4 初恋
初恋の記憶。小学校六年生の夏休み。
あたしが初めて恋して、あたしの初めてをあげて、相手の初めてをもらった。
彼の名前は……あれ、何だっけ?
誰でもよかった。何でもよかった。
誰かが自分のことを認識してくれるのなら、相手も手段も問わなかった。
家には誰もいない。誰も自分を見てくれない。誰も自分を心配してくれない。
まるで世界に独りぼっちになったようで、悲しくて寂しくて虚しくて気が狂いそうな夜だった。
だから深夜だけど、外に出ることにした。
小学生がこんな時間に出歩いていれば、きっと誰かしらが心配してくれる。何なら怒ってくれるだけでもいい。
そんな期待を胸に家を出ると、偶然にも隣家の住人も家を出てきたところだった。
「あれ、えーと……香苗ちゃん、だっけ?」
隣の家の一人息子だった。
香苗の家がまともに近所付き合いをしていた頃の名残なのか相手は香苗の名前を知っているようだったが、香苗は相手の名前を知らなかった。もしかすると聞いたことがあるのかもしれないが、少なくとも記憶にはない。
たまに道ですれ違う、その程度の認識の相手だった。近所の高校の制服を着ていたはずだから、おそらく高校生なのだろう
「…………」
誰かに会いたかったはずなのに、突然のエンカウントに脳の処理が追い付かず、香苗は何も答えることができずにいた。
「こんな時間にどこ行くの?」
相手はコミュニケーション強者なのか、無言の香苗に構わずに質問を続けてきた。
「別に。散歩」
思わず素っ気ない態度を取ってしまったが、相手はそのことを気にしている様子はなかった。
「そっか。じゃあ俺も一緒に散歩しようかな」
「なんで?」
「一人は寂しいだろ」
いた。
あたしのことを見つけてくれる人。
これが香苗の初恋だった。