素質が誰よりもあるのかもしれないな。 強者は魔王を討てても、平和はもたらせない。 案外世界を変えるのはどうしようもなく人間味に溢れた…
心臓ぎゅーってなるけど、サイファーわかってるなーとも思います
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ