8偽りの少女
まだ国がなかった時のお話です。
ある小さな村で元気な男の子が生まれました。その男の子の産声は村中に響き渡り、みんなに元気を与えました。
男の子はすくすくと元気に育ち、あっという間に大きくなりました。
ある日、男の子は不思議な力を使い始めました。
何もないところから火を出し、枯れた井戸に水をたっぷりと注ぎました。
村は男の子のおかげでどんどんと大きくなりました。しかし、それは村というにはあまりにも大きすぎました。
そこで人々はそこを国と呼ぶことにして、男の子を王様にしました。
それがここ、ラルクール王国の始まりです。
その男の子の名前は、名前は・・・。
そこまで話してカレンは黙り込んでしまった。どうやらその少年の名前を忘れたようである。
「待ってね、ここまで来てるんだよ。」
カレンが首元に指を指して訴えかけてくる。
分からないならいいよぉ。
たぶんその子の名前、ラルクールだし。
カレンはいつもそうだ。一番重要なところを忘れている。俺は少しだけイラつく。
まあでも思い出そうとしてゆがめているカレンの顔を見れるだけいいか。
よっ。今日もかわいいねカレンちゃん!
出会って3日まである。
俺はカレンのことをすごい好きになっていた。
不意に前世のことを思い出した。俺は根っからのアイドルファンであった。ライブが開催されるたびに足を運び、その様子を撮影してSNSで宣伝をしていた。
そういえば、石崎さんと知り合ったきっかけもアイドルだったな。ライブの翌日にキーホルダーつけて会社行ったらいたんだ。同じキーホルダーをつけている人が。
一見アイドル何か好きそうでない雰囲気な男は隣のオフィスに入っていった。俺は昼休憩が始まったらすぐに隣のオフィスの前で男を待ち構えた。
そしてその男が出てきたとき、開口一番にこう言った。
「推しはどの娘ですか!」
一瞬の間の後、何かを感じたのか、男は目を見開き、口を大きく開けて勢いよくこう叫んだ。
「ユミちゃんです!」
俺たちは固い握手をした。この先どんな苦難があっても、俺たちは仲間だと誓い合った。
あぁ、石崎さんどうしてるかな。どうせ今日も残業しているんだろうな。
昔の記憶から抜け出し、我に返った。
目の前のベッドにはかわいい猫耳の女の娘がいる。あぁ、こんな娘を独り占めできるなんて。
話すことができないことが本当に悔しい。
目の前の美少女は目をつぶっていた。もう寝てしまったか。また明かりをつけたまま寝るのかな。
しばらくしてカレンが小さな声で話し出した。
まだ寝ていないようだ。
「ねぇロイカ、聞いて。」
そうか、俺の名前はロイカになったんだよな。どうしたんだい、カレン。
「私の本当の名前はね、レイカっていうんだって。お父さんが言ってた。」
本当の名前?偽名を使わなくてはいけない理由があるのか?
俺の前だからだろうか。
「お父さんが言ってた。私は本当の子供じゃないんだって。前から気になってたんだ。どうしてお父さんとお母さんには大きな耳も、動くしっぽもないんだろうって。」
それを言うとカレンは枕に顔をうずめた。体が震えている。
言葉が出ない。こんな小さい子供が背負うにはあまりにも大きすぎるものだ。
話をしばらく聞いてみると、彼女は生まれながらにして獣人一族から忌子として恐れられていたらしい。
それは彼女の瞳が赤いことが原因であった。
一般的な獣人は瞳の色が青の系統が基本である。
稀に黄色の瞳を持つ獣人が生まれるが、それは赤色とは異なり、信仰の対象として扱われる。
彼女は自分が忌子だから親から捨てられ、人間のもとで暮らしていた。
このことをこの前知ったらしい。
そう、俺の生贄に任命されたとき、村長から初めて聞かされたのだ。
カレンは俺と初めて会ったとき笑いかけてくれた。
俺は勝手にカレンが強い子だからだと思い込んでいた。
しかしそれは大きな間違いであった。
カレンは強がる女の子だった。
ただ、瞳の色が違うだけの、普通の女の子だった。
嗚咽を漏らしながら少女は言う。
「きっとお父さんもお母さんも私が嫌いなんだ!だから私を生贄になんてしたんだ!」
目のまえの少女は俺が知っている少女ではなかった。あのかわいらしい笑顔の少女は見る影もなかった。そこには現実に絶望し疲れ果てた子供がいるだけであった。
「私知ってるもん!もうすぐ死んじゃうって!お父さんもお母さんも隠してるけど、村の人たちもみんな隠してるけど、私もう知ってるから!
この種の生贄なんだって。
そんなに私にやさしくしないで。私は何でここにいるの…。お父さんとお母さんはどこにいるの…。」
俺のせいだ。
どうすることもできない自分を殺してしまいたかった。
さっきまでの彼女、カレンはいつも笑顔だった。
でもいまの彼女、レイカは苦しみに覆われた顔だ。
恐らくレイカが姿を現すのは俺の前だけなのであろう。
村の人、親にもカレンとしての笑顔を見せている。
「ごめんね、こんなこと言ってもあなたに伝わるはずがないのにね…。」
レイカはしばらく泣き続けたのち、疲れて寝てしまった。
暗い部屋の中で考える。この子は自分が何者かもわからず生きてきた。
俺は近くで見ていたのにそんなことにも気が付かなかった。
彼女の本当の名前がレイカであることを今知った。
俺の名前は本名から取ったのだろうか。
その本名すら、誰につけられたのか分からない。
この子が生贄に選ばれたのは獣人の忌子であるからだろう
獣人にも捨てられ、人間にも捨てられる。
もしかしたら、いなくなって喜ばれる存在なのかもしれない。
俺の元に何とも言えない感情が押し寄せる。乾きかけた血のような臭いの感情が俺を囲む。
泣いているときのレイカの顔が一瞬見えた。
涙でしわくちゃになったその顔が、本当の彼女の顔だろう。
いつものサラサラした髪は見る影もなく荒れ、その赤い目に光はなかった。
しかし、その瞳の奥で助けを求めるような灯が見えた。
俺はそのわずかな光に心を動かされた。
俺はこの子のためにも一刻も早く花を咲かせなければいけない。
そもそも、咲かせて何が起きるのかも分からない。
俺の頭に花が咲くのかすら分からない。
それでも俺は必ず咲かせてみせる。
本当の彼女が、レイカが笑顔になれる花を、必ず。
でもね、レイカ、これだけは聞いてほしい。君のお父さんもお母さんも、君を嫌ってなんかないはずさ。
ふたりも同じように、本当は泣きたくて仕方がないはずだよ。
俺はそんなふたりをいつも見ているから。
君なら大丈夫さ。