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第百十五話 「シュヴェルツ観光ツアー②」

 腹を満たした俺たちは、クローネ・デリスの店を後にして、ゆるやかな石畳を踏みしめながら学院の塔を目指すことにした。


 魔術学院の門前には予想どおり頑固そうな門番が立ちはだかっていたが、セレナが笑顔で挨拶し、何かを一言二言やりとりするだけで、何事もなく通してくれた。


 重たい門が静かに開かれ、俺たちは何の障害もなく学院の敷地内へと足を踏み入れる。


 さすが貴族の血筋だけはある。

 この辺りはミーユの時もそうだったが羨ましい限りである。


 校内は、まさに壮麗の一言だった。


 石造りの回廊には複雑な紋様が刻まれ、天井から吊り下げられた魔導灯が、淡い光を優しく注いでいる。

 中庭では数人の生徒が魔術訓練を行っており、熱気を帯びた魔力の奔流が遠巻きに感じ取れた。

 風に揺れる制服のマントが陽光を受け、瞬間、万華鏡のような輝きを放つ。


「うわぁ……!」


 マリィが両手を胸の前で握りしめ、目を輝かせながら声を漏らす。


 その瞳に映るのは、広がる緑と石造りの調和。

 堂々たる魔術学院の象徴たる建築群だ。

 日常とは異なる空気に包まれ、まるで異世界に踏み込んだかのような錯覚すら覚える。


「ここからさらに奥ですよ。塔は中央にありますから」


 セレナがマリィの手を引いて先導する。

 細い肩越しに振り返る彼女の笑みが、どこか誇らしげだった。


 そのまま回廊を抜け、学院の中心部へと足を踏み入れたとき、目の前に現れたのは──


 圧倒的な存在感を放つ、高き白塔。


 見上げる首が痛むほどにそびえ立つその塔は、まるで天空を貫く矢のように凛としていた。

 青空を背景に、陽光を反射してきらめく白壁。

 複雑に絡み合ったレリーフが、その威厳をさらに際立たせている。


「おー!」


 マリィが歓声を上げる。

 その素直な反応に、思わず口元が緩む。


「さあ、行きましょう」


 セレナに促されるまま、俺たちは塔の入り口をくぐった。


 螺旋階段を登る足取りは軽い。

 視界の先にはどこまでも続く白い壁と、魔力の光が灯る灯火。

 歩を進めるたびに、風が通る気配が肌を撫でる。


 そして──


「わぁ……!」


 ついに辿り着いた展望台で、マリィが目を丸くした。


 広がる光景は、ただ圧巻だった。


 白亜の街並みが陽光の下でまばゆく輝き、幾何学的に美しく配置された建物たちが連なる。

 大通りを行き交う馬車の列も、人々の往来も、まるで生きているかのように躍動している。

 視線を遠くに移せば、空と街並みが溶け合う地平線が見えた。


「せれな、あれなに!?」


 興奮冷めやらぬマリィが、指さす先には巨大な大聖堂が鎮座していた。


「ノクタレス大聖堂ですね。西方大陸では一番大きな教会なんですよ。ここの学生たちもよくお祈りに行きます」


 セレナが誇らしげに答える。


「なにがあるの?」

「んー……そうですね。口では説明しづらいですが──」


 セレナが熱心に説明しているその横で、俺は考え込む。

 正直なところ、教会はゲーム内でセーブポイント代わりに使っていただけだったし、イベントがあったとしても話が難しすぎて聞き流していたのが本音だ。


 ヴァレリア大陸では女神アルティアを信仰するのが一般的だったが、ここではまた別の信仰が根付いているのか?

 ……ちゃんと聞いておけばよかった。

 ゲーム知識はあるくせに、話をあまり聞かないせいで世界の成り立ちすらろくに知らないまま、モブ村人として転生した俺にとっては、今さらになって痛感することばかりだ。


「うおおおお〜!!」


 と、そのとき。

 マリィが弾けるように歓声を上げた。


 見ると、セレナが手元で魔術を構築している。

 編み込むようにして魔力を練り上げ、神聖魔術による光のレンズを生み出していた。


 まるで展望台に設置されている望遠鏡のように、そのレンズは風景を拡大して映し出している。


「ふぇい! ふぇい! これ、すごいのがみえる!!」


 マリィがレンズ越しの景色に釘付けになりながら、手招きする。


 促されるまま覗き込むと、そこには──


 ノクタレス大聖堂の近く。

 堂々たる姿で立ち尽くす、派手な装飾を施された賢者のような風貌の男の彫像があった。


(……あぁ、そういえば)


 記憶の奥から浮かび上がる。

 ゲームでも確かに、目を引く存在だった。


 ただのモニュメントかと思いきや、物語終盤でも特に触れられることなく、ラスボス戦を迎えてしまった。

 妙に意味深だったが、最後まで登場しなかったのが逆に印象深かったのを覚えている。


 彫像は誇らしげに杖を掲げ、荘厳に構えている。

 どこかで見覚えがあるような風貌だ──ふと、脳裏をよぎる。


(……あれ? どことなく、ロベルト伯爵に似てる気がするな)


 そう考えていると、セレナが説明を添えるように言葉を紡ぐ。


「あれは──ルドヴィク・グランチェスター。我がグランチェスター家の祖先です」

「祖先、か」

「はい。千年前の大戦で軍を束ね、女神の祝福を受けた英雄と称えられた人物です。ひいひいひいひいひいおじいちゃんよりも、おじいちゃんかもしれませんね」


 誇らしげに胸を張るセレナ。

 その背筋には、貴族としての誇りと責務が滲んでいた。


(さしずめ──過去の勇者と言ったところか)


 静かにそう思う。


 ゲーム内でもそんな説明を受けたような、いや、もしかしたら受けていなかったような……曖昧な記憶が頭をよぎる。

 あの彫像の人物は、俺と因縁浅からぬ"彼"──オルドジェセルと戦ったことがあるのだろうか。


 だとすれば、なんとも妙な気分だ。


 セレナ。

 未来の勇者の妻となるはずの彼女の祖先が、俺と通じる存在と刃を交えたという事実。


 歴史の綾というべきか。

 それとも、因果の導きか。


 ただ一つ言えるのは、この場所が思っていた以上に、物語の核心に近いということだ。


「──で、お前は何やってんだよ」

「え……わ、わたし?」


 投げかけた声に、アーシェはびくりと肩を震わせた。

 その顔はいつもの気丈さとは打って変わって、どこか曖昧に引きつっている。


 俺、マリィ、セレナ──三人揃って展望台の窓際に並び、眼下に広がる白亜の街並みを堪能しているというのに、こいつだけがひとりぽつねんと離れた場所に立っていた。


「あーしぇ、そんなところでなにしてるの? いっしょにみよう?」

「え? あ、そんなこと言われても……」


 アーシェの声がわずかに上ずる。

 平然を装おうとしているのは分かるが、その顔に浮かぶ硬直した笑みは隠しきれない。


「……?」


 マリィは純粋に不思議そうだ。

 いつもなら、嬉々として彼女の隣に駆け寄るはずのアーシェが、なぜか今は距離を置いているのだから。


「お前……もしかして……」

「ち、ちがうもん! わたしはただ、人よりちょっと想像力が豊かなだけで──」


 震え交じりの言い訳は、まるで弦の緩んだ楽器のように頼りなかった。


「つまり、高いところが苦手なわけだな?」

「む、ぐ……!」


 図星も図星。

 どうやら大当たりらしい。


 内心、軽く驚いていた。

 正直、アーシェは元の世界だったらジェットコースターでも絶叫マシンでも、むしろ誰よりはしゃいで乗り回すタイプだと思っていたのだが……意外な弱点があったものだ。


「じゃ、じゃあさっ! 大聖堂の方に行こうよ! こんなところに長居なんてせずにさ!」


 アーシェは遠巻きにこちらへ向かって身振り手振りで訴えかけてくる。

 その様子はまるで、近づけないもどかしさをジェスチャーに乗せて必死に伝えようとしているかのようだった。


「そうですね。そろそろ移動しましょうか」


 セレナが優雅に微笑む。

 その仕草は、まるで全てを見透かしているかのような大人びた余裕があった。


「分かった。じゃあ次は大聖堂に向かうか。せっかく案内してくれるんだ。見ておかない手はないだろ。どこかの誰かさんが早く地に足付けたいみたいだからな」


 俺がそう言えば、マリィはぱっと顔を明るくし、アーシェも「ふんっ」とわざとらしく鼻を鳴らしてから、少し安堵したような表情を見せた。


「ふふ。じゃあ、いっしょにいこうね!」


 マリィが小さな手を差し出す。

 その無垢な手を取ると、彼女は嬉しそうにぴょんと跳ねた。

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