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第百六十四話 「役立たずの裁定②」

「──はぁ〜〜〜ッ!!」


 わざとらしく、胸の奥から盛大なため息を吐く。

 あまりにも芝居がかったそれに、場の空気が一瞬止まった。


「フェイ……?」


 マリィがきょとんと振り返る。

 その隣で、ミランダさんが不機嫌そうに眉をひそめた。


「……もうさ。いいじゃねぇか、これ以上。ロイドもちゃんと反省してるしよ。ミランダさんの言いたいことも分かる。最初は俺も『こりゃアカンな』って思ったけど──でも、さっきの話を聞いたら……なんか、どうでもよくなったわ」

「なによ! フェイくんも、許してやれって言うの!? これはこっちの問題よ!」

「だから、部外者の俺が口を挟むのもどうかとは思いましたよ。でもさ──」


 俺は、まっすぐミランダさんの目を見据える。


「“今が弱いなら、強くなればいい”じゃないっすか?」


 シンプルな論理。

 でも、それは俺自身が何度も繰り返してきた真実だ。


「誰だって最初は怖いし、うまくいかないし、自分が情けなく思える。ロイドもたぶん、今、死にたいくらい恥ずかしい思いしてる。でも──最後は頑張って一歩目を踏み出した。それって、もう一度踏み出すだけの価値があるんじゃないすか?」

「う…………」


 ミランダさんが押し黙る。


 俺はゆっくりとロイドの方を振り返った。

 見ると、泣き腫らした目をこちらに向け、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。


 ──なんつー顔してんだ、イケメンのくせに。

 目は真っ赤、鼻水まで出てて、そりゃもう無残な泣きっ面だ。


 ……でも、分かる。

 俺もしてたな、そんな顔。


「とりあえず恐怖は魔族に放った火球で克服したってことで! あとは強くなればいいだけじゃねぇか。ガルレイアに着くまで、聖水は流さず、戦闘は積極的に参加。で、経験値稼ぎながら慣れていく──どうよ、完璧なプランだろ?」

「ちょっと、なに勝手に──」


 横から口を挟もうとするミランダさんを、手のひらで制す。


「他の仲間がロイドの面倒見るの嫌だってんなら、俺が手伝うさ。マリィは……まぁ、事情があるし無理だけどな。ははっ」

「フェイクラントさん……」


 ロイドが、潤んだ目をこちらに向ける。

 そのまま袖で涙をぬぐい、かすれた声で呟いた。


「……い、いいんですか? お、俺なんかのために……」

「あぁ。しょーがねぇだろ、お前、弱いんだからさ。聖水無しなら、雑魚も出てくる。ちょうど良い相手だろ。一人で倒せるくらいになれば、ミランダさんもきっと見直すって」


 ちらりとミランダさんに目をやると、彼女は腕を組んだままぷいと顔を背けた。否定しないってことは、たぶん……許容範囲ってことだ。


 クロードさんはというと──やっぱり壁際で俯いたまま、口角だけを僅かに吊り上げていた。なんだよその達観した顔は。


「うっ……」


 ロイドの瞳から、また涙が溢れた。


「フェイ!」


 マリィがぱぁっと笑顔を見せた。

 その瞳は、ほんの少しだけ潤んでいて。


 たしかに、聖水を流さないという判断はリスクを伴う。

 マリィが再び魔族に狙われたら……その危険性は誰よりも俺たちが理解してる。


 でも、正直な話──聖水程度じゃ、前回の魔族レベルじゃどうせ意味がない。

 ならば、無理に自分たちを“安全地帯”に閉じ込めるより、一歩踏み出す機会を信じてやるべきじゃないかと思った。


 ロイドが袖でもう一度涙を拭い、しかし──


「でも……一人で倒すのはちょっと無理──」


 ぽつりと呟いた瞬間、ズコッと俺の心がずっこけた。


「んだよ! そこは『やります!』『頑張ります!』だろが!!」

「えぇ……だって、フェイクラントさんがガルレイアに着くまでって、そんなに期間無いし……」

「ちっ……」


 ミランダさんが半目で睨みながら、毒舌を放つ。


「フェイくん。そこまで言ってそんな反応するやつは“ハズレ”よ。それに、人はそんな短期間で強くなれない」


 ハズレ……ね。


 正直……その言葉は好きになれない。

 それはまるで、“過去の俺”すらも全否定されているみたいで。


 俺は、静かにミランダさんに向き直った。


「ミランダさん……いくら人を見る目に自信があるからって、決めつけるのはよくないですよ」

「…………」


 ギラッと、鋭い眼光が俺を射抜く。


 おぉぅ……美人だけど超こえぇ。

 けど、怯むわけにはいかない。

 そりゃ今まで彼女の見立てが当たりっぱなしだったのは知ってる。


 でも──


「じゃあ、いきなりですけど。俺の年齢、いくつだと思います?」

「はぁ?」


 思わず脱力した声が漏れる。

 唐突な話題転換に、場の空気が一瞬固まった。


「自信あるんでしょ? せっかくだし、当ててみてください」

「ふん、いいわ。当ててあげる…………二十三ッ!!」


 ビシィッ! と答えた。

 ドヤ顔で、両手で数字まで作ってくる。


「ぶぶーっ。残念。実はもう三十歳でーす」

「…………へ?」


 沈黙。

 ぽかんと開いたミランダさんの口。

 ロイドも、まるで豆鉄砲を食らった鳩のような顔。


 ふふん、そんなに驚くなって。

 傷つくじゃないか。


 まぁ、ミランダさんが俺の年齢を間違えているってのは知っていた情報だから、少々卑怯ではあるが……。


「な、ロイド。ミランダさんはすげぇけど、それでも間違うことはあるってことさ」


 その言葉に、ロイドはきょとんとしながらも、小さく頷いた。


「いいか、ロイド。よく聞けよ?」


 俺は手を広げ、語り口を変える。

 まるで昔話を語るように──


「昔あるところに、ダメな男がいた。そいつは、焚き火とか釣りくらいしか能のないカスみたいな奴で、年がら年中火を焚いては女の子にタダで食料もらったりするだけのダメ男」


 紛れもない、俺自身のこと──


「それ以外は何もしようとしない、自分はクズだって決めつけて、努力も中途半端で辞めて、七歳も年下の恋人を過労させるまで足引っ張って、それでも二十八までダラダラし続けた人だ」


 言葉を紡ぐたびに、胸が焦がれる──


「冒険者も簡単に諦めて、自分は向いてないって決めつけて、そのくせプライドだけは一丁前。見栄を張って、嘘ついて、泣きべそかいてたおっさんだ」


 多少照れながらも、俺はドンっと自分の胸を叩く。


「──ま、俺のことなんだけどよ」


 室内に、静寂が落ちる。


 マリィがくすくすと笑い、ロイドは信じられないという顔をしている。

 クロードさんは視線を落としたまま、うっすらと笑った気がした。


「そんな俺でも、頑張りたいっていう理由を見つけた。信じてくれる人がいて、力を貸してくれる仲間がいて──ようやく俺は“もう一度冒険者になりたい”って思えた」


 ──情けないけど、それでも、立ち上がることはできるんだ。


「フェイクラントさん……」


 ロイドの唇が震える。

 その頬には、また新たな涙が伝っていた。


「だからさ、早い話が──こんな俺にも出来たんだ。だからお前もやれ。お前はまだ若くて、伸び代もある。向いてないと決めつけて、冒険者をやめることも止めないし、それはお前の自由だ──でも」


 トン、と。

 ロイドの胸に拳を置く。


 今から言う言葉は、"ただの部外者からの戯言"だ。

 かつて、俺が幼馴染からもらった"戯言"──


「お前が少しでも、それを諦めたくない、譲りたくない気持ちがあるなら……それを貫き通して見せろ」


 俺にとって、人生を変えてくれた“戯言”だ。


「俺はお前の夢を馬鹿にしたりしねぇからよ。……自分には、嘘をつくな」

「…………はい」


 ロイドが、強く、拳を握りしめる。

 瞳は濡れていたけれど、そこに宿った光は、確かに何かが変わったそれだった。


「ふふ……」


 やめろマリィ。

 今は俺を見て笑うな。


 ……まさか、かつて俺がクリスに言われた言葉を言う日が来るなんてな。


 あの時、クリスが俺に向けた眼差し。

 たぶん──あいつも、こういう気持ちだったんだろうな。


 ──もはや、ミランダさんも何も言うまい。


 彼女はふっと息を吐くと、椅子の背にもたれ、腕を組んだまま天井を仰ぐ。

 つい先ほどまで「ハズレ」だの「役立たず」だのと突き刺すような言葉を投げていた鋭さはもうない。


 それが、彼女なりの“承認”だった。


 言葉ではない。

 だが、この場にいる全員が、その無言の表情から読み取っていた。


 壁際に佇んでいたクロードさんもようやく歩み出る。

 静かに、けれどその口元には、淡い笑みを浮かべたまま──


「……珍しく、外したな」


 その言葉は、ミランダさんに向けられたものだった。

 ピクリ、と彼女の眉が動く。


「…………うるさいわね」


 実に彼女らしい、可愛げすら感じるぶっきらぼうな反応だった。


 誰もがそれを咎めることはなく、むしろ少しだけ、室内に柔らかな空気が戻る。


 ロイドはまだ、言葉を見つけられずに俯いていた。

 けれどその拳には、確かに新たな力が宿っているような気がした。

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― 新着の感想 ―
赤裸々黒歴史暴露大会終 了 ! ! やはり自身の失敗談をネタにするのは説得力がありますね~ でもまだ30ならまだまだフェイクラント君は取り返しきく方だと思うんですよ…(遠い目
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