第百四十話 「新人ロイドは仮メンバー」
転移魔術を使い、俺、マリィ、クロード、ロイドの四人は、再びグランティスの港町へと戻ってきていた。
石畳の広がる大通りを抜け、潮風の匂いが鼻を掠める。
背後には木造の建物が立ち並び、通りを行き交う人々の喧騒が心地よい雑踏となって耳に届く。
「俺はギルドに用がある。先に行っててくれ」
そう言い残し、クロードは飄々と手を振って別行動に入った。
さて……というわけで、残された俺たち三人が最初に訪れたのは──
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グランティス中央銀行。
「……はい、お預かりした小切手を現金に換算しますと、こちらの額になります」
受付嬢が整った声でそう言った直後、俺の前に置かれた銀盆の上には、金貨、金貨、金貨の山。
「……えっ?」
一瞬、脳が認識を拒絶した。
「マ……マジっすか……」
隣に立っていたロイドが、わなわなと震えていた。
顔面蒼白というより、金の輝きに当てられて貧血気味みたいな様子だ。
「田舎の屋敷が二つは買える額っすよこれ……」
「やめろ、そういう具体例を言うな。持ち去って逃げたくなってくるだろ……」
いや、確かにサイファーが俺たちに託したのはSランクパーティに大陸を跨がせ、さらには戦地に送るという超ハードな依頼だ。額がそれなりなのは当然。
でも、こう……実際に数字として、金貨として目の前に並ぶと、現実味が薄れて逆に怖くなってくるんだよな。
「ていうかお前、キャプテンクロードのパーティメンバーだろ。こういう報酬、見慣れてるんじゃないのか?」
「あ、いえ……俺、実はまだ一緒にクエストしたことなくて」
「そうなのか?」
そういや新人とか言われてたっけ。
よくもまあ、あのクロードのパーティに入れたもんだな。
実際この前の“襲撃”だって、ナイフを背後から突き付けた状態からスタートというアドバンテージを持っていながら俺に負けていたわけなのだが……どこかに光る素質があるのだろうか?
「……あの、お客様。こちらの金貨、そのままお持ち帰りになりますか?」
受付嬢が、言いづらそうに声をかけてきた。
まあ、そりゃそうだ。
こんな金の山を持ち歩くような物騒な真似はしたくない。
というか、装備を揃えるために使えと言われたが、ぶっちゃけここまで高価な装備ってこの世界にあるのか?
金ぴかの見た目重視の儀礼用装備とかならともかく、実戦向きとなると、そこまでの品はそうそう見ない。
「……金貨十枚だけ持っていきます。残りは預かっておいてください」
「かしこまりました」
というわけで、金貨十枚だけを持ち歩くことにする。
何円になるのかって?
世界一周の船旅! に書いてあるポスターの額くらいかな。
まぁ、これでも持ちすぎかもしれないけど。
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銀行を出て、日差しのまぶしい通りへと戻る。
「じゃあ、次は装備屋さんだね!」
マリィがはしゃぐようにスキップしながら言う。
そんな彼女に笑顔を返しながら、俺も歩調を合わせる。
「ああ、そうだな」
「いやぁ……さすが船長というか……もう冒険者なんて辞めて、一生遊んで暮らせる額じゃないですかね?」
後ろからロイドが肩をすくめて言ってくる。
「そうかもしれないけどな。多分、好きでやってるんだろうよ」
「たしかに、フェイクラントさんと戦ってるときなんか、めちゃくちゃ楽しそうでしたよ!」
「えっ、そうなの?」
「ええ。あの人、喧嘩を売られることはたまにあるらしいんですけど、基本は一撃で終わるらしくて。近接戦で応酬できる人なんて、フェイクラントさんが久しぶりだったんじゃないですか?」
──……おや?
それはなんか、ちょっと嬉しいかもしれない。
俺の中にふわっとした感情が膨らんでいく。
かつての世界で、喧嘩なんて無縁だった俺が──今、“あのクロード相手に互角で戦った男”として噂されているという事実。
……なんだろうな。
これはたぶん、ヤンキー漫画で「アイツ、番長と互角にやり合ったらしいぜ」って言われてるキャラの心情が、少しだけわかった気がする。
優越感……というより、ちょっとした、誇らしさ。
「むふふん!」
と、なぜかマリィが自分の胸を張った。
いやお前じゃないだろ。
なんでそんなドヤ顔してんの。
「……まぁ、全然本気じゃなかったと思いますけどね」
「ぐっ……言うなよ、それは……」
石畳の通りを、三人でのんびり歩く。
騒がしくない時間が、心地よい。
「というかロイド、お前よくその実力でクロードのパーティに入れたな。俺から見ても、せいぜいEランク程度だぞ?」
「ぐぅぅっ……」
俺の言葉に、ロイドは胸を穿たれたようにしょぼんと肩を落とした。
「たまたま募集中だったとか?」
「いやぁ……まぁ、募集してるわけでもなかったんですけどね。自力であの洞窟を見つけ出して、めちゃくちゃ頼み込んだら……一応、試験的に入れてくれるって感じっす」
「自力で、あそこを?」
ちょっと驚いた。
あの洞窟、地図にも載っていなかったはずだ。しかも道中には魔物もうじゃうじゃいた。
よほど執念があったか、あるいは……
「……探知能力でも持ってるのか?」
「いや、それが……まったく。せいぜい逃げ足に自信があるくらいで、何度か死にかけましたよ」
苦笑しながらロイドは言う。
「俺、ただ冒険者に憧れてただけなんです。でもビビりだし、力も弱いし、魔術だって初級をちょっと使える程度で……」
ぽつりぽつりと、ロイドは語り始めた。
その声は、なんというか、遠い過去の自分を思い出しているようだった。
「でも、俺だってクロードさんみたいになりたかったんです! 田舎から出てきて、初めてグランティスのギルドで彼を見たとき……本当に、衝撃で」
ふと、目が輝いた。
「ひとめぼれ……っていうんですかね。あの強さ、カッコよさ、みんなが憧れてて、しかも職業が“海賊”なんて……ダークヒーローっぽくて、めっちゃ痺れたんですよ!」
それは、純粋な憧れだった。
戦うことの強さに、誇りに、男の生き様に──一度でいいから触れてみたい、そんな思いがあったのだろう。
「それで、どうしても一度会いたくて、あの洞窟を探し出して……頼み込んで、頼み込んで……やっと、仮メンバーとして置いてもらえることになって」
「……仮、なんだな」
「はい。副船長には“使えないならすぐに降ろすからな”って脅されてます。完全に嫌われてます、俺」
はは、と笑うその顔には、悲壮感よりも“受け入れている覚悟”があった。
──なるほどな。
ロイドは確かに弱い。
でも、あの洞窟まで独力で辿り着いた意志の強さ、何度も断られてもへこたれないしぶとさは、本物だ。
あれは単なる執念じゃない。
誇っていい、正真正銘の“夢追い人”だ。
「……昔の俺とは違うな」
「えっ、なんです?」
「いや、なんでもない」
俺はふっと笑って、視線を前へ戻す。
道の先には、装備屋の看板。
旅の再開に向けた、次の一歩が俺たちを待っていた──
やっちまいました……百三十八話飛ばされてますね。
申し訳ございませんんんんん。(:3_ヽ)_
次回は百三十八話を上げさせていただきます