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第十三話 「クリス VS 狩りの魔王」

 俺の頭上で炸裂した二つの火球が空中で爆発し、眩い光と共に俺の体に熱気が押し寄せてくる。


「……っ!?」


 振り返ると、そこには見慣れた姿があった。

 クリスだ。

 少し乱れた髪に、鋭い目つき。

 黒い手袋をした手が炎の余韻でほんのり赤く染まり、魔術を放ったばかりだとわかる。

 彼女の表情は険しく、彼女の中に沸き立つ怒りが伝わってくる。


 いや、彼女の目は怒りに満ちていたが、その脚は震えていた。

 本能でわかるのだろう。

 今、目の前にいる女は、自分の力では絶対に敵わないということが。


「……ク、クリス!?」


 俺は瞬時に立ち上がり、対峙する2人のクリス側へと寄る。


「フェイ……。私がなんとか食い止めるから。あなたは逃げて」

「で、でも……」

「勝てないのはわかってる。でもあなたがいたところで何も変わらない。お願い、わかって」

「……っ!」


 クリスの言葉に、俺は返す言葉を失った。

 彼女の声は震えていたが、その目には確固たる決意が宿っていた。

 クリスの言う通りだ。

 相手は封印されている大魔王を除けば、この世界で1〜2を争うような魔王だ。

 ちょっと修行した俺が加わっても何も状況は変わらないだろう。


 しかし、逃げれるのか?

 こんなバケモンみたいなやつから……。


 そもそも、俺もさっきから脚が震えて言うことをきかない。


「……ほぅ、我が魔術から逃れられた者がいたか……よほど魔力に自信があるのだな」


 俺のことなど気にも留めていないザミエラが、少しだけ興味を惹かれたように唇を歪める。


 魔術というものは魔力の高い者ほど効き目が薄い。

 とはいえ、例えクリスであっても、食らえば一撃の炎から逃れられたのは、前段階の空中に浮かされることに抵抗できたからだろう。


「しかし解せんな。逃れられたなら尻尾を巻いて逃げればよかったものを」

「うるさいッ!! よくも、よくも村のみんなを……!! 絶対に許さない……!!」


 ザミエラの言葉を遮るように言い放つクリスの掌に再び魔力が収束する。

 その瞬間、周囲の空気がピリピリと震え、彼女の髪が風圧で揺れた。

 熱気を帯びた魔力が渦を巻き、クリスの手の中に収束していく。


「燃え滾り、吹き荒れよ、炎は刃と化し烈火へと──『紅蓮風刃(クリムゾンスラッシュ)!』」


 ザミエラの足元に渦巻く風が発生し、それに巻き込まれた炎が爆発的な威力を生み出す。

 しかしダメだ、クリス。


「……ぬるい風だな」

「なっ!?」


 ザミエラは平然とした顔で炎の暴風の中から出現する。


 ゲームでもアイツに対して炎は効力が無かった。

 その特性はこちらでも有効なようだ。


 ザミエラは片手を軽く振っただけで、クリスの魔術を簡単に相殺した。

 魔術の渦が砕け散り、消え去る。

 クリスの額に汗が滲む。


「クリス、アイツに炎は──」

「邪魔!! 早く逃げろ!! バカ!!」


 情報を伝えようとした瞬間、クリスから怒号が放たれる。

 クリスからは聞いたこともない命令形の言葉に、俺は言葉を失った。

 今の彼女には明らかに余裕がない。


 そうだ、何突っ立ているんだ、俺は。

 命を賭けて戦ってくれているクリスの想いを無駄にする気か。


 しかし、そう思っても脚は動かない。

 そもそも彼女を置いて逃げるということに罪悪感が強すぎて何も選べない。


 どうすればいい。


「どうした? もう終わりか?」


 ザミエラが冷たい声でクリスを挑発する。

 その態度に苛立ち、クリスは歯を食いしばった。


「フェイ!! 早く逃げてって言ってるでしょう!!」


 彼女が必死に叫ぶ声に、俺はようやく一歩を踏み出す。

 それでも心臓が締め付けられるような感覚が消えない。


(逃げる…? 本当にこれでいいのか…?)


 頭の中で自問自答しながら、俺はふらつく足取りで村外れの方に向かい走り出した。

 クリスの言葉通り、ここにいても何もできない。

  俺が戦ったところでクリスを助けるどころか、足手まといになるだけだ。


「おい、誰が逃げていいと──」

「燃え滾る炎の化身よ、我が願いを叶え、その凶暴なる力を見せつけよ! 大いなる焔よ、災いを灰燼と化せ──『灼滅爆轟(エクスプロード)!!』」


 俺の方を目で追うザミエラに対し、再びクリスが魔術を放つ。

 今までクリスが使って来たものとは根っこから違う、彼女の持つ最大威力の上級魔術。


「うおおおっ!!」


 それは一瞬にしてザミエラを飲み込み、逃げ出し始めた俺ですら灼熱の炎に熱された空気で火傷しそうにもなる。

 一瞬、俺の足は止まり、クリスの潜在能力に目が釘付けになる。

 しかし、それでも火魔術。


 ザミエラは豪炎に飲み込まれているが、効いているかは明白では──


「吹き荒れる風の化身よ、我が願いを叶え、その凶暴なる力を見せつけよ──」

「なっ!?」

「悠久の時を巡る風よ、全てを切り裂く裂刃と化せ──『天旋地裂(サイクロン)!!』」


 クリスの詠唱が終わると同時に、凄まじい風の渦が巻き起こった。

 二重で発動する上級魔術。

 地面から湧き上がる風が、炎の余韻を巻き上げ、空へと吸い込まれていく。

 赤々とした炎は風により勢いを増し、空高く燃え盛りながら巨大な渦を描いていく。


「ぐっ……コイツ、どれほどの魔力を……」


 炎が巻き上がったことで、ザミエラが可視化される。

 彼女は初めて、一瞬険しい表情を見せたが、ダメージを受けているような感じはあまりしない。


 ザミエラが声を漏らしながらも、クリスを見据える。

 その視線には微かな興味が宿っているものの、依然として余裕が伺えた。


「清らかなる水の化身よ、我が願いをかなえ、その凶暴なる力を見せつけよ。無慈悲なる白銀の抱擁にて、凍てつかせよ──『氷獄零界(アブソリュート)!!』」


 クリスはすかさず続けて詠唱を紡ぐ。

 上級魔術の三重発動。

 サイクロンで巻き上げられた熱気が空に達した瞬間、冷たい氷の魔術が放たれた。

 冷気が周囲を覆い、天へと伸びていく。


「すげぇ……」


 俺は見入ってしまっていた。

 これが、クリスの全力なのか。

 ザミエラは急激な温度変化に苦痛の表情をしているようにも見える。


 ──が。


「な、めるなッ!!」


 ザミエラが短い怒声を上げると、その手から溢れ出す膨大な魔力が一気に放たれた。

 冷気を纏った氷の刃が彼女を包み込もうと迫るが、全てその魔力の波動によって消し去られる。

 火、風、氷──三重の上級魔術の攻撃が、全く通じていない。


 いや、通じてはいるが、それでも多少怯ませる程度のダメージだ。


「……詠唱を重ねれば、勝てるとでも思ったか」


 ザミエラが笑みを浮かべた瞬間、クリスの体がグラリと揺れる。

 膝をつき、片手を地面に突きながら、苦しげに荒い息をつく。


「はぁ……はぁっ……はぁ……」


 限界だ。

 彼女の魔力はほぼ無尽蔵とはいえ、魔術の連発は精神力が削られる。

 三重魔術は彼女の身体にはかなりの負担なはずだ。


「が、まぁチンケな村にしてはそこそこ面白い攻撃だった」


 ザミエラが黒い大剣を持ち上げ、クリスににじり寄っていく。

 終わりだ、と言わんばかりに彼女の目がクリスを射抜いた。


「褒美に一撃で首を刎ねてやろう」


 逃げていたはずの俺は、気づけばクリスの方に駆け出していた。

 行ったところで何か策があるわけでもない。

 だが、脚が勝手に動いていた。


「クリスッ!!」


 俺は叫びながら、ザミエラが黒い大剣を振り下ろす寸前、全力で駆け寄った。

 クリスが限界に達しているのを知りながらも、放っておくわけにはいかなかった。


 クリスに迫る死神の刃──間に合え!


「燃えろ、黒き炎の刃よ──」


 ザミエラの大剣が、禍々しい黒炎を纏いながら振り下ろされる。


「やめろぉおおおおおっ!!」


 俺は叫びながら、咄嗟に持っていた木剣を両手で握りしめ、その刃の軌道を目掛けて振り上げた。

 たかが木剣で、あんな燃える金属の塊の一撃を防ぎ切れる道理はない。

 だが、俺の頭の中で、あの丸太を貫いたときの感覚が蘇る。


 もう一度……!!


 ──キィィイイイインッ!!


 次の瞬間、驚くほど澄んだ音が響いた。


「な……に……!?」


 ザミエラの目が見開かれる。

 彼女の黒い大剣が、俺の横薙ぎに放たれた木剣に触れた瞬間、巨大な衝撃波とともに跳ね返されたのだ。

 俺の腕を通じて伝わる感覚──さっき丸太を貫いた時と同じだ。

 木剣の先端がまばゆい光を放ち、本来物理的にはありえない現象が起きている。


「フェイ……!? バカ、逃げてって──」

「うるせぇ!! お前だって死ぬ寸前だったじゃねぇか!! お前こそ逃げやがれ!!」

「何よ! せっかく心配してあげてるのに!」


 驚いたクリスの言葉を、威勢の良い声で返す。

 気づけば俺たちは普段のふざけたやり取りのようなものに戻っていた。

 やはり彼女の声は勇気づけられる。


 だが、俺の足は対照的にガクガクと震えっぱなしだった。


 わかってる。

 普段の俺なら狂ってると思えるくらいの行動だ。

 今の一撃を防いだからと言って何になる。


 ザミエラは一瞬体勢が崩されたものの、すぐに立て直し、再び刃を向ける。


「雑魚と侮っていたが、神威使いだったか。いつ見ても面倒な技だ」

「ふっ……」


 俺は含み笑いを浮かべてみたが、どちらかというと本音は「えっ!? 神威使い!? 何それ知ってるの!?」という感じだ。

 この木剣に溢れてるオーラみたいなものが神威というものなのだろうか。

 ステータスでも見た神威というものだが、やはり何か関係しているらしい。


 だが、コイツにとって「面倒な技」程度なのであれば、俺の力で倒すのは多分無理なのだろう。

 「な、なんだその力は!?」くらい驚いてくれるのであれば希望は持てたんだが……。


 クリスが立ち上がり、俺の隣に立つ。

 2対1の構図が出来るが、依然として絶望的だ。


「フェイ。その剣……」

「期待すんな。俺の秘策なんだが、アイツが知っている技な以上望み薄だ」

「なによそれ、じゃあ何の策も無く間に入って来たの?」

「お前だってさっきはそうだったろ。しかも負けそうだったし」

「た、助けてもらったくせに……。はぁ、なんかフェイといると調子狂う」

「そうだな。俺もだ。はは」


 つい先程までは村を焼かれ、涙とお漏らしでぐちゃぐちゃだった心が、一歩を踏み出したことで──クリスが隣にいるだけで元に戻っているような感覚だ。


 やはり、彼女は心強い。


「おしゃべりはもう済んだかな?」


 ザミエラが剣を上段に構える。

 思わず体がブルッとすくみ上がる。


「クリス。どうする?」

「……十秒だけ、稼いで欲しい」

「……わかった」


 何か、策があるらしい。

 正直、1%も希望は無い気分だが、乗る以外に選択はない。


 クリスの言葉に頷くと、俺は木剣を握りしめたままザミエラの方に一歩出る。

 彼女の威圧感は尋常ではなく、視線を合わせるだけで背筋が凍りつきそうになるが、今更逃げるわけにはいかない。


「今度は、貴様一人で戦うのか?」


 ザミエラが冷笑しながら俺を見据える。

 だが、今はこっちに意識が向いているだけで十分だ。


「一人で十分だと思ってね」


 強がりを言うが、内心は「無理無理無理」という言葉がループしている。

 でも、クリスが十秒だと言ったのだからやるしかない。


「いくぞ!!」


 俺は叫びながらザミエラに向かって走り出した。

 倒せなくていい。

 十秒稼いで、クリスの秘策で運が良ければ逃げる。

 この一択だ。

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