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第百十一話 「ぎゅってして?」

「────ん」


 ……朝。

 それは本当に久しぶりの、ごく自然な目覚めに感じた。


 睡眠が足りていなかったからだろうか。

 いつから寝ていたのかは分からないが、とにかく熟睡できたのは間違いない。


 爽快……ではなかったけれど、俺は静かな気持ちでこの朝を迎えていた。


 先ほどまで見ていたあの夢──

 恐らく、再び大魔王のヤツが再び俺の中に介入していた。


 そして、確信した。

 マリィ……俺の相棒マルタローが人になった姿であり、クリスとそっくりな女の子。


 その理由。

 マリィの中には、悲しすぎる過去を持った女神──アルティアの魂か何かが介入している。

 夢の中、大魔王の視点で見た彼女の姿は、クリスそのものだった。


『村はなくなっちゃったけど──もう、大丈夫だから』


 あの時、プレーリーがザミエラに襲われた時、俺が無事だったのはなんとなくクリスがどうにかしてくれたのかと思っていたが、クリスが女神であるのなら納得できる。


 俺は自分の髪の毛、一部だけ黒くなっている一束の髪に触れる。

 恐らく、"俺"がフェイクラントに入り込んでいる証。


 かつての夢で会ったクリスは、自分のことを『魔力の残痕のようなもの』と言っていた。

 きっと、彼女は残された一欠片の魔力を、マルタローの身体に宿らせたのだ。

 だから俺と同じように、マルタローの毛に変化が現れた。


 違いがあるとすれば、俺は"俺"の意識があるが、マリィにはクリスの意識は今のところ感じないところか。

 ──と、冷静に分析してしまっているが、俺の中では今、幸せが渦巻いていた。


 クリスは、消えてはいなかった。

 肉体こそ消滅してしまったが、神威としてクリスの姿になったのであれば分かる。


『しょーがないなぁ、もう』


 気を失う寸前に聞こえたあの言葉は、マリィの口から放たれたものだ。

 しかし、俺にはわかる。

 その言葉は、俺にとって、クリスにとってかけがえのない一言になり得ているのだから。


 クリスの魂は、マリィの中で確かに生き続けているのだ。


「…………ッ」


 少し滲んだ涙を、布団に埋もれることで拭い去る。

 こんなことがあるなんて。

 奇跡だ。本当に。


 ──しかし、思うところもある。


 女神アルティア──夢の中で出てきた彼女の過去。

 ゲームでは難しいストーリーは読み飛ばしてしまうタチなのを後悔してしまう。

 まさか、彼女にそんな壮大な過去があったなんて。


 オルドジェセルと会う前に出会った浜辺の少女は、クリスではなくアルティアだったのか。

 そして、その狂気じみたとも言える異常性。


 誰かを害する意思など微塵もないのに、まるで呼吸でもするように近づく者の命を奪い去る。

 ただ、そのように生まれつただけであり、そうなったのも彼女のせいなんかじゃない。

 生まれたこと自体が罪であるなんて考えを、許容できるほど俺は達観していなかったから……。


「仕方ない……よな」


 例えば、銃やナイフに罪を問うことなど出来ない。

 その存在についての責任は、使用者が持つものなのだから。


 しかし……アルティアの魂が混じっているのだとすれば、その呪いはマリィには無いのだろうか?


 クリス……思えばアイツは、いつもゴツい手袋を付けていた。

 そして、あまり人に触れたくないような素振りもしていた。

 最後こそ素手で抱き合ったりもしたが、俺には何ともなかった。


 マリィ自体も、人に変化してからセレナやアーシェたちとも絡んでいるが、手で触れると何か起こるという現象は今の所確認できていない。

 もし、そんなものが彼女の中に存在するというのなら、俺はこれから先、しっかりと手綱を握って彼女を守らなければならない。

 いや……別にマルタローの頃から、俺は家族として守るつもりだったけれど。


 大魔王が出てくる夢なんてと思ったが、再度決意を固め直し、俺はようやく起きることにした。


 ここは……グランチェスターの屋敷か。

 確か伯爵と対面してすぐに気を失ってしまった気がする。

 誰かがベッドまで運んでくれたのだろう。

 さっさと目を覚まして、伯爵に謝罪しなければ。


「……ん」


 目の前から少女の声。


 なんかこう、なんて言うんだ?

 妙に柔らかいもんが手に当たったりしたわけである。


「……ぉぉぅ」


 陽光に照らされた布団。

 そこに横たわる俺の隣には、何故か素っ裸の少女がいた。

 くるんくるんと丁度良い癖っ毛が、敷布団に無造作に広がっている。


 なんだろう、これは。

 俺が寝ていたベッドに妙な物体が横たわっている。


「……んん」


 しかも気持ち良さそうに、むにゃむにゃと寝息を立てている。


「…………」


 あぁ、まだ疲れているんだな、俺。

 修羅場をくぐったし、トラウマになりそうな夢も見たし、加えてこれから、どのように戦っていこうとか……どんな問題てんこ盛りだし。


 幻覚にしてはまた随分とリアルだが、たまにはこういうこともあるのだろう。

 世の中不思議がいっぱいだから、分からないことは考えずに、もう一回寝てしまったほうがいい。


 うん、だからおやすみ。


 ……ぎゅ。


 そうして目を閉じたのだが、なんかその、うまく言えないけど……抱きついてきてないですかこの幻覚。


「……んにゅ……」

「…………」


 なんで裸なんだよお前。

 それに、昨日見た時の姿より、さらに1〜2年ほど成長している気がする。

 当然まだ子供だが、俺の二の腕あたりには発展途上の双丘が存在しているわけで……。


 危うく飛び起きようとした時に、幻覚が目を開いた。


「…………んぅ」

「…………」


 そして見つめ合うこと数秒。

 大きな青の瞳が、きょとんとした感じで俺の顔を覗き込んでくる。


 そして小さな口が開き──


「おはよう……ふぇい」

「…………」

「きょうは、いいてんきだね」


 思わず窓の外を見る。

 陽光はこれでもかと言わんばかりに窓辺から綺麗に光の斜面が入り込んでいた。


 ……うん、まぁ、そうね。


 幻覚が──っていうか、そんなボケをいつまでしていても埒が明かない。

 これは現実だ。


「……マリィ?」

「はい」


 なぜお前がここで寝ている? というのは一旦置いておいて。


「その……なんだ……よく分からないんだが……」

「うん?」

「どうして服を着ていないんだ? セレナやアーシェから服を着せてもらっていただろう?」

「だって、ふぇいと近くにいたいのに、じゃまだったもん」


 えっと、つまり、なんだ?

 俺とくっつきたかったから、服なんて余計なものを間に挟みたくなくて、全裸になって布団に潜り込んだのだということなのだろうか。

 そりゃ元々プレーリーハウンドだったのだから、服を着なければならないなんて概念は無いのだろう。


 こういうところから教えていかないといけないな。


「くすっ……ふぇい、ヘンなかお」


 あぁ、そりゃヘンな顔だろう。


「ちょっと、さむい」


 ……ぎゅ。


 いやだから、抱きついてくるのをやめていただきたいのですがね。

 とは言っても、マルタローの頃はこうして触れ合っていたし、邪険にすると傷つくんだろうなぁ。


 こんなことならもっと女性と経験を持っておくのだった。

 見た目は小〜中学生くらいだが、顔は俺の好きな人まんまだし、裸だし、出るとこ出てるし、あんまり動くとあたるっていうか見えるっていうかあぁもう、なんだこの真っ白さんは。

 仮にも女神の魂持ってるならちょっとは恥じらい成分も入れてくれよ。


「あったかい」

「…………」

「ふふふ……」


 ダメだこれ。


 そして俺も、今までもうクリスとは触れ合えないと実感してから、またもう一度クリス……ではないが、ほぼ同義と言ってもいい彼女と触れ合えてしまえるからこそ、振り払うことができない。


 だって……こうもギャグっぽい展開じゃなければ、きっと俺の方から泣いて抱きついていただろうから。


「きもちいいね、ふぇいのからだ」


 そういう誤解を招くような発言は今後控えてもらうとして、とりあえずまぁ、もうしばらくの間は……。


「ぎゅってして?」

「……了解」


 ご要望に応えた方がいいのだろう。


 俺はマリィの小さな身体を両腕の内側にすっぽりと収める。

 背中側に手を回すと、すべすべとした感触が俺の理性をくすぐってくる。


「くすぐったい」


 いや、だからその、なんていうか弁解しておきたいんだが、これはわがままな娘の頭を撫でているようなものであり、別によこしまな気持ちは全然……てことはないけど、可能な限り抑え込んでいる状況なワケで……。


「なぁ、てなわけであんまりごそごそ動かないでくれ」

「どうして?」

「人族の男は色々と大変なんだよ」

「おとこ?」


 不思議そうな顔をして、マリィはぺたぺたと俺の胸に手を這わす。


「……ない」


 そりゃないに決まってんだろ。


 てか、おい、ちょっと待て。

 その手ダメだから、こら、動かすなっての。


 ──コンコンコン


「フェイクラントー? 起きてる? 朝食が出来たからあんたも来なさい」


 この屋敷の娘──アーシェの声が部屋の扉の向こう側からノックと共に聞こえてくる。


 やばい、やばいやばいやばい。


「マリィ」

「ん?」


 なるべく小声で急かす。

 こんなこところをアーシェなんかに目撃されたら血の雨が降る。


「今すぐ隠れてくれ」

「かくれる?」

「そう、見つからないように。ベッド潜って大人しく」

「おとなしく」

「あと、なるべく厚みも消すように、人がいるってバレちゃダメだぞ」

「どうして?」

「どうしてって、当たり前だろ。このままじゃ俺が酷い目に遭う」

「どんな?」

「いや、具体的にどうなるかは分からないけど、愉快な展開には絶対なりそうにないから」

「……?」

「あぁもう」


 マリィは首をかしげたまま、まったく危機感のない顔で俺を見上げてくる。

 こいつ、犬としての危機回避能力とか、どこに置き忘れてきたんだ。


 焦りで声がひっくり返る。

 せめて布団でもかぶってくれと思ったその瞬間──


「? まだ寝てるのかしら……入るわよー!」


 ガチャリ、と音を立てて、ついに扉が開かれた。

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