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第百三十八話 「ガルレイアへ手紙を届けに」

 クロードに手を差し伸べられ、俺はその厚い掌を借りてゆっくりと立ち上がる。


 服はもう、びしょびしょ。

 さっきの《メイルシュトローム》の一撃で全身を水槌で打たれたようなもんだ。 

 ズシリと重たくなった服が、体温をじわじわと奪っていく。


 あとで焚き火にでも当たらねえとな……。


 苦笑しながら濡れた前髪をかき上げ、クロードの方へと向き直る。


「今のって、風と水の複合魔術ですか?」

「ああ。風の魔術にはいくつか種類があってね。刃のように鋭く飛ばすものもあれば、竜巻のように渦を巻くものもある。今使ったのは、風の流れを螺旋に圧縮して、水を巻き込んで撃ち出す術式だ。言ってしまえば、“質量を持った竜巻”さ」

「なるほど……質量を加えて、威力を底上げしてたんですね」


 理屈はわかる。だが実践するのは別だ。

 あれほどの出力で、風と水を同時に捌くには相当の魔力量と制御技術が必要だ。

 少なくとも、魔力の少ない俺には到底真似できない。


「じゃあ、こちらからも質問だが」

「え?」

「さっきの技……君の手が光っていたのは何だ? そして、一瞬で俺の背後に回った。超加速……ではなさそうだが……」


 あ、そこ気になるんだ。

 っていうか神威知らねぇのかよ……!?


 俺の心に冷や汗が流れる。

 この男、あの蹴りの破壊力でSランクなのに、神威を使ってなかったのか……?


 いや、考えてみれば、クリスも完全に知らなかったし、使い手が少ないのは事実。

 希少な技だと聞いてはいたが……それでこの実力って、やっぱりこの人、化け物だ。


「えーと……あれは“神威”って技でして。自分の力を一時的に身体強化に転用したり、武器に変換したりできるんです」

「なるほど、武の補助魔術……筋力強化魔術みたいなものか」

「ええ、それと背後に移動したのは──」

「フェイ!! 大丈夫!?」

「ガフッ!!?」


 背後から飛び込んできた心配性マリィ弾に、俺は思い切り吹き飛ばされた。

 勢いのままに突撃してきた彼女の体当たりを濡れた身体でまともに食らった俺は、仰向けにずるんと滑って尻もちをつく。


「マリィ……もうちょっと加減……っていうか、そろそろ自分の腕力覚えてくれ……」

「ご、ごめん……」


 息を整えながら、何とか再び身を起こそうとしたそのとき。


「──転移魔術じゃよ」


 重みのある声が、背後から響いた。


「……元締め……?」


 クロードが低く呟く。

 振り返った俺たちの視線の先──そこには、いつの間に戻ってきたのか、サイラスの姿があった。

 ……あいかわらずの全裸で。


「超加速などではない。あれは、“座標指定型”の魔術じゃ。目で捉えた地点、あるいは過去に知覚した場所へ瞬間的に肉体を移動させる……いわば“瞬間転移”。失われた古代魔術の一系統じゃよ」

「そんなものが……」


 クロードの眉がわずかに動く。

 真顔での驚きだ。


「しかも、神威まで使えるとはな……もしもこやつが完全に神威を極めておれば、吹き飛ばされていたのはお前のほうだったかもしれんぞ?」


 言われた瞬間、クロードの顔が一瞬だけ引き締まった。

 俺を見下ろすその眼差しに、ほんのわずかだが──敵意の色が混じる。


 いやいやいや、さすがにまだまだ力の差がありすぎますって……。

 勘弁してください。


 そんな俺たちのことを見ることもせず、サイラスは一人で感慨深げに腕を組み、顎を撫でていた。


「いやぁ、しかし、こいつはブリーノとも関係があったのか……懐かしいのう、あの小賢しい作戦……昔を思い出すわい……」

「さっさと服着ろジジイ!!」


 どこからともなく飛んできたミランダの怒声に、サイラスは肩をビクッと揺らし、そそくさとコートの山へ向かっていく。

 その後ろ姿は、敗北者というより“反省中の小学生”のようだった。


 ──そして。


 俺の、クロード海賊団への“試練”は、こうしてひとまず“合格点”で終わりを迎えたのだった。



---



 ──ようやく、服が乾き、心も身体も落ち着きを取り戻した頃。


 俺たちは再び、最初の広間へと戻っていた。

 全員が集まる円卓の前。

 篝火の揺れる空間の中心に、ようやく“次の旅路”の話が持ち上がったのだ。


「さて──実力も見せてもらったことだし」


 クロードが腕を組み、にやりと微笑む。


「フェイクラントさんの力なら、いろいろ任せられそうだ。ミランダじゃないが、うちの正式な戦力として欲しいくらいだよ」

「はは……ありがとうございます」


 乾いた笑いで返す俺の横で、マリィがむふーっと鼻息を漏らす。

 どこか誇らしげに胸を張っていて、明らかに“どうだ、私のフェイだぞ”みたいな顔になっていた。


「それじゃあ、旅の打ち合わせといこうか」


 クロードが静かに言葉を切り出した。


「まず、船を出すといっても準備には時間がかかる。その間に装備を整える必要があるし、航路についても──」

「待てい」


 静かに差し出された手のひらが、クロードの言葉を遮った。


「……何よ、まだ文句あるの?」


 ミランダの視線がサイラスに突き刺さる。

 今度こそ、元締めはビクリと肩を震わせ──


「うっ、ち、違うわい……」


 情けない声で弁解した。

 もはや完全にミランダに頭が上がらない構図が定着していた。


「お前にはアステリアに行く前に、まず“ガルレイア大陸”へ寄ってもらう。手紙にもそう書いておるし、“おつかい”もあるんじゃろう?」

「あっ……」


 やっべ、完全に忘れてた。


 そもそも、この旅の発端は“アステリアへ行く”ことじゃない。

 “サイファーの伝言を届ける”ために、俺はこの場所を訪れたんだった。


 あの手紙を託されたのは、“とある人物”に届けるため。

 アステリアはその“ついで”だったはずなのに、今となっては頭の中がすっかり目的地になっていた。


「ふむ……手紙を送る先は、ガルレイア北部の──《カイエン山脈》に住む“ベアトリス”という女じゃ」

「ベアトリス……」

「期待するなよ? 頭の固い、真面目系ババアじゃ。可愛さなど微塵もない。昔からそうじゃ」

「あ、あぁ……」


 別に、可愛いかどうかは求めてないんだが。


 サイラスが封筒の中から、もう一枚の便箋を取り出してこちらへ手渡してくる。

 封蝋が施された厚手の封筒──おそらくこれが本命の“おつかい”だ。


「それと──お前はまずグランティスに戻って、できるだけ良い装備を整えてこい」

「装備……?」

「そうじゃ、カイエン山脈に住む魔物はこの大陸の魔物とは比べ物にならんからの」


 そうか……。

 ガルレイア大陸はゲームでもストーリーを進める上で行く場所ではあるが、ほぼ終盤のエリアなので確かに魔物も強かった。

 

 正直、戦闘員が俺とマリィだけでは心許ない。

 できるだけ強い装備を揃えなければならないっていうのも分かる。


 っていうか、なんてとこに住んでんだよベアトリスって婆さんは。


「……でも俺、金はあまり……」

「封筒に小切手が入っておった。グランティスの銀行で換金してこい。額は……まぁ、びっくりするなよ」


 サイラスが封を切り、中身を一瞥する。


「賭けに勝ったときの“船の支度金”に、と手紙には書いてあったが──この金はお前が使え。船の費用はこちらで持つ」

「え、でもそれって──」

「勝負に負けたワシにも、意地がある。施しは受けん」


 ──正直、どこまでが意地で、どこからが照れ隠しなのかはわからない。


 けれど、彼のその言葉には、確かに“信頼”が込められていた。

 敗北を認め、責任を全うしようとする……それが、“海の男”としての矜持なのだろう。


 もしくは、ただのサイファーへ意地を張りたいだけなのかもしれないが。

 

「は、はい……ありがとうございます」


 深く、礼をする。


 そこに──


「ふむ、グランティスへ行くのか。ならば俺とロイドも同行させてくれ」

「……え?」


 言ったのはもちろん、クロードだ。

 腕を組み、まるでそれが当然のことのように頷いている。


「いつもなら小舟で行くんだがな。だが、転移が使えるのなら願ってもない。戦術としても興味があるし──何より、体感してみたい」


 淡々とした口調だが、その瞳にはわずかに好奇の色が宿っていた。


 転移魔術を見て、興味を感じたらしい。

 その力を“自らの肉体で感じてみたい”というのだから……どれだけ好戦的な思考回路してるんだこの人。


「え、ええ〜!? 俺もですか!?」


 慌てたように手を上げたのは、クロードの後ろにいたロイドだった。

 顔をひきつらせ、明らかに“行きたくない”のオーラを出している。


「待ってくださいよ、船の補修部品の整備も、あのー……あと水の補給とか──」

「問題ない」


 クロードは一刀両断だった。

 すでに話は決まった、という空気が隙間なく流れている。


 ロイドはへにゃりと肩を落とし、泣きそうな顔でマリィをチラ見したが、マリィは小首をかしげただけだった。


 ──で、ここで終わればきれいにまとまったのかもしれない。

 だが、そうはいかなかった。


「船の準備は始めておいてくれ、ミランダ」


 さらっと放たれた一言。

 副船長に任せるべき最も合理的な判断である。

 だが──ミランダにとっては違ったようだ。


「……ちょっとぉ!! 私も転移とかしてみたいんだけど!? フェイくんと一緒にぴょんって! ひょいって!」

「副船長のお前まで来たら、誰が指揮するんだ」


 クロードは冷静に、だがきっぱりと告げる。

 この人、いろんな意味で情が通じないときがあるようだ。


「うぐ……! ま、まあ……それはそうだけど……でもちょっとくらいさあ……!」


 未練がましい目でこっちを見るのはやめてくれ。俺に言われても困る。

 というかこの流れ、妙に既視感がある。


 ──ああ、マリィがたまにツンデレ拗らせた時のそれだ。


「それに、どうせ問題を起こすからな」

「ひっど!!」


 今度ばかりはさすがのミランダも、ぐさりと刺さったように言葉を詰まらせた。

 たぶん、本気で傷ついてる。


「……まぁ、わかったわよ」


 ふてくされながらも立ち上がり、くるりと髪を巻き上げるミランダ。

 その後ろ姿に、サイラスが「ミランダ……良き副船長じゃのう」とボソッと呟いたのは、たぶん聞こえなかったことにされるんだろうな。


 船の空気は……大変そうだ。


「じゃあフェイクラントくん、少しだけ準備してくる。用意が出来たら出発しよう」


 言いながら、クロードは軽やかに立ち上がった。

 軽く手を上げて俺たちに背を向け、広間を出ていく。


 その背中を見送りながら、俺は息をついた。


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