その⑧情報交換ですよ。
翌朝目を覚ますと、エルセリア姫の姿は野菜と共に消えており、身なりを整え食堂へ行くと、姫は昨日の野菜を元気にもりもり食べていた。
ご機嫌で野菜を頬張るエルセリア姫を微笑ましく見守りながら俺もコーヒーを飲む。
「オズワルド様は男の子と女の子、どちらを希望されますか?」
「そうだなあ、どちらでも良いですが、エルセリア姫に似て欲しいですな。」
「あら、私はオズワルド様に似て欲しいのに、困りましたね。」
などと新婚っぽい会話をしたりして、二人微笑む。
「そう言えば、パピーナ夫人によれば、人間さん達は、月の精に頼らずにもっと原始的な方法をとっているそうですね。」
「げほっ、げほっ!」
「オズワルド様、どうなさいましたか?」
コーヒーにむせる俺に、ズッキーニで口をいっぱいにしてエルセリア姫は尋ねた。
「い、い、いいえ、別に……。」
「文明を持たない動物みたいだって、最初はバカにしていたけど、やってみたら意外と悪くないって言ってましたわ。どんな事するんですか?」
「ごふっ! ぶふっ!」
「オズワルド様?」
「い、いや、失礼、何でも……。」
「私も試せる事は何でも試してみたいですわ。」
「むふっ! ぐふう!」
「オ、オズワルド様、大丈夫ですか? 飲み込む力が弱くなっているのかしら?」
「いえ、そう言うわけでは…………。」
確かに俺はおっさんだが、まだまだ誤嚥性肺炎を心配されるようなトシではないのだ。
「でも、そんな必要ありませんわね。このニガウリは効果抜群な気がしますもの。」
エルセリア姫はニガウリに絶対的な信頼をおいているようで、上機嫌で生のままもりもり食べている。
しまった、俺がコーヒーにむせている間にエルセリア姫は自己完結してしまった。
それにしても、パピーナ夫人は如何にして文明人とは思えぬ原始的な人間の所業を再評価する事になったのだろうか?
「単なる情報交換ですよ。」
朝食後に問い詰めると、ハーウィーはしれっと言った。
「私がパピーナ夫人から魔族の最先端の子作り法を聞いたおかげで、オズワルド王子だって恥をかかずに済んだでしょ。」
「うっ、それは。」
「お返しにこちらの常識をご紹介しただけです。勉強熱心なパピーナ夫人に求められるままに。いけませんでしたか?」
「いけませんでしたかって、お前なあ! パピーナ夫人は既婚者なんだよ!」
「未亡人だそうです。」
「あ、そうなの?」
「エルセリア姫もそのようにおっしゃっていましたから、間違いではないと思いますが。」
「あー、じゃあ、まあ、いいのか。すまん、すまん。」
俺は妾腹の第一皇子と言う複雑な立場だから、昔から余計な波風は立てない方針だ。
美男に生まれついた幸運を謳歌しているだけのハーウィーの私生活について、あれこれ口出しをするべきでない。
「あ、エルセリア姫はニガウリをお気に召していたよ。ありがとな。」
「恐れ多い事にございます。」
ハーウィーは一礼するとくるりと踵を返してどこかへ行ってしまった。
「おっと、俺もこうしてはおれん。」
遊んでばかりいないで今日の執務を始めなければ。
ハーウィーが手伝ってくれれば良いのだが、今日もエルセリア姫の刺繍のレッスンの為に遥々王都から才色兼備の先生がおいでになるので、そのおもてなしに忙しくてそんな暇は無いだろう。
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