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第十二話 「地獄の幕開け」

 俺は目の前の光景に釘付けになっていた。


「……あ……?」


 プレーリーの門番のビルさん。

 俺がここに来て1日目にだるそうに「きぃつけろよ」とか適当な言葉を投げて来た男。

 2日目には俺がアンナさんのタンスから泥棒をした時に俺を捕らえた男。

 その後も何度も俺がプレーリーを特訓で出ていく時に、優しい笑顔で見送ってくれた男。


 そのビルさんの体はすでに動かない。

 真紅の髪の女が握る黒い大剣に胸を貫かれ、無造作に地面に投げ捨てられる。

  死んでいる──地面の"ソレ"は、間違いなく死んでいるのだ。

 冷たく、静かに、永遠に動かなくなっている。

 そのビルさんだったものの目が、虚ろになって俺の目と合う。


「う……うわぁああっ!!」


 俺はその状況に腰が抜け、地面に尻餅をつく。

 心臓があり得ないほど速く鼓動し、血の気が引く感覚がする。

 前の世界含め、今までの人生で一度も目にしたことのない、明確な人の死。


 なんだ、なんなんだこのイベントは?

 こんなの知らないし見たことがない。


「ベルギオスはどこだ……?」


 その女は俺の存在に気づき、冷徹な視線を俺に向けていた。

 殺した相手に対しても何の感情も持たない、淡々とした態度──その無機質さが逆に恐ろしい。


 その言葉に一瞬で体の感覚が戻る。

 同時に俺は思い出した。

 この女と会ったことはないが、元の世界で見たアルティア・クロニクルにいた登場人物。


 "狩りの魔王 ザミエラ"


 そのキャラクターは、ゲーム本編のヴァレリス王国にてベルギスを殺し、エミルを拐い、大魔王の復活に最も貢献した、青年になったエミルの宿敵とも言える魔族。


 その魔族が、なぜここにいる。

 ベルギオスはベルギスの本名だ。

 彼女はベルギスを探しているのか。


 ──どうして?

 決まっている。

 ベルギスかエミル、どちらかを攫い、大魔王の封印を解除する役目の彼らの母、セシリアを脅すためだ。

 ゲーム内ではヴァレリス王国にて何の前触れもなく唐突に出現した。

 てっきりベルギスたちの行動が魔族側に筒抜けなのだと勝手に解釈していた。

 だが、違ったのだ。

 実際はザミエラは彼らの行方は知らず、こうして人間を脅しながら殺害を繰り返し、ここにたどり着いたのだ。


「…………」


 ザミエラの視線が鋭く俺を射抜く。

 まずい、何か答えないと俺も殺されるのか……?


 冷や汗が頬を伝う。

 戦っても勝てるわけがない。

 相手はラスボス前の前座ボスみたいな奴だ。


 機嫌を損ねないために、何か答えないと──


「な、な……んで……こ、ころした……んです……か……?」


 震えながら、俺は何とか言葉を絞り出した。

 が、それはまるで、自分の声ではないように感じた。

 うわずって、弱々しく震える声が自分の口から漏れている。


 ザミエラは一瞬だけ俺を見つめ、次に軽く肩をすくめた。

 まるでゴミでも見ているかのように冷たい目で──


「この問いに答えなかったから」


 ──ゾクリ。


 その一言で、凍りつくような恐怖が全身を貫いた。


 答えなかったから?

 ふざけんな、殺人をする理由になってない。


「……っ……!」


 自分の手のひらから汗が吹き出しているのが分かる。

 背中に冷や汗が流れ、足の裏までもが震えているのが感じ取れる。


 どうする。

 ベルギスの行方は知っている。

 言ってもいいのか?


「……まぁ、どの道殺すつもりだ。この村にいることは既に聞いて来たからな」


 ザミエラはそう言うと空に向かって大剣を突き出す。


「燃え滾る力よ、空を裂き、肥大せよ。高嶺の火花と化し、この荘厳なる大地を燃やし尽くす槍となりて、顕現せよ──『煉獄(スォーム・)群炎(インフェルノ)』!」


 その言葉が発せられると同時に、彼女の黒い大剣から巨大な炎が空高く打ち上がった。

 まるで夜空を裂くかのように勢いよく昇り詰めたそれは、一瞬空中で止まると、燃えさかる無数の火の玉となって四方八方に飛び散り始める。


「ぁあ……あぁああ……!」


 俺はその光景に呆然とした。

 赤い光が次々と村の家々に降り注いでいく。

  「ゴォッ」「ボンッ!」と燃え広がる音が次々と耳に飛び込んできた。

  瞬く間に火が回り、プレーリーの木造の家屋たちは簡単に火の手に包まれていく。

 数秒遅れて、村人たちの悲鳴が轟き始めた。

 むせび泣く悲鳴に紛れて、同時に肉が焦げるような匂いが俺の鼻に届く。


「うぉぉぇぇええ!! ぉおおぇぇぇ!!」


 俺はあまりの恐怖に失禁し、村の光景に嘔吐した。

 目の前で起きている現実が信じられない。

 吐いた後、村から聞こえる悲鳴が、俺の意識を容赦なく引き戻す。


 ──殺される。逃げないと。


「う、うわぁあああああぁぁぁぁ!!!」


 気づけば俺は、その場から村の方へ走り出していた。

 わかっている、逃げても何の意味もないことくらい。

 それでも叫ばずにはいられなかった。


「ひぃっ!! ひぃいいいいいっ!」


 死にたくない、死にたくないと心の中で連呼しながら、

 俺はゲームの内容を思い出しながら走った。


 ──忘れてた。

 忘れてた……! 忘れてた……!


「あああっ! 火がぁああああああ!!」

「誰かぁ! 助けてくれぇえええええ!!」


 俺の目の前で、村が、俺が生活してきた家々が、燃えていく。

 一つ、また一つと炎に飲まれ、人々の叫び声があちこちで上がり始める。

  子供たちや村人たちが、必死に逃げ惑い、必死に叫びながら家を飛び出していくが、火は容赦なく彼らの行く手を遮るかのように広がり続ける。


 ──そうだ。

 初めて見た時驚いたじゃないか。

 本編に絡まないのに細部まで作り込んでいてすごいと言ったじゃないか。


『うーん、セシリアに逃してもらって、元の大陸まで戻ってこれたけどどうすりゃいいんだ?』

『そういや五年経ったけどプレーリーとか他の町はなんか変わったのかな。行ってみるか』

『え!? プレーリー滅んでね!? 墓と廃墟しかねぇ。五年の間に魔族に攻められたのか! 凝ってるなぁ』


 元の世界にいた頃、まだエミルを操作してただゲームを楽しんでいた時のことを思い出す。

 そう、プレーリーはエミルが攫われてから解放されるまでの五年間のうちに、滅ぼされていた。


 ──なんで気づかなかった?

 エミルの動向ばかり気にしすぎて覚えてなかった?

 ゲームでは滅ぶ際の描写など無かったから記憶に薄かった?


 ふざけんな、ふざけんな。


「あっ……がっ……!!」


 パニック状態で走っていたせいか、足元がもつれて、俺は盛大に地面へと転んだ。

 肩を強打し、痛みがじんわりと広がる。


「どうした、もう追いかけっこは終わりかな?」

「ひっ……!」


 顔を上げると、そこにはザミエラが俺を覗き込んでいた。

 炎が燃え盛る村の中、まるで無関心な様子で冷たく俺を見下ろしていた。


 すぐ後ろを追いかけてきていたのか。

 簡単に追い付けただろうに……。

 ……楽しんでいる。

 人が逃げ惑い、恐怖に(おのの)く姿を。


「……それにしても、チンケな村だな。さすがの私でも気が引けるが……」


 ……ダメだ。

 諦めよう。

 せめてコイツが楽しめないくらい安らかな表情で死んでやろう。


 こうなったのは俺が悪い。

 プレーリーが滅ぶと知っておきながら、わざわざここに居続けた結果だ。

 せめてクリスと冒険にさっさと出てれば、こうはならなかったのに。


「火がぁ!! た、助けてくれえええ!!」

「!?」


 その声に振り返ると、すぐそばの崩れかけた家からは、よくクリスと農作業をしていつも野菜をくれるおっさんが命からがら飛び出していた。

 反射的に振り向いてしまう。


(おっさん逃げ──)


「『火球(ファイアーボール)』」

「ひぃっ!!」


 俺が叫ぼうとした瞬間、ザミエラの指先から火球が放たれ──


「ひいぃぎゃああああああああぁぁぁぁ!!!!」


 おっさんは業火に包まれながらジタバタと地面に転がりまわり、やがて動かなくなった。


「…………!!」


 今にも悲鳴をあげくなる光景だった。

 それでも狂ったようににやけ続けた。

 開き直っている。

 そうだ、こんな奴に対抗したところで、何も変わらない。


「へ……へへ……」

「む……?」


 俺は笑ってやった。


「……開き直ったか。面白くない」


 ザミエラは心底つまらなさそうにため息をつく。

 正直、今の俺はかなりかっこ悪い。

 服はゲロまみれ、ズボンは濡れてグショグショ。


「……意地でもその顔を続ける気か? いいだろう。その挑発に乗ってやる」


 ザミエラは俺から離れ、村の中心に歩み寄ると、大剣を悠然と振り上げた。

 その瞬間、逃げ惑っていた村人たちが突如宙に浮き上がり、叫び声を上げながら空中で一箇所に集められていく。


(おい、何をする気だ。やめろ……)


「お、お父さぁん! お母さぁん!!」

「きっとベルギスくんが……助けてくれるから…」

「神よ……!」


 絶望に打ちひしがれた村人たちは、自らの意思でないままに宙に吊り上げられ、ザミエラの手によって強引に球体状の結界に閉じ込められた。

 中には両手で耳を塞ぎ、恐怖に耐える者もいれば、結界の壁を叩き、泣き叫ぶ者もいた。

 悲鳴やすすり泣きが、結界の中からここまで聞こえてくる。

 そこには、かつて俺を下着泥棒だと言ったアンナさん。

 教会でクリスに治癒魔術をかけてくれた俺たちの育ての親のイザール神父。

 そして、その教会に住む孤児たちも、みんないた。


「深淵の力よ、静かに満ち、破滅をもたらせ。影より来たりて、我が力をその中に注げ──」


 その詠唱とともに、結界の内部に不気味な赤い光が溢れ出し、村人たちの顔が苦痛に歪んでいく。

 結界は徐々に歪み、内側から膨れ上がり始める。


「ぁあっ! あぁあああ!!」

「いやだぁあああ!!」

「死にたくないぃぃぃ!!」


(やめてくれ……そんな長い詠唱したら……何も残らないだろ……)


「『破滅せし(ドゥーム・オ)焦熱結界(ブ・レイジング)』」


 その瞬間、耳を裂くような轟音があたり一帯に鳴り響き、結界は内側から崩壊した。

 同時に、先ほどまで聞こえていた村人たちの悲鳴は一気にかき消された。

 まばゆい閃光とともに爆発が起こり、村人たちの影すらもすべて消し飛ばした。


「あぁ……あぁぁぁぁあああ!!」


 俺はただ、その恐ろしい光景に目を背けることさえできなかった。

 ザミエラの背中越しに、村人たちの命が次々と炎に飲み込まれていくのを、無力に見つめていた。


『今日も焚き火ばっかしてるの? フェイクラントも働きなよー』

『相変わらず火ぃつけんのはうめぇな! また頼むよ!』

『お前ら結婚式はいつやるんだ!? ちょ、そんな怒んなってクリスちゃん!!』


 笑い声、からかい、そして日常の温かさ──そんな記憶が、まるで昨日のことのように鮮明に脳裏を駆け巡る。

 でも、目の前の現実はあまりにも残酷だった。

 灰塵と化していく球体、その中で、彼らは消滅していった。

 彼らの笑顔や声も、全て、無情の劫火に飲み込まれていく。


「ぁ……あぁ……」


 わけがわからなかった。

 というより、もはや脳が考えることを放棄していた。

 恐怖と絶望が俺の心を凍りつかせている。


「いい表情になったな」


 ザミエラはそんな俺を見て冷酷な笑みを向けた。


 もういいだろう?

 満足か?

 俺はもうお腹いっぱいだ。


 俺はただ、その場から一歩も動かずに球体のあった場所を見続けていた。

 彼女は俺が絶望に打ちひしがれている様子を見て、嬉しそうに手をこちらに向ける。


 早く殺してくれ。


「しかし、ベルギオスはいなかったか。まぁいい……」


 ザミエラの掌に魔力が集まっていくのがわかる。

 どうやらコイツは、レベルの低い魔術なら詠唱すら不要らしい。


 火球(ファイアーボール)か。

 十分だろ。

 俺を殺すくらい、コイツの魔力量ならワケない。


 ……思えば、くだらない人生だったな。

 元の世界でも大して生きがいなどなく、部屋に引きこもるだけの人生。

 異世界に来ても、クリスの世話になりっぱなしで、今日だってだらしない俺は迷惑かけたな。


 ……クリス?


 そういえば彼女は球体の中には見えなかった。

 クリスはこの村でも強い方だから、魔術を駆使してうまく逃げれたんだろうか。

 俺がコイツに遊ばれてる間に、逃げられてたらいいな。

 っていうか、ずっと自分が逃げることばかりに必死で、クリスのことなんて今まで忘れてたのが笑える。

 まぁいいか、クリスが逃げられたのなら、俺も──


「伏せてっ! フェイ!!」

「……っ!?」


 背後から聞こえたその声に、俺は反射的に身を前に投げた。


「燃え滾る力よ、我が前に集いて顕現せよ──『火球(ファイアーボール)』!!」

「『火球(ファイアーボール)』」


 その瞬間、俺の頭上で二つの火球が衝突した。

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