7少女カレン
やばい、死ぬ。
俺は村長の魔術を受けた瞬間死を覚悟した。
そのとき耳元で声が聞こえた。
“あなたに加護があらんことを”
その声がした直後、俺の周りに結界のようなものが一瞬にして張られた。
その声の主が誰であったかは結局今でも分からない。だが、そのおかげで俺は助かったようだ。
なぜこんなことになってしまったか。それは村長たちの会話で分かった。
どうやら俺は“魔の種”と呼ばれるものであるらしく、畏怖の対象であるらしい。
でも、俺は女神にこの世界に転生させられたんだよな。女神がそんなことするなんてありえるのか?
「はーい、ご飯の時間ですよー。」
少女の声で意識が戻った。冷たく、優しい水が全身を覆う。
この少女の名前はカレン。どうやらこの子が俺に差し出された生贄らしい。
こんなに小さい子がかわいそうに。およそ15歳くらいか。
頭にふたつくっついている耳は飾りだと思っていたが、どうやら本物らしい。多分猫?だろう。
少しかわいらしいな。
感情がそこにあるのではないかというほど動くしっぽ。しっかりと爪とぎをされていそうな指。大きく見開いた目は真ん丸で瞳が赤色だ。
女の子の部屋だけあって、整理整頓走されている。
奥の壁には机が一つとその上に本が数冊乱雑に置かれている。
読書が趣味なのだろうか。本の隣には紙が数枚と羽ペンがある。1枚の紙が半分ほど文字が書かれている。
椅子は緑色のクッションがついていて気持ちがよさそうだ。
反対側の壁にはベッドが窮屈そうに置かれている。彼女にとっては大きすぎるベッドだが、この部屋はベッドからしたら小さいらしい。
そのベッドの頭の方にひとつ窓があるが、ここに俺はいる。ちょうど日が沈む方角だ。
床は木の板材がそのまま貼られていて、柱はむき出しのマルタであり、表面が削られていない。
この村の家はみんなこの特徴をしている。
日本の住宅が懐かしい。
ここには暖房も冷房もない。
「カレン、ご飯よ。そろそろ降りてきなさい。」
今のはカレンのお母さんの声だ。まったく、人が気持ちよくされているのに。
カレンは水やりを中断して部屋の外に行ってしまった。
カレンのお母さんもきっと美人なのだろう。
こんな風に思えるのはきっと彼女のおかげだ。
俺の頭にくっついているこの赤黒いふたつの葉。人はそれを見たとき恐ろしいものを見たときと同じ目をしていた。
カレンは生贄であるにも関わらず、俺のことを弟のように思っているらしい。
それに俺の姿を見たとき、カレンだけが唯一笑いかけてくれた。
俺はそんな彼女にに一目惚れした。
カレンは朝、昼、晩に必ず水をかけてくれる。カレンの水はとてもおいしい。
しかも、土まで用意してくれた。なぜだか土の中は居心地がよかった。冬の時期のこたつの中であるかのようである。
やっぱり俺、種なんだな。
あー、声を出せたらきっと楽しいんだろうな…。
カレンと笑って話したいな。
ガチャ
扉が開いてカレンが入ってくる。
早いな。ご飯を食べ終わってすぐに来たらしい。俺と会った時からずっとこの調子だ。
「ねぇ聞いて、ロイカ。今日私の好きなステーキだったんだよ!最近私が好きなものたくさん出してくれるんだ。なんでだろうね。」
この子は自分が生贄であると知らないのか?それともそれがなんなのか理解できていないのか?
あと今ロイカって言ったな。俺の名前ロイカになったの?
その後カレンはいくつかの昔話を話して、疲れたのか電気をつけたまま寝てしまった。
顔がよく見える。寝顔もちゃんとかわいいかった。
好きだからもっと知りたいと思うようになる。
俺はカレンのことをずっと観察した。
毎夜話してくれる昔話もこぼさず聞いたし、しっぽの動きで体調確認もした。
やはりかわいいと思うが、観察していると暗い部分もだんだん見えてくる。
俺はカレンが扉を開ける前に無理やり笑顔を作っているのを知っている。
カレンはいじめられているのではないか。気付いた日から疑いが深まり、不安になった。
カレンがあまり外に出たがらないのも疑いの理由の一つである。
暗い部屋で小さい頃の記憶を思い出した。いじめられていたあの日。とても辛かったあのとき。
忘れたかったあの記憶。
俺はカレンに辛い思いをしてほしくない。
俺はカレンを助けようと心に誓った。
何か、俺にできることはないだろうか。
魔の種と呼ばれている以上、自由に動き回ることはできない。
というか今、自分の体も動かせないのにどうやってカレンを助ける。
待てよ。俺が種で、芽が生えたってことはこの後花が咲くかもしれない。
ここは異世界だ。植物が動くことだっあるのではないか?
そうと決まれば作戦会議だ。成長するために今からできることはないだろうか。
うーん。
そういえば、芽が出る直前に羊を数えていたんだよな。夜中ずっと数えてたっけ。
羊がカギになるのか?
よし、もう一度羊を数えてみよう。