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第百三十三話 「偏屈なジジイ(海バージョン)」

「えっと……」


 目の前の男を、俺は何度も目を擦って見直す。


 ──キャプテン・クロード。


 グランティスの酒場で見た、あの圧倒的な存在感を放っていたSランク冒険者。

 Bランクの問題児、ジルベールを一撃で大空に吹き飛ばし、その場にいた冒険者たちから喝采を浴びていた男だ。


 あのクロードが、こんな人気もない海食洞にいるなんて。

 まさか……サイファーが言ってた“頼れる船員たち”って……。


「いてて……いや、俺も手荒な真似だったって分かってるんですけど……副船長が……」


 さっきナイフを突きつけてきたロイドと呼ばれた青年が、クロードの背に隠れるようにしながら、うしろめたげにぼそぼそと呟く。


「またあいつか……」


 クロードが重たいため息をひとつ。

 どうやら、さっきの襲撃はロイド本人の意思ではなく、“副船長”とやらの指示だったらしい。


 とはいえ、こっちからすれば、とんだ災難である。


「悪かったな、アンタ……」

「い、いえ……こちらこそすみません」


 俺もつられて頭を下げてしまう。

 まさかナイフを突きつけた相手に謝られるとは思ってなかったのだろう。

 ロイドは首をすくめながら、情けなさそうに眉を下げていた。


「で、ところで……ここには何か用でも? 偶然こんな洞窟に迷い込んだわけでもなさそうだが」


 クロードが視線を向けてくる。

 その瞳には探るような光が宿っていて、こちらの目的を察しようとしているのがわかる。


 まぁ、確かに。

 こんな人目を避けるような場所に、用もなく来る方がどうかしてる。


「あ、はい。実は人を──」


 と、言いかけたその時。


「ちょっとーーーッ!!」


 甲高くも艶っぽい、女性の声が奥から響き渡った。

 俺とクロード、ロイドが一斉に声の方を振り返る。


 そして──


「……えっ」


 絶句した。


 現れたのは、桃色の髪をふわふわと揺らしながら歩く──ほぼ裸の美女だった。

 上は透けるようなレースのキャミソール、下はもはや防御力ゼロのパンティ。

 肩からは片袖だけ落ちかけていて、やたらと艶かしい。


 しかも、その美女は片手でマリィの服の襟を掴み、ひょいっと持ち上げていた。

 ぶらーん、と無抵抗で宙に浮いているマリィは、情けない顔でこちらを見てくる。


「フェイ〜……捕まっちゃった……」

「この子なんなのよ〜、もう!」


 下着美女がマリィを前に突き出すようにしながら詰め寄ってくる。

 マリィはされるがまま、両手をだらりと下げ、まるで洗濯物のようにぶら下がっていた。


「ふ、副船長……っ!?」

「またそんな格好で……寒くないのか、ミランダ……」


 ロイドが顔を赤らめて、どこか気まずそうに目を逸らすとなりで、クロードだけは見慣れているのか、ため息まじりに名前を呼ぶ。


(ミランダ……あっ!?)


 その名で、俺の脳内にある記憶がフラッシュバックした。


 ──あの酒場で。

 酔った勢いで俺に「海賊やらない?」と絡んできた、あの酔っ払い。


「こら、ロイド!! ここにはねずみ一匹入れちゃダメって言ったでしょ!? なのにこれはどういうこと!?」


 ミランダは怒気まじりにマリィをぐいっと差し出す。

 もはや人質のように扱われているマリィは、相変わらずぶらんと浮いているだけで、抵抗の色はない。


「あっ、すみませんっ! 俺の連れで……!」


 俺は慌てて頭を下げた。

 その様子を見たマリィも、ようやく我に返ったのか、おずおずと謝る。


「ご、ごめんなさい……」


 しかし、俺のことを認識した瞬間、ミランダの目がぱっと見開かれた。


「あらっ!」


 そしてマリィを下ろすと、まるで標的を変えた獣のように、今度は俺にずんずんと歩み寄ってくる。


「あんた……あの時の、お兄さんじゃない!!」


 ずいっと指を突きつけられる。

 間近で見ると、彼女の下着の露出度は想像以上で、目のやり場に困る。


「やっぱり海賊になりに来たんでしょ!?」

「い、いえっ、そういうわけではなくてですね……!!」


 というか、なんで下着姿なんだこの人。


 息苦しさすら覚えながら、俺は意を決して口を開く。


「──あの、サイラスという人をご存じですか!? アステリア大陸へ渡るために、その……力を貸してほしくて来たんです!!」


「……っ!?」


 その言葉に、三人が同時に固まった。


 ミランダの頬の赤みが、酔いのせいではない色に変わる。

 ロイドは困惑と驚愕の入り混じった顔でこちらを見て、

 クロードはゆっくりと表情を引き締めていた。


「……あんた、なんでその名前を……?」

「え? それはプレーリーの山で──」

「オイィィィィ!!!」


 突如、洞窟の奥からさらに一人、乱入者が現れた。


 黒光りするサングラス。

 ふんどし一丁。

 そして妙にキレのあるポージング。


「脱衣ポーカーの決着はまだついとらんぞミランダァァ!! ワシはまだ一枚残っとる!!」

「きゃあっ!?」


 急に現れたからか、はたまたジジイの悲しい全裸を見せられたからか、マリィが全身を震わせながら叫んだ。

 ふんどしのジジイが指をL字に曲げてポーズを決めながらマリィに迫る。


「む……? なんじゃこの娘は……可愛いお嬢ちゃん、ようこそ我がアジトへ!!」

「い、いやあああっ!!」


 マリィは脱兎の如く走り去り、俺の背中にぴとりと張り付いた。


 というか……マリィ、いつの間に“異性の裸”に拒否反応を……元々自分が裸でも意識すらしてなかったくせに……。

 これもクリスの影響なのだろうか……。


 しっかりとしがみつく小さな手の感触が、妙に現実味を帯びて俺の意識に焼き付いていた。


「サイラス、お客さんだよ」


 ミランダがふてくされたように言いながら、ふんどしジジイの肩をペチンと叩いた。


「む?」


 L字ポーズのまま固まっていたジジイが、ようやく動きを止める。

 それから、ゆっくりと両手を上げ──


「ほぅ……ワシに客とは珍しい。何の用じゃ?」


 そう言って、肩をいからせながらサングラスを外した。


 その瞬間──


「……えっ」


 俺の思考が一瞬、止まった。


 ……似てる。


 髪はサイドのみのハゲ頭に、鋭い眉と深く刻まれた目尻の皺。

 海風に焼かれたような面構えは、サイファーに──俺の師匠に、あまりにもそっくりだった。


「おいおい、なんでそんなに驚いておる。まさか惚れたか? ワシに惚れたのか?」


 ビッ、と指をさされながらドヤ顔をされたが、それどころではない。


 声はサイファーより若干高いが、骨格といい、笑い皺の角度といい──血の繋がりを疑いたくなるレベルだ。


「ていうか、サイラス……」


 横からミランダが冷ややかな声を飛ばす。


「ち◯こ、はみ出てるわよ」

「ん? おお、いかんな。冒険には礼儀が必要じゃ」


 サイラスはあくまで堂々と、ふんどしを調整する。

 もはやこの人に羞恥心という文化は存在しないらしい。


 が──俺の思考はまだ、ち◯こより別のところで引っかかっていた。


 サイファーとサイラス。

 名前も顔も似ていて、どちらも“どこか変人”という点でも共通している。

 こんなの、偶然の一致では済まないだろ。

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