第零話 「エラーに塗れたゲーム画面」
『総てを抱擁せし永劫の寵愛』
その神威は──頂に立つ者のみが至ることのできる位階。
『女神の剣』の放つ光が、大地を、海を、空を、世界を──未来永劫続く愛で抱きしめ、満たしてゆく。
世界中に蔓延る魔の瘴気も女神の力によって浄化され──人々に再び平和が訪れるだろう。
そして、大魔王オルドシェセルは勇者エミルのその一撃に討たれ──
◆ ◆ ◆
暗い部屋に、狂った悪魔のような雄たけびが響き渡る。
「フンハーーーーハッハッハッハハハァ!!!」
ぼんやりと光るモニターの前で、振り上げた片手にコントローラーを握りしめながら歓喜する男。
ゲームクリアに打ち震えている二十八歳無職童貞ナイスガイが、そこにはいた──。
っていうか、俺だ。
ドンドンドンドン!
壁の向こう側から、『やかましい!』と怒りの壁ドンをしてくる父親。
うるせえな……わかってらい。
「ふぅ……」
達成感の余韻に浸りながら椅子にもたれかかる。
時刻は既に午前三時。
そりゃこんな時間に騒げば怒るのも無理はない。
無職と言っても働いたことがないわけではない。
そりゃ昔は「ムキムキになってやる!」とか「プロゲーマーになってやるぜ!」とか、いろんなことに挑戦してきたが、どれも中途半端で終わり。
周りからの評価も得られず、むしゃくしゃして仕事も辞めた。
まぁ、俺の過去の話なんかどうでもいい。
現在絶賛引きこもりベテランとなった俺の唯一の友はネットとゲーム。
今プレイしている「アルティア・クロニクル」もその一つだ。
──王道ファンタジーRPG。通称「アルクロ」
今の俺にとっての現実逃避だ。
製作者は不明。
ネットで面白そうなゲームをインストールしまくってたらフォルダに入っていた一つ。
今となってはどこに落ちてたなんてのはわからない。
最近のゲームにしては珍しくドット絵だが、まぁ、ヒマだしレトロゲーすらもこよなく愛せる俺は気軽にプレイ。
どんな物語かって?
主人公である少年エミルは、とある目的のため作中最強の兄・ベルギスと共に世界中を旅していた。
しかし魔族によってその兄は殺され、エミルも囚われるが、囚われた先で母親であるセシリアに出会う。
母──セシリアは大魔王の復活に必要な力を持っており、エミルはセシリアを脅す道具に使われていた。
5年後、エミルは逃亡に成功するも、その2年後に大魔王オルドジェセルが復活。
エミルは当初の十歳から十七歳に成長し、女神アルティアの力を持つ剣に選ばれ、最後には勇者として覚醒。
最後は仲間と共に大魔王に立ち向かう──!
とまぁ、王道だ。
ドラ○エとか、テ○ルズとか、そんな感じ。
だが、そこがいい。
そして今、ついにそのラスボスに勝利し──
『縺ィ縺??ょ窮閠也阜縺ッ謨代oまえのぉ繧後∪縺励◆縲た!』
「──は?」
意味不明だった。
勇者の最後の一撃が、大魔王を討つシーンなのだが、その際に出てきた勇者のセリフが謎の言語──というか文字化けしている。
『鬲皮視縺ッ謇薙■貊?⊂縺輔l縺セ縺励◆縲ゅ%′謌サァ縺励g縺』
ザザッ……! ザー……。
その謎の言葉を受けた大魔王も、お返しと言わんばかりに謎の言語で対応する。
異常なノイズが走り、液晶画面が不気味に色を変え、明滅し始める。
「ちょ、は!? 嘘だろ!?」
おいおい、ここまできてバグか? ふざけんなよ。
こちとらラスボス倒すのにどれだけ苦労したと──
《ERROR: 無効な仮初の未来》
《ERROR: 潜在的な矛盾が発生しています》
《ERROR: 不整合な運命を検出》
突如、画面いっぱいに次々とエラーメッセージが表示される。
メッセージはどんどん増え続けて画面を埋め尽くし、警告音のような響きも混じり始める。
「──え?」
──────────────────────────
《ERROR: 次元的矛盾を検出》
《ERROR: 因果律の破損を確認》
《ERROR: ����のファイルにアクセスできません》
《ERROR: 化ãが欠損しています》
《ERROR: システムパスが断絶しています》
《MALFUNCTION: 残留��が未解決のままです》
《DEGRADATION: 空間軸の安定性が低下しています》
《INCONSISTENCY:���̃の改変が必要です》
《CRITICAL ERROR: 時空間因果律崩壊が発生》
《WARNING: 因果が崩壊しました》
《FAILURE: 世界の構築に失敗しました》
《FAILURE: 世界の構築に失敗しました》
《FAILURE: 世界の構築に失敗しました》
《FAILURE: 世界の構築に──
──────────────────────────
俺はその画面を見つめたまま動けなくなっていた。
えこわいこわいこわいこわいナニコレ!?
エラーに満ちた画面はクラッシュを起こし、「仮初の未来」とやらのビジョンが崩れながら映し出される。
《因果を再構築中……完了》
「……ぬ?」
エラーメッセージが消え、再びドット絵の世界が展開される。
しかし、そこに映っていたのは、先ほどまでの『勇者の最後の一撃!』な場面ではなく、草原の風景に、のどかな家々がぽつぽつとあるだけの村。
勇者エミルも存在せず、画面中央にはどこかで見た覚えのある金髪のキャラクターだけが立っていた。
というか川に向かって釣りをしていた。
そういえば、この村にも見覚えがある。エミルがゲーム開始時にいる最初の村『プレーリー』だ。
一瞬わからなかったが、それはエミルが青年になってから訪れると、霧と墓と荒れた家々のみという廃墟になるからだ。
メインストーリーには絡んでこないが、そういう描写はプレイヤーにとって衝撃的だ。
そういう細部に凝るゲーム、キライじゃないぜ。
っていうかそうだ、コイツは確か最初、エミルの家の前にいた村人だ。
チュートリアル後、とりあえず目の前にいたから話しかけてみたヤツだ。
「よぉ、今日は天気がいいな」とかいう背景らしいセリフしか返ってこなかったが。
「いやいやいやいや」
ていうか、そんなのどうだっていい。
エンディングは!? 俺のレベルアップとかスキルアップに費やした時間は!?
なぁにが因果再構築だ! こんな中世ファンタジーにそんな概念いらねーよ!
そんなことを考えていると、その村人の隣にある家から少年が出てきて、ぴょんぴょんとジャンプするようなアクションを挟むと、新たに出てきた男と一緒に家に戻っていく。
この場面も見た覚えがある。
主人公エミルがその兄・ベルギスを呼んで、一緒に家に入るシーンだ。
どの場面かというと──このゲームの最初のチュートリアルだ。
「──はえ?」
思わず変な声が出る。
え? もしかしてセーブデータ消えた?
エラーが出てきたからまさかとは思ったけど、『さいしょからはじめる』になっちゃった!?
思わず「うぉおおおおおおい!!!!」と叫んでしまいそうになるその瞬間、ゲーム画面がフリーズし、直後にコマンドプロンプトのような画面に切り替わった。
再び謎の文字列を形成していく。
《改変適合者の存在を認識しました》
《要改変者の座標を確認……完了》
《次元間連結開始……》
またか。
もういいよ。
ガン萎えだ。
ため息が出る。
「……んなメタだらけのファンタジー望んでねぇよ。実はSFでしたとでも──」
俺の言葉はモニターの一層激しい明滅によって遮られる。
光は先ほどのものとは段違いで、俺の中の何かが「ヤバイ」と認識した。
反射的に顔を覆い、PCの電源を切ろうと手を伸ばした──が、何故か手が震えて思うように動かない。
《コントローラーの接続を遮断しました……》
《記憶とのリンクを開始……》
《感覚器官との接続を確認……》
「……はっ!? ……うっ、おぉぉえ……」
俺は突然眩暈と吐き気に襲われる。
モニターには次々と流れていく謎のメッセージ。
足元には、俺を包むように光の網のようなものが形成されていた。
やばい。なにが起きてるか全くわからない。
《認識系統への接続を確認中……》
《意思を再構築中……》
「痛っ……!? ……ぁあぁああああ!!」
今度は耳が切り取られるような酷い音がして、思わず耳を塞ぐ。
同時に意識が遠のいていく。
ドンドンドンドン!
俺の声がやかましかったのか、隣の部屋から壁ドンの嵐。
いやいや、違うんだって! それどころじゃないから!!
そんな心の叫びも意味はなく、無情にも俺の意識は何かに吸い込まれるかの如く遠のいていく。
嘘だろ? 俺にはまだやりたいことが……。
しかし、その思いも儚く、俺の視界は白い世界に染まっていくばかりだ。
《連結》
遠ざかる意識の中で最後に見えたのは、そんな文字だった。
謎の現象の連鎖に為すすべもなく、
俺の意識は光と共に消えていった。