1 平原香苗
平原香苗がどうやら自身の容姿は他人よりも恵まれているらしいということに気がついたのは、小学五年のころだった。
思春期真っ只中の男子たちが何やかんやと自分にちょっかいをかけてきたり、視線を感じたりすることが増えた。
ただ困惑した。嬉しい気持ちよりも、不快感が勝った。あたしのこと何も知らないくせに、あたしの人生に関わってこようとするな。そう思うだけだった。
しかし元々コミュニケーションが苦手で学年でも浮いた存在だった香苗が急に目立つようになった。
当然、標的にされる。
始まりは、根も葉もない噂から。
「平原香苗は三股している」
していない。連日三人から告白されただけで、しかも全部断っている。
「平原香苗はパパ活している」
隣家のおじさんと親しく話しているところを見て誰かがそう言ったらしい。心底くだらない。
「平原香苗はだれとでもヤる」
ある朝登校すると、黒板にでかでかとそう書かれていた。
どうしてこんな目に遭わなければならないのだろう、自分が人よりも可愛いからか? 香苗はその誹謗中傷の落書きを眺めながら自身の容姿を呪った。
きっとあたしがブスだったらこんなことになっていなかった。教室の隅にいるあの子みたいに、みんなにとって空気みたいな存在でいられたのに。
この件は問題になり、学級会が開かれた。
一人の男子が、とある女子のグループが書いていたのを見たと糾弾した。香苗に告白してきた男子の中の一人だった。王子様気取りかよという嘲笑、おまえらふざけるなという教師の怒号。
なんか、ぜんぶ、どうでもよかった。
どいつもこいつも、あたしのことなんて何も知らないくせに、あたしのことで言い争ってるの、バカみたいじゃない?
だから言ってやった。
「もういいよ。……別に、本当のことだし。これを書いた奴は絶対許さないけど」
香苗の冷めた声に、教室中が静まり返った。
囁かれた噂に本当のことなんて何もない。
全部でたらめだった。でも、みんなあたしにそうあって欲しいんでしょ? そういう人間であってほしいんでしょ? それで満足なんでしょ?
なら、そういうことにしたっていい。そう求められてるなら、そう演じてやってもいい。
その日の放課後、香苗は自分を擁護してくれた男子を呼び出した。
「あの子たちに仕返ししてくれるなら、何でもしてあげる」
誰もいない夕暮れの空き教室で、香苗は少年の耳元でそれだけ囁いて立ち去った。
それから物事は、香苗の思う通りに進んだ。
少年は凶行を決行した。結果、主犯の女子グループの一人が大怪我をする事件となり、彼の一家はこの町にはいられなくなり引越していった。
その事件以降、関わることが危険だと思われたのか香苗への攻撃はピタッと止まり、興味本位で絡んでくる人間もいなくなった。
こうして平原香苗は孤独と安寧と魔性を手に入れた。