クラスの拒絶系女子が着ぐるみ(中身俺)に興味津々なのでこれをきっかけに仲良くなろうと思ったら……
「よろしくお願いします」
「おう、こちらこそよろしくな」
「蓮ちゃんがやってくれるなんて、これ以上の人選はねーよな」
そう笑顔で話す大人達は、俺の家にそこそこ近い加悦川商店街の商工会のオッサン連中。
高校二年生のとある日曜日、欲しいゲームを買うためにお金が欲しかった俺はバイトを探していたのだが、ここでバイトを募集しているのが目に入った。
商工会のオッサン連中とはとある事情で顔見知りであり、しかもバイト代も高校生の日当にしてはかなり高かったのでやってみることにした。
「でも連ちゃん大丈夫か? これ結構きついぞ」
「無理しなくて良いからな」
「はい、分かってます。でも出来る限り頑張りますね」
「くぅ~なんて良い子なんだ。うちの倅にも見習わせてぇ!」
「そうそう、うちのバカ息子なんていっつも部屋でゲームばっか。偶には手伝えっての」
ナチュラルに愚痴大会に移行したオッサンたちを意識の外に追い出して、手に持っているバイト道具を確認した。
『第四回! 加悦川おむすび選手権!』
でかでかとこう書かれたタイトルのチラシ。
それを配るのが俺の今日のバイト内容だ。
タイトルと日時だけは大きく描かれているのに、イベントの説明が無作為に散りばめられていたり文字が小さかったり関係ない安売りの宣伝が混ざっていたり色遣いが派手過ぎで目がチカチカしたりと、中々にカオスなチラシである。
商店街イベントを外部の人に頼らずに全部自前でやっているのは凄い事だとは思うが、年配のオッサンたちのクソセンスが眩しすぎて効果のほどは極めて疑問だ。
だがそれは俺が考える事では無い。
俺はただ依頼された通りにこれを配れば良いだけだからだ。
問題はただ配るだけでは無いということ。
オッサンたちが俺の体調を気遣う一番の原因となるもの。
「ふぅ~」
それが相当にキツイだろうことは想像だけでも分かっていたので、俺は気合を入れるために深く息を吐いてソレに手を伸ばした。
――――――――
きっっっっっっっっつ!
舐めてた。
超舐めてた。
まさかここまでしんどいとは。
開始してまだ三十分だってのに、もう汗だくだくだ。
そしてしんどいのは肉体面だけではない。
精神面でも中々にクるものがある。
例えば商店街の道行く人にチラシを差し出すと。
「…………」
見事なスルーっぷり。
スルーだけならまだ良い。
邪魔するな。
寄って来るな。
気持ち悪い。
露骨にネガティブなオーラを振りまいて拒絶する人が少なく無いんだ。
バイト前からチラシ配りなんて受け取って貰えないのが普通だよな、なんて思っていたが実際にやってみると悪意をぶつけられるのは想像していた以上に精神にクる。
いくらなんでもそんなに嫌わなくても良いだろうが、と思わなくも無いが仕方ない。
今の俺の姿は多くの人に嫌悪される姿、キモ着ぐるみなのだから。
右手はマグロ。
左手はシャケ。
胴体にはコンブやオカカなどのおにぎりの具材の絵。
そして海苔の草鞋を履いている。
ここまでは良い。
マグロやシャケが妙にリアルで目が怖い気がしなくも無いが良いだろう。
問題は顔と尻だ。
まず顔の方だが丸々梅干し。
それも色味や皺感に拘った超リアルな梅干し。
デフォルメという言葉を知らないのか、可愛らしいお目目すらない。
深夜に出会ったら卒倒物で、小さな子供と会うと高確率で泣かれてしまう。
そしてもう一つの問題点である尻だが、何故か尻がおむすびになっている。
しかも天むすで尻穴からエビフライがにょっきり生えているという、なんとか倫理機構とかに炎上させられそうなデザインなのだ。
問題になってないのは顔のインパクトの方が上回っているからでしかない。
この着ぐるみこそが、加悦川商店街のキモキャラ『おむかわくん』。
名前だけ普通なのがまたクレイジーな感じを増長させる。
なおキモ可愛いゆるキャラではなく、純粋にキモイのがポイントだ。
しかも怖さもあるから最悪だ。
この商店街がどうしてこんな魔物を生み出し、周辺住民に露骨に嫌われているにも関わらず推し続けているのか謎である。キモすぎるキャラとしてネットでプチ話題になった経験を忘れられないのだろうか。
「あ~きもかわだ~!」
「きも~い!」
おっと怖がらないレア小学生と遭遇した。
子供の相手は着ぐるみの宿命であり、ギャン泣きされないのなら何を言われても気にならない。
おしりフリフリしてあげよう。
「あははは! 尻振ってら~!」
「おら! おら!」
おいコラ蹴るな。
どういう教育受けてるんだ。まったく。
お仕置きガチ恋距離でも喰らえ!
「ちょっ、来るな、来るなって!」
「うわあああ! 止めろおおお!」
はっはっはっ、トラウマになるがよい。
……子供に愛されない着ぐるみとか意味あるのか?
「くそ、やるぞ!」
「う、うん!」
おや、この子達はどうやら勇敢らしい。
逃げるだけじゃなくて立ち向かって来た。
良いだろう、受けて立ってやろうではないか。
あ、待って、蹴らないで、押し倒そうとしないで、起き上がるの大変なんだって、上に乗るな、引っ張るな、ちょっと待って助けてー!
「おむすび頂戴!」
「おむすび頂戴!」
存分に遊んでやったら満足したのか、小学生たちは最後にお決まりの台詞を言って来た。
これを言われたら『おむかわくんグッズ』をプレゼントするのが習わしとなっている。
とても疲れさせられたから梅干しステッカーにしてやろうかと思ったけれど、可愛そうなので天むす尻ホルダーをプレゼントしてやった。
「お~いつものキモイのじゃない!」
「ありがとう!」
おい待て。
いつもこれ着てる人って、どの呪物をプレゼントしてたんだ。
「バイバ~イ!」
「また遊んでな!」
少し可愛らしい見た目なのと尻というのが男子の琴線に触れたのか、子供達は笑顔で去って行った。
めちゃくちゃ疲れてまた汗がどっと出て来たけれど、充実感で一杯だ。
このバイトをやって良かった。
とりあえず一度商工会に戻って水分補給でもしようかな。
そう思って踵を返そうとした時、近くの柱の陰から視線を感じた。
もしかして子供が怖がって隠れてるのかなと思い、可愛そうなので顔を見せてやろうと敢えて近づいてみた。俺はスパルタなのだ。
さてさて、一体どんな子が隠れているのかな……あれ?
そこに居たのは子供では無かった。
いや、世間一般で言えば子供なのだろうが、少なくとも幼児では無かった。
キツイ瞳。
人を寄せ付けぬオーラ。
孤高の存在。
俺のクラスメイトにして高校の有名人。
紫吹月乃さんがそこに居た。
――――――――
「私に話しかけないで!」
それが紫吹さんの口癖であり、これを聞かない日は無いくらいだ。
その時こそ鬼のような形相になるものの、普段の紫吹さんはすまし顔がとても美しく佇まいが凛としている和風美人であり男子からの人気が高い。人当たりが良ければ女子からも人気が出てバレンタインとかで大量にチョコを貰いそうなイメージがある。
「くぅ~あんな美人とお付き合いしてみてぇなぁ」
と友人の男子が嘆くが俺は感覚が違う。
「そうか? 俺は疲れそうな気がして嫌だな」
美人すぎて気が張るというか、こっちが常に壊れ物を扱うかのように細心の注意を払い続けなければならず素を出す余裕が無い。結果、恋愛を楽しめない気がするんだ。
「ふ~ん、蓮司は恋愛を楽しみたいタイプなんだ。俺は高いハードルを越えるのを楽しむタイプだからな」
良く分からんが、攻略難易度が高そうな人をモノにしたいってことだろうか。
だとするとそれって恋愛なのだろうか?
「こらこら君達、紫吹ちゃんはアレでもピュアなんだから特別扱いしちゃダメだぞ」
会話に割って入って来たのは紫吹さんの友人の御手洗さんだ。
お手洗いって茶化すとブチ切れるから絶対に言ってはダメ。
中学の頃それで血の雨が降ったのを俺は知っている。
「そんなこと言われてもなぁ」
「男を知らないって意味ではピュアかもしれないが……」
あの苛烈に他者を拒絶する感じをピュアと言われてもしっくりこない。
「しょうがないなぁ。それじゃあ見ていてね」
俺達が理解出来ないと首をかしげていたら御手洗さんが紫吹さんのところに向かって行った。
「し~ぶきちゃん」
「私に話しかけないで!」
早速いつもの拒絶で追い返そうとしてきた。
だが御手洗さんは何も気にせずに話し続ける。
「そんなこと言わないでお話ししようよ~」
「私に話しかけないでって言ってるでしょ!」
だが取り付く島もない。
御手洗さんは一体俺達に何を見せたがっているのだろうか。
「しくしく、紫吹ちゃんが冷たいよう」
「さっさとどっか行って!」
「それじゃまた今度お話ししようね!」
「……もう来ないで!」
あれ、もう戻って来ちゃった。
しかもかなりの勢いで拒絶されたのに笑顔だ。
ドМなのだろうか。
「これで分かったでしょ」
「?」
「?」
いやいや、全く意味が分からない。
「あれ、分からなかった? 最後の『もう来ないで』ってところが少しトーンが違ったでしょ。あれって『本当はお話ししたかったけれど恥ずかしくて追い返しちゃったぐすん』って感じなんだよ。ね、ピュアでしょ」
「いやいやいや、それはねーだろ」
「深読みにも程がありすぎる」
ただ、最後だけ僅かに間があったような気がしなくはなかったけれどな。
だとしても御手洗さんが言っているような感情があるようには見えず、普通に拒絶していただけとしか思えない。
「まだまだだなぁ」
なんて御手洗さんは苦笑していたけれど、紫吹さんがピュアだとはどうしても信じられなかった。
――――――――
その紫吹さんが商店街の柱に隠れてこっちを見ていた。
その瞳は鋭く、拒絶三秒前のようだ。
『こっちに来ないで!』
そう叫ばれて俺はすごすごと逃げるのだろう。
「…………」
しかし予想外に彼女は何も言わなかった。
ただじっとこっちを見ている。
どういうことなのだろうか。
まさか着ぐるみは拒絶の対象外なのか。
いくら御手洗さんの言葉通りに彼女がピュアだったとして、この年齢なら中に人がいることが分かっているはず。彼女が相対しているのは着ぐるみを着た人間であると理解しているはず。それならいつもの拒絶が起きてもおかしく無いはずなのだが。
あるいは外では自重しているのか。
理由は分からないが、今の俺は『おむかわくん』だ。
ここで硬直していたら不審に思われるし中に人がいることを強く想起させてしまうだろう。
とりあえず『おむかわくん』ポーズをとってみた。
両手を広げて右膝を上げるという著作権真っ青なポーズだ。両手の魚を泳がせるように少し動かせるところにオリジナリティがあるらしいがほんまかいな。
「!!」
おや、紫吹さんの様子が変わったぞ。
目を見開いて俺を、いや『おむかわくん』をガン見している。
これはどういう反応なのだろうか。
良いのか悪いのか判断に苦しむ。
それなら『おむかわくん』ポーズバージョン2だ。
両肘を直角に曲げて両魚を紫吹さんの方に向けながら着ぐるみ内部のボタンをぽちり。
『おっむ』
何かをゲッツしそうなポーズではあるがオリジナルである。
というかオリジナルポーズならおむすび作れよと思うのだが、商工会のオッサン曰くそれこそオリジナリティが無いらしい。脳みそ腐ってんのか。
さて、肝心の紫吹さんの反応はどうなったかな。
「~~~~!」
まさかあれって笑顔なのか。
険しい雰囲気がかなり薄くなって、良く見るとほんのりと笑っているように見える。
めっちゃ綺麗でドキドキする。
よし、それなら特別に『おむかわくん』ポーズSSS級バージョンをお見舞いしてやる。
バージョン名は最近ネット小説にハマっているオッサンが勝手につけたのであって俺が決めた訳じゃないからな。
『にぎにぎ~にぎにぎ~』
特殊音声付きのお尻フリフリポーズだ。
頭を尻よりも低くして極端に尻を上部に突き出すのがポイントだ。
決してなんとか星人ではない。
俺が決めた事じゃないからお願いだから通報しないでください。
悪いのは全部商工会のオッサン連中です。
しかし待てよ。
良く考えたらJKに尻を突き出してフリフリさせるとか、いくら着ぐるみでもセクハラモノではないだろうか。しかもその尻にはエビフライが刺さっているんだぞ。
ヤバいやらかしたかも知れん。
慌てて体を起こして紫吹さんの様子を確認する。
状況によっては例え拒絶されても分かってもらえるまで説得しないと。
うん、それこそ事案だな。
「すごい」
どうやら事案にはならずに済んだようだ。
紫吹さんは恍惚の表情を浮かべて喜んでいた。
そんな馬鹿な。
あの紫吹さんがこんな低俗な……ゲフンゲフン、キモくて珍妙なキャラで笑顔になるだなんて。
目の前にいるのは本当にあの紫吹さんなのだろうか。
「あなた『おむかわくん』のことちゃんと分かってるのね」
なんか凄い上から目線なんですけど。
まるで痛いオタクみたいな……オタク!?
え、嘘。
紫吹さんってまさかの『おむかわくん』オタクなの!?
「最近は分かってない人が多くて困ってたのよ。でもあなたの動きはキレが良くて手足の角度や全体のバランスも完璧だったわ。まるで本物の『おむかわくん』が乗り移ったかのよう」
おむかわくんに本物と偽物がいただなんて初めて知ったぞ。
もしかしてその本物とは空想上の生き物では無いでしょうか。
「でもいくらあなたでも『それいけ! おむかわくん』は踊れないでしょう?」
なるほど、紫吹さんの言う本物っていうのはおむかわくん登場時にネットで公開した動画の事を言ってるらしい。
『おむかわくん』ポーズや『それいけ! おむかわくん』というどう考えてもアカン名前の歌 (ダンス付)もそこで公開したんだ。
せっかく紫吹さんが怒ってないレアな姿を見せてくれたんだ。
そのお礼に彼女が望む物を見せてあげようではないか。
着ぐるみの中には『それいけ! おむかわくん』が流れるボタンもあるのでそれを流す。
「まさか!?」
どうして俺が踊れないと錯覚していたのかな。
悪いが俺は『おむかわくん』については人一倍詳しいんだ。
それこそ『おむかわくん』マニアと思われる紫吹さんよりもな。
それゆえダンスを踊ることくらい造作もないこと。
軽快な音楽に合わせてキモいダンスを踊り続ける。
ポイントは顔が全く書かれていない梅干しの頭部を極力動かさずに前方を見続けてこっちみんなと言わせることだ。『おむかわくん』の中で一番気持ち悪い頭部が激しい動きの中でも動かずに見てくるのはかなり怖いらしく抗議が殺到し、残念ながら今では動画は非公開となっている。
しかし紫吹さんは全く怯えることなく楽しそうにこちらを見ており、無意識だろうか小さく拍手でリズムをとってすらいた。
そして曲はサビに入る。
『ツナ! シャケ! 梅干し! コンブも美味しい』
後半部分を変えながらこのリズムをサビで四回繰り返す。
『ツナ! シャケ! 梅干し! おかかも美味しい』
「ツナ! シャケ! 梅干し! おかかも美味しい」
なんと二回目から紫吹さんが合わせて歌い出したではないか。
ノリノリな紫吹さんとかなんてレアな。
だがごめんよ。
さっき子供達と遊んで体力ごっそりもってかれたから、一番しか踊れないんだ。
この歌は驚異の八番まであるのだが、果たして万全の体調でも全部踊り切れるのだろうか。
「すごいすごい! 完璧だった!」
紫吹さんはまるで子供のようにおおはしゃぎだ。
なるほど、今になってようやく分かった。
確かに彼女はピュアだ。
純粋無垢な子供が喜んでいるようにしか見えない。
だがそれならどうして学校ではあんなにも排他的なんだ。
今みたいな屈託のない笑顔を浮かべれば好感度爆上げだろうに。
「ありがとう『おむかわくん』。あなたのおかげで気分が良くなったわ」
紫吹さんは満足そうな顔でそう言った。
気分が良くなった、ということはそれまで気分が良くなかったということだ。
俺は着ぐるみらしく露骨に首をかしげてみた。
梅干しがかしげても怖いだけであるが、紫吹さんはそうは思わず普通に俺の気持ちを汲み取ってくれた。
「私、恥ずかしがり屋で友達が出来ないの。この前も優しい子が声をかけてくれたのに追い返しちゃった。悪い事しちゃったなぁ……」
まさかの御手洗さん大正解。
マジであれって照れ隠しだったのかよ。
不器用にも程があんだろ。
「どうしてかしら。あなたの前だと素直になれちゃう。中に人がいるって分かってるのに」
中に人なんていません。
なんとなくだけれど、今だけはそう言ってあげたかった。
「困らせちゃったわね。ごめんなさい。最後に一つ良いかしら」
気にしないでと身振りで答えつつ、最後のお願いを聞いてみる。
「おむすび頂戴!」
なるほどそう来たか。
基本的にこれは小学生以下の子供にしかあげないのだが、貰ってくれる人が少なすぎて在庫が余りまくっているので大人でもプレゼントすることになっている。だから紫吹さんに渡してもなんら問題はない。
さっきの小学生に渡した尻ホルダーにしようか。
セクハラじゃないぞ。
可愛らしいのがこれくらいしか無いんだよ。
「ありがとう」
喜んでくれたけれど、どことなく不満気だ。
首をかしげて見ると、その理由を教えてくれた。
「あの、プレゼントしてくれてとても嬉しいのだけれど、梅干しステッカーが欲しいなって……我儘よね。ごめんなさい!」
なん……だと……
全てのグッズの中で一番不人気の梅干しステッカーをご所望だと。
顔だけなら単なる梅干しの絵だから平気なのに首まで書かれているため狂気的に見えてしまう梅干しステッカーを!?
在庫整理ということで不人気グッズも時々小学生にプレゼントしているけれど、これだけは可哀想すぎるから商工会のオッサン連中ですら渡さない梅干しステッカーを!?
今だ! 全部押し付けろ!
という商工会のオッサンの声が脳内に響いたが、流石に全部は悪いので三枚にしておいた。
「ありがとう!」
う~ん、こんなに喜んでくれるなら全部渡しても良かったかもしれないな。
「あなたに敢えて本当に良かったわ。また会えたらよろしくね『おむかわくん』」
紫吹さんはそういうと、俺にペタペタペタペタペタペタペタペタ触って堪能してから去って行った。
ムフーって感じが似合うような笑顔だった。
――――――――
ふっふっふっ。
俺知ってるぜ。
ツンケンしているキャラの秘密を知ったことがきっかけで仲が深まる恋愛話を。
紫吹さんのあの拒絶が照れ隠しで、素の彼女はピュアで柔らかい雰囲気であると知ったからには攻めるしかないでしょ。
ということで休み明けの学校で俺は紫吹さんにアプローチすることにした。
「紫吹さんに話しかけてくる」
「おま、マジかよ」
「止めておきなよ。男子相手だと怖がって本気で嫌がるよ」
友達や御手洗さんが止めるが問題無い。
「作戦があるから大丈夫さ」
俺は彼女が好きな物を知っている。
その話を餌にすれば絶対に食いついて来る。
それに例えそれがダメだったとしても、究極の二の矢があるのだ。
勝ち確間違いなし。
紫吹さんの心は俺のものだぜ。
「紫吹さん、ちょっと良い」
「私に話しかけないで!」
それが照れ隠しだと知っている今ならもう怖くはないぜ。
「まぁまぁそんな事は言わずにこれを見てよ」
俺はポケットからあるものを取り出して、彼女の机の上に置いた。
そして他の人から見られないように手のひらでそれを隠しつつ彼女だけに見えるようにした。
「!?!?!?!?」
紫吹さんは見るからに動揺し、それに釘付けだ。
俺が持って来たのは、まだ世の中に生み出されてない新作『おむかわくん』グッズのミニぬいぐるみ。数センチ程度の大きさだけれどもクオリティは高く『おむかわくん』を良く表現出来ている。
「商工会の人と知り合いで、今度発売予定のコレをもらってきたんだ」
「な、なな、なんで!?」
その質問は、どうして自分が『おむかわくん』マニアだと知っているのか、ということだろうか。
あるいはどうして私にこれを見せるのか、ということだろうか。
「着ぐるみ、中、俺」
「~~~~っ!」
怒りでは無く羞恥で真っ赤になってしまった。
クラスメイトに知られたくない内面を知られてしまったのだから仕方ないだろう。
あれ、もしかして素知らぬ顔をするのが正解だったような……
「知らない! どっか行って!」
あらら、『おむかわくん』グッズではどうにもならないくらいに恥ずかしくなったのか、結局拒絶されてしまった。
仕方ない最後の手段を使うか。
俺は一枚の紙を取り出し、彼女に見せた。
「まぁまぁこれ読んで」
「もう止めて!」
「読まないと後悔するよ」
「何だって言う……の……」
危ない危ない。
まさかの読んで貰えない事態になるところだった。
彼女はその紙を食い入るように見つめている。
先程の『おむかわくん』新作グッズの時よりも遥かに目が真剣だ。
「う……そ……」
か細く漏れるその声に、俺は追い打ちをかけるようにはっきりと答えを返した。
「偽物じゃないよ。何なら商工会の人に聞いてみると良い」
その紙は俺宛てに届いたあるコンテストの受賞通知。
そしてそのコンテストとは『加悦川商店街 新マスコットキャラコンテスト』。
これが何を意味しているのか。
「あなたが……?」
「そう、『おむかわくん』は俺が生み出したんだ」
あの気持ち悪い格好のキャラクターは、当時俺がふざけ半分で作って応募したキャラクターだったんだ。それが何の間違いか受賞して、現実に誕生してしまった。
当選者として俺は『おむかわくん』ポーズや歌やダンスや設定を商工会のオッサン達と一緒に考えさせられた。ネットに公開したダンス動画も俺が踊ったものをモーションキャプチャーで『おむかわくん』に躍らせた。
そりゃあ詳しいに決まっている。
だって生みの親なんだもの。
流石に紫吹さんも、大好きな物を生み出した親を相手に拒絶するわけがないだろう。
それこそが俺が彼女と仲良くなるための最終手段だった。
『おむかわくん』の存在は黒歴史だと思っていたが、紫吹さんみたいな綺麗でピュアな人とお近づきになれるのであれば利用し尽くしてやるぜ、くっくっく。
「あ……ああ……」
って思ったのに泣かれてるうううう!
え、なんで、どうして?
俺何かやっちゃいました?
「こらああああああああ! 紫吹ちゃんに何してくれてんのよ!」
「ひえっ!」
見かねた御手洗さんが激怒してやってきた。
しかもなんかゴミを見るかのような目で俺を睨んで来てるんだけど。
「お、俺は何もしてない!」
「嘘よ! 一体何を言って紫吹ちゃんを脅したのよ!」
「脅した!?」
いやいや、どうしてそうなるんだ。
俺は脅すだなんてことは一切してないぞ。
秘密にしていた趣味をばらすぞ、なんてアプローチ方法はとって無かったはずだ。
「だってあんたが何かを見せたら紫吹ちゃんが動揺したじゃない!」
しまった。
彼女の好みがバレないようにと手で『おむかわくん』グッズを隠していたが、それが周囲の人には不審に見えてしまったんだ。
例えば盗撮写真とかを見せて、お前が知られたくない秘密を知ってるんだぞ、と脅しているとか。
「それに後悔するとかって言ってたじゃない!」
ぎゃああああああああ!
受賞通知書を強引に読ませるために『読まないと後悔するよ』って言ったのも、脅しているように見えたのか!
だから御手洗さんには紫吹さんが俺に脅されて動揺して泣いちゃったように見えてしまったんだ。
「違う! 誤解だ!」
「紫吹ちゃんに近寄らないで! このひとでなし!」
ダメだ言い訳を聞いてもらえない。
でももしクラス中が似たように感じているとしたら、ここで逃げたら俺は紫吹さんを脅した最低野郎のまま高校生活を送らなければならなくなってしまう。
じんせいおわた。
助けて紫吹さん!
本当のことを言って下さい!
恥ずかしくて何も言えないかもしれないけれど、言ってくれないと俺は終わりだ!
「違うんです!」
紫吹様ああああああああ!
ありがとうございます、感謝します。
もうお近づきになりたいだなんて下心を封印しますし『おむかわくん』グッズを沢山プレゼントします!
「紫吹ちゃん、落ち着いて。こんな奴の言う事なんか聞く必要無いんだよ」
「本当に違うんです。創造主様は何も悪くありません」
「え?」
「え?」
あの、今、なんて言いましたか?
クラスメイトにかける言葉としてはあまりにも不適切な単語が聞こえたような気がするのですが。
「あの、紫吹さん?」
「っ!?」
思いっきり顔ごと目を逸らされてしまった。
どういうことなのこれ。
「やっぱりこいつに何かされたんだね!」
「いえ、話をするなど畏れ多くて」
「え?」
「え?」
ええと、つまり、やっぱりどういうことなのこれ。
「あんた何したのよ」
「俺が聞きたいよ」
よ~し、落ち着こう。
冷静に考えよう。
創造主様。
話の流れ的には『おむかわくん』を考案した人ってことだよな。
畏れ多い。
創造主様に話しかけるのが難しいってことだよな。
つまりは大好きな『おむかわくん』の生みの親である俺が畏れ多すぎて会話することが出来ないと。
「ダメじゃん!」
畏れられてるじゃん。
ある意味距離が離れちゃってるじゃん!
「紫吹ちゃん、本当にこいつに何もされてないの?」
「はい。創造主様は偉大なるお方です。私のような凡人とは格が違います。一緒に会話をするどころか……はっ! 申し訳ございません。私なんかと同じ空間に同席させてしまうとはなんたる無礼。お詫びに全財産を用いておむかわくんを購入してきます」
「あ、紫吹ちゃん!」
教室を出て行っちゃった。
おむかわくんはまだ現役なので遺物扱いしないでもらえませんか?
「後で話を聞かせてもらうからね! 待って紫吹ちゃん! 待って!」
御手洗さんも紫吹さんを追って出て行ってしまった。
さ~てどうしよう。
恋愛どころか教祖様扱いになっちゃった。
こんなことってある?