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第百三十五話 「ロイヤルストレートブタ」

 場の空気が、再びゆっくりと引き締まっていく。

 ミランダがどこからともなく椅子を引っ張り出してきて、俺の背後にとん、と置いた。


「座りなさいよ。立ったままだと疲れるでしょ」

「あ、ありがとう……」


 素直に礼を言って座ると、続いてふわりと軽い感触が太ももに乗った。


「……っ」


 見下ろせば、マリィがじと……とこちらを睨みつつも、頬をわずかに染めながら俺の膝の上に落ち着いていた。


 ……いや、別に乗れって言ったわけじゃないんだけど。

 なんなんだその顔は。

 照れてるなら最初から素直に座ればいいのに。

 まぁ、一つしか椅子が出されなかったから仕方ないけど……。


 そんな二人の様子を尻目に、サイラスはすでに手紙を読み終えていた。

 古びた封筒からは、もう一通の封筒も取り出されている。

 きっと、それが“おつかい”の方なのだろう。


 さっきまで号泣していた老人とは思えぬほど背筋を伸ばし、目を細めながら便箋をじっと見つめている。


 サイファーはいったい何を書いたんだろう。

 報酬の話か?

 いや、でも“仲が悪い”って公言するほどだし、金でどうこうなる相手でもなさそうだし……。


 そんなことを考えていると、サイラスが楽しげに口を開く。


「なるほど、賭けか!!」

「賭け!?」


 唐突な声に、椅子ごとビクッと身体を跳ねさせた。


「よし、いいじゃろう!! ここに書いてある通り、ワシと勝負して──お前が勝ったら船を出してやる!!」

「……はあっ!?」


 何を言っているんだこの爺さんは。


 まさか、サイファーの手紙の中身ってそんな感じだったのか……?

 何かしら重要な話し合いとかでなく、“賭け”で相手を動かすとか……。


「ただし、お前が負けた時は──ここで一生奴隷生活じゃ!!」

「えええええええぇぇぇぇっ!?!?」

「よし、お前ら!! 机とカードを持ってこい!!」

「「へいっ!!」」


 野太い掛け声とともに、海賊たちが一斉に動き出す。

 あれよあれよという間に、どこからか運ばれてくる分厚いカードセット、足場のいい円卓、そして灯火が差し込むよう角度を調整されていく篝火──


 勝手に話が進んでいく……!!


 目の前の光景はもはや神殿儀式のようで、海賊たちの団結力が変な方向に発揮されている。


 ……いや、なにこれ?

 なんで俺、カード一枚で人生決めることになってんの?


「あの……その、勝負って……何をするんですか?」


 恐る恐る問うと、サイラスがドヤ顔で答えた。


「決まっておる。勝負はもちろん……ポーカーじゃ!!」


 ポーカー?

 あの、普通のトランプゲームの?

 この異世界にも、まさかトランプが存在するとは思わなかったが──


「相変わらず『賭け』って言葉に弱いわね。あの手紙書いたお兄さん、完全にサイラスの行動パターン読み切ってるって感じ?」


 ミランダが苦笑しながら、クロードの肩をぽん、と叩いた。


 ──なるほど。

 サイファー、お前……本気で俺を試しにかかってやがるな。

 話が通じないから、弟の好きな賭け事なら乗って来るだろうと。

 クソ、勝負するのは俺なんだぞ。


 知的そうな船員が、無駄のない手つきでカードを配っていく。

 五枚のカードが、手元に舞い落ちた。


 えーっと……ポーカーの役ってなんだっけ……。


 手札をそっと覗き込みながら、頭の中で必死に知識をかき集める。


 数字揃え? 柄揃え? 階段? ツーペア? スリーカード? ストレート?

 やべえ、曖昧すぎる……。


 そしてサイラスが、にやりと口角を吊り上げる。


「ルールは簡単。相手よりも強い役を出せば勝ち。チェンジは二回まで!!」


 ──まぁ、そこまでは分かる。


「それから──一回負けるごとに、一枚服を脱ぐ。先に全裸になった方の負けじゃ!!」

「はぁぁああああああああ!?」


 なんで脱ぐ必要あるんだよ!?

 服は関係ねぇだろ!

 男同士の脱衣ポーカーなんてどこに需要あるんだ!?


 ていうか、そういうことか。

 ミランダが下着だった理由、ようやく理解したわ……!!


 マジかよ……負けたら俺、一生奴隷生活……!?


 膝の上のマリィが、心配そうに見上げてくる。


「フェイ……大丈夫……?」


 あ、この角度のマリィ可愛い……じゃなくて!


 クソっ……あまりの状況に変な方向に考えが及んでしまう。

 負けたら終わりだってのに。


 サイファー。

 お前が仕込んだこの“地獄の運試し”、受けて立つ……!


 だが──負けたら覚えてろよ。


「さぁ……いくぞッ!!」


 サイラスの一声が洞窟に響き渡る。


 ざわ……ざわ……と、船員たちの興奮が波のように押し寄せる。

 篝火の揺らめきが、テーブルに差し込む光と影を踊らせる。


 ──こうして、人生を懸けた最も理不尽なギャンブルが幕を開けた。



---



 三十分後。


 篝火の灯りがゆらゆらと揺れ、熱気に包まれた洞窟の奥。

 ざらつく岩壁に囲まれた円卓の上で、静寂が支配していた。


「…………」


 サイラスは自らに配られたカードを無言で見つめ、ただ一人、場の中心に在る威厳を保っている。

 ──その姿勢は、まるで賢者のようだ。


「……くっ……」


 対して俺はといえば、微妙な手札を前に眉間に皺を寄せていた。

 チェンジは二回まで。

 ここで攻めるか、それともリスクを抑えるか。

 カード一枚で人生が変わる、そんな理不尽な盤に置かれた己の運命に、思わずため息が漏れる。


 けれど、逃げるわけにはいかない。


 椅子の上。

 膝に乗ったマリィの体温が、じんわりと太ももに伝わってくる。

 不安そうに見上げてくる彼女の視線が、まるで心の軸を真っ直ぐにしてくれる。


 俺は、負けられない。


 決意の息を吐いたその瞬間。


「……お前の役は?」


 サイラスが目を閉じたまま、静かに問うてきた。

 声は低く、しかしどこか誇り高さすら含まれている。


「……二と四の、ツーペアです」


 俺は素直にカードを晒す。

 場がざわめいた。

 海賊たちが息を呑み、クロードの額にもかすかに汗が浮かんでいるように見える。


「ツーペア……ふっ……」


 呟き交じりにカードを確認する者たちの間で、サイラスが静かに目を開いた。


 そして──


「ワシは……ッ!」


 その目に突如、炎のような輝きが宿る。


「これじゃあああああああああッ!!」


 カッと見開かれた目と共に、手札が勢いよくテーブルに叩きつけられた。

 開示されたカードは、スペードの10、J、Q、K──そしてダイヤの3。


「ロイヤルストレートフラっしょバァアッ──!!」

「嘘つくなジジイ!!」


 言い切る前にミランダの鉄拳が炸裂する。

 振り下された拳は鋭く空気を切り裂き、ためらいなく元締めの顔面をぶん殴った。


 鈍い音とともに、サイラスの体が真横に吹き飛ぶ。


「何一つ役が無いブタだろうがッ!! しょうもないボケかましてんじゃないわよ!!」

「ぐぬぅうううう……!」


 床を転がりながら無様な呻き声を漏らすサイラス。

 海賊たちの誰一人として庇おうとはせず、ただ呆れと失望を浮かべていた。


「うっ……うぅっ……なんで……役が一つも揃わんのじゃ……ッ!! 貴様ッ、イカサマしたな!?」

「いや……カード配ってたの、そっちの船員さんじゃないっすか……」


 冷静に指摘すると、彼はぷるぷると唇を震わせた。


「ぐぬぬぬぬぬぬ……!!」


 歯を食いしばるが、反論の余地はなかった。


 そして──ルール通り。

 敗北した者は、一枚、服を脱ぐ。


 海賊団の元締め、かつこの場の主であるサイラスは、腰に巻いていた最後の一枚(ふんどし)を……はらりと、静かに、そして潔く──


 脱ぎ去った。


「……負け……ました……」


 ぷるぷると震えながら、膝と肘を地面についたその姿は、もはや“敗北者”の一言では済まされない。

 服とともに、威厳と尊厳、すべてを脱ぎ捨てたようだった。


 いや、この人めちゃくちゃよわーー!?


「……っ!」


 俺の膝の上で、マリィがそっと顔を手で覆う。

 だが指の隙間から、しっかりその惨状を覗いていたことを俺は見逃さなかった。


 一方、俺の服装は最初から何一つ変わっていない。

 何戦かしたにもかかわらず、一度も負けることはなかった。


「「はあああぁぁぁぁ……」」


 海賊たちが、一斉に大きなため息をつく。

 信頼と幻想が崩れた瞬間だった。


「みっともねー……あれが元締めなんて情けない。毎回毎回負け負け負け……」

「賭け事の才能無さすぎ……いっつも姐さんに下着スタートさせて勝とうとする最低なクズ……」

「それでも何だかんだ付き合ってくれてる姐さんが罵声を浴びせても当然よ」

「一番辛いのは船長だ。元締めの面子を守るために何も言わない……まったくどっちが上に立つ人だって話だよな……」


 口々に漏れる無遠慮な言葉。

 それは容赦なく、サイラスの心に突き刺さる。


「ちょっと……皆さん、言い過ぎですよ……」


 思わず口を挟んでしまった。

 さっきまでこっちを爆風で吹き飛ばしてきた相手とはいえ、ここまでボロボロにされては、さすがに気の毒だ。


 彼は泣きべそをかきながら、ヨロヨロとクロードの方へと歩いていった。


「クロード……みんなが……ワシを……」

「まずは、何か着ましょう」


 クロードの一言は、誰よりも優しかった。


 うん、マリィの毒でしかないから、服は着て欲しいです。

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