その⑦えっと、ニガウリです。
俺はハーウィーに渡された立派なきゅうりとズッキーニとニガウリとトウモロコシを見比べながら途方にくれた。
これを寝室に持ち込んで、一体どうしろと言うのだ。
しかし、ある事を思い出してハッとした。
修道士時代に盗み聞いたマメ知識のひとつに、「やんごとなき深層の令嬢は、女官から手ほどきを受けつつ『道具』を駆使して『練習』をする。」と言うのがある。
シロウトだと思ってバカにしやがって、そんな都市伝説信じるものか。
まあ、ファンタジーとしては楽しめるが。
などと鼻で笑っていたが、もしかしてもしかすると、案外、本当なのだろうか?
などなど、不安の渦巻く中、夜も深けてきた。
俺は右手と右足が同時に出るほどの緊張を伴いつつ、念のため新鮮な野菜たちも腕に抱えてエルセリア姫の待つ寝室へ忍んで行った。
寝室の窓は開け放たれ、満月が覗いていた。
天蓋のついたベッドのへりに腰掛け、窓から差し込む月明かりに照らされ青白く輝くエルセリア姫は女神のように神々しく、その姿を見た俺は、緊張や不安、訳の分からない妄想もあらゆるものが全て吹き飛んだ。
何をくだらない事を考えていたのだ。
彼女への尊敬が俺を跪かせる。
エルセリア姫の銀色の星が瞬くような潤んだ瞳に、みっともないおっさんが映る。
今この瞬間、この世に俺以上に幸せな者などあるはずがない。
政略結婚でも、押し付けられたのでもない、この俺とエルセリア姫は愛の名の下、結ばれるべくして結ばれるのだ。
「お慕い申し上げます、エルセリア姫。」
俺の心からの言葉に、エルセリア姫も声を震わせ囁いた。
「嬉しい、オズワルド様……、私も…………。
あらまあ、立派なズッキーニ。」
「…………。」
俺の足元に転がっている野菜に気がついたエルセリア姫は歓声をあげる。
「まあ、きゅうりに、トウモロコシ? あら? これは何でございますか?」
「えっと、ニガウリです。」
「まあ、珍しい。試してみましょうね。」
えっ、試すって?
まさか、あの都市伝説は事実なのか⁉︎
あたふた動揺する俺を置き去りにしてエルセリア姫は野菜を拾いあげ、銀製の大きな盃のような器に並べ、大きな満月の見える窓辺に置き、
「この器は私達の為にパピーナ夫人がわざわざ取り寄せて下さったのですよ。」
誇らしげにそう言い、俺に手を差し伸べた。
「オズワルド様、お手を。」
俺もエルセリア姫の手を取る。
いよいよだ。
姫の細い身体を抱き寄せようとしたその時、
「崇高なる宇宙の調和を司りし者よ、我らが願いを月に託し、新たな命を導き給え。」
エルセリア姫は澄んだ声で朗々と詠いあげた。
「え?」
これからと言う時に出し抜けに詠唱され、俺は狼狽える。
しかも、エルセリア姫は、
「よしっ。」
と、満足そうに頷くと、取り合っていた手をぱっと離し、
「では、お休みなさいませ。」
と、ベッドに潜りこんでしまった。
「え、あの、姫……?」
エルセリア姫は若干の批判を込めて呆然と立ち尽くす俺を見た。
「いつまでも起きていたら月の精がお野菜に宿ってくれませんわ。満月の夜が一番効果が高いのをご存知でしょう?」
月の精? お野菜に宿る??
「明日の朝、月の力の宿ったお野菜をいただくのが楽しみですわ。あのニガウリが良い仕事をしてくれそうな気がします。」
なんと!
俺は雷に撃たれたような衝撃を受けた。
これが、子を成す為の「いとなみ」!
知らなかった!
危うく、外来野郎の戯言を鵜呑みにして、エルセリア姫に許されがたい破廉恥な振る舞いをするところだった‼︎‼︎‼︎‼︎
良かった!
知ったかぶりをしてリードを買って出なくて本当に良かった。
いかん、いかん。
せっかくの満月なんだから、早く寝ないと月の精が帰ってしまう。
俺は冷や汗を拭いながらエルセリア姫の隣りに潜り込んだ。
エルセリア姫は少しだけ口の端を上げて、たっぷりとしたまつ毛をぴったり閉じていた。
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