第一話 「村人A」
寒い……。
周囲は真っ暗で、光の粒子のようなものがそこかしこで高速移動している。
体が冷たい光に吸い込まれていくような感覚だ。
俺は、死んだのか?
嘘だろ、あんな光に照らされただけで死ぬとか、俺、マンボウかよ。
くっそ、俺には追ってるweb小説の最終話を見るという未練が──。
「…………」
小説? いや、こうなる前のことを思い出してみろ。
足元の魔法陣みたいなものとか、リンクがどうだのとか。
それって、異世界ものの小説に出てくるやつじゃん。
そうか、実はアルティア・クロニクルは異世界人が作ったゲームなのかもしれない。本来のアルクロ正史では魔王を倒せなかった。だから、ゲームを通して、それを可能にする知識の持ち主を探していた……とか?
俺は、本当なら倒せないはずの魔王を攻略してしまったから、選ばれし勇者としてこの世界にリンクした……って考えると、辻褄が合いそうだぞ。
「〇◀§Θ□Ω&%$=*□▽◎」
──なんか、某どう〇つの森のキャラみたいな、十倍速再生みたいな声が聞こえたが…速すぎてわかんねぇよ……。
「▼#$*@〇□Θ△▼Ж※◎調中……。処理速度同調……。完了……連結した人格の体感時間速度を微調整……」
十倍速は穏やかな女性の声に変わったかと思うと、周囲に流れていた粒子の動きがゆっくりになる。
ほら、やっぱ死んでないんだ。こりゃ異世界行きのバイパスに違いない!
となると、俺はエミルとして転生されるのか?
彼は元々強いが、俺のクリア知識、もとい、未来予知チートスキル的なものもある感じか?
ぐふふふ。
そう考えるとなんだかワクワクしてきたぞ。
物語を最後まで知っているから言うが、エミルとベルギスは王族だ。
強くてイケメンで、金もあるだなんて楽しめそうだ。
お……なんか光が暖かくなってきた。
ついに転生の瞬間か?
さぁ、俺は今、エミルの母・セシリアの子供として産まれ──。
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ガンッ!
「痛っ!」
突然額に強い衝撃が走った。
驚いて飛び起きる。
ガサガサッ
「うわっぷ」
身体を起こす際、生い茂る草が勢いよく俺の肌を撫でる。
外で寝転んでいたのか?
「……おぉ……うぷ……おぇ……」
なんかすげぇ頭がクラクラする。
額の衝撃からきたものではない。
なんというか船酔いに近い感じだ。
目を擦り、頬を叩いてグラつく視界を改めて認識する。
一先ず状況の確認だ。
後ろは草。右も草。左も草……と川。足元には焚き火の跡らしきもの、前方には家。
……どうやら俺はなぜか背の高い草に埋まり、足だけを出して仰向けに寝ていたようだ。
前方にある、どこかで見た気がしなくもない白い家の前には一人の青年がいた。
ファンタジーに出てくるようなローブを着た青年は、焦った表情をしてこちらに走ってくる。
「──みません!!」
高校生くらいに見える彼は、整ったスリムな顔立ちで、きりっとした眉と大きな瞳が印象的だった。短めの髪は不規則に流れているが、どこか品がある。イケメンだが親しみやすい雰囲気を感じた。
「すみません! ちょっと気が立っていて、誰もいないだろうと思って石を投げてしまいました……。まさか、そんなところで寝てるとは思ってなくて……。ケガはないですか?」
青年は息を切らせながら俺のところまで来ると、反省した面構えでそう謝罪した。
なるほど、石を投げたら、その先で寝てた俺に直撃したと。
ムカついてたからモノに当たったってワケね。
わかるよ、俺のデスクも無数の台パンの跡で凹んでるもの。
……っていうか、俺はこの青年を知っている。
ゲームではドット絵だったが、特徴が完全に一致している。
アルティア・クロニクルに出てくる主人公の兄・ベルギスだ。
「……ベルギス?」
「はい……? どうかしましたか? あっ……頭から血が……」
ベルギスは不安そうに俺を見る。
思わず口にしてしまったが、ベルギスで間違いないらしい。
目の前にベルギスがいるってことは、やはりエミルとして転生してしまったのだろうか?
転生といえば産まれる時からだと思っていたが。こんな中途半端な時なのか?
「癒しの力よ、今こそ治癒の恩寵を──『ヒール』」
「! ……おお!」
ベルギスは俺の額に手を向け、ゲーム内で散々お世話になった魔術を唱えると、淡い緑の光が患部をみるみる癒していく。
俺は感動した。
すげぇええ! 魔術だ! 異世界だ!
酷かった酔いも同時に消えた。
っていうか本物のベルギスはかっこいいな。
まさにイケメン冒険者って感じで、クオリティの高いコスプレイヤーでも表現できないような強いオーラがあるし、その上声までカッコいい。
まだ若いのに、手や顔には数々の戦場を経験したのであろう傷が見受けられた。
ベルギスは治療を終えると、申し訳なさを含みつつも、優しい笑みを向けながら立ち上がる。
「おじさんも、こんなところで寝てたら危ないですよ?」
「えっ、あっ、は……はい」
って、おじさん!?
おいおい、弟を呼ぶのに随分と他人行儀じゃないか。泣くぞ?
しかもさっきから敬語だし。
とか思っていると、白い家の扉が開き、これまた見たことのある少年が出てくる。
「兄ちゃん! 薪割り終わった?」
「あぁ、エミル。すまない。まだこれからなんだ」
アルティア・クロニクルの主人公、エミルの姿がそこにはあった。
エミルは旅人が身に着けるような簡素な服、まさにファンタジー世界のチュニックみたいなものに身を包んでいる。
ベルギスに似ているが、弟であるエミルはまだ幼さがあり、無垢な笑顔が印象的だ。
──え?
じゃあ俺は誰なんだ?
視線を下に落とし、自分の服装を確認する。
地味な茶色い布の服で、ズボンも同じような素材。
腰には服の上からベルトがされていて……。
俺は慌ててそばにある川を覗き込む。
……正直、半ばわかっていたことだが、そこにはかつてのメガネのナイスガイはどこにもいなかった。
ホリが深く、瞳は緑。ボサボサの髪はなぜか一カ所だけ黒く、あとは金髪。
唯一同じなのは伸びたままの無精髭だけ……。
俺は必死に自分の見た目と一致するゲームの人物を思い出す。
いや、本当は認めたくないだけで気づいているんだろう?
俺は、村人A──もとい、ただのモブに転生した。
いるだろ?
なぜか最初の村で焚き火をしていたり、看板の前で立ち尽くしていたり、かがくのちからってすげーとか言ってるやつ。
そいつだ。
モブのテンプレみたいなやつだ。名前もなく、役割もなく、話しかけても「よう、今日はいい天気だな」とか言ってくるやつ。
しかも、村人は勇者と違ってただずっとその村に居続けるだけの存在。
たった一言のセリフしか言わず、物語が進んでも存在はただのモブ。
まぁ俺だって同じだ。
どれだけ周りの世界が変わっても、ただ部屋でゲームをし続けるだけ。
親の目すら気にせず、止まったまま──
いやいやいや今はそんなのどうだっていい。
なんにせよ、今の気持ちは──
「嘘だろぉおおおお!?!?」
俺は大声を上げながらその場に膝から崩れ落ちた。
神様よ、普通ここは勇者に転生するもんだろうがJK。
マジか。俺、これから一生この村だけが友達なのかな。
突然の叫びに、ベルギスとエミル、さらにその奥にいる村人たちが驚いて俺に目を向ける。
「えっ? あっ、まだ痛みますか!?」
鉈を握るベルギスの手は、薪を割ろうと振り上げたままピタッと止まっていた。
「あっ、いやその、違うんです。どうぞ続けて!」
勘違いさせてしまったらしい。
ベルギスは気を取り直して、豆腐を切るように薪を割り始める。
彼の斬撃は、あっという間にちょうどいいサイズの薪を生成していった。
薪割りでこの速さ──彼は作中最強設定なのだ。
「……よかったら、いりますか?」
「え……?」
まじまじと見つめていたせいか、ベルギスは割った薪をいくつか俺のところに持ってきた。
「よくこの辺で焚き火をしていますよね。先ほどのお詫びというワケではないんですが……」
「ありがとう……」
元の世界では焚き火なんてしたこともなかったが、厚意は受け取っておこう。
「すごいな、薪がまるで豆腐のようだった」
「いやいや、俺なんかまだまだですよ。もっと、強くならないと」
いやいや、アンタの強さは異常だったよ。
だからこそ退場させられたのかもしれんが。
「兄ちゃんはすごいんだよ! こないだだって魔物を全部一撃で倒しちゃってね! そうだ! アレやってよ! アレ!」
「こ、こらエミル」
「なんだ? 俺も見てみたいな」
「え? あ、はい……」
自慢するエミルに困っていたが、俺の言葉もあってベルギスは了承してくれた。
何をするんだろう?
ベルギスは地面の上に太い丸木を置くと、そこから2メートルほど離れた位置で剣の柄に手をかけ、居合の構えをとる。
「────ふっ」
次の瞬間、瞬きなどしていないハズなのに、ベルギスの位置が丸木の反対側に移っていた。
丸木はまるで斬られたことなど気づかなかったように、遅れてバラバラと薪に変わっていく。
まるでア〇ミック斬だ。
俺とエミルの拍手は鳴りやまない。
「ね! すごいでしょ!!」
エミルが無垢な笑顔で同意を求めてくるので、コクコクと頷いた。
「すごい」なんていうレベルじゃない。
世界がドラ〇ンボールだよ!
ベルギスは照れながらぺこりとお辞儀をすると、エミルを連れて家に戻っていった。
見たことがあるシーンだ、これからエミルのチュートリアルが始まるのだろうか。
ベルギスが「次はこの街に行ってみよう!」とか言って冒険が始まるのだ。
いやぁ、しかし、すごいものを見た。
自分がこんな世界に転移すること自体、妄想しなかったワケじゃないが、実際来てみるとヤバイ!
俺もあんな風になれるのだろうか。
「…………」
いや俺そもそもモブじゃん!!
伝説の剣とか効率のいい金策の仕方とかは頭にあるけど、こんなキャラじゃ、そもそもそのダンジョンにすら到達できないよ!!
──えっと、こういう時って俺を異世界召喚した女神様とか美少女がいるもんじゃないの?