その⑥何? これ。
こうして、エルセリア姫と俺は、双方の合意の下、晴れて今宵結ばれる事となる。
普段はちょっとした事ですぐに頬を染めてもじもじ恥じらうエルセリア姫が、この案件に関しては妙にあっけらかんと張り切っているのはいささか不自然だが、それが乙女心と言うものなのだろうか。
俺は俺で急遽決行となった今晩のイベントを控え、屋敷の中を落ち着きなくウロウロしながら時が訪れるのをソワソワと待つ。
「では、姫様、私はこれにて失礼いたします。」
と、エルセリア姫の居室から、背中に大きな羽根を持つ鳥人族のパピーナ夫人が出て来るのが見えた。
魔族の婦人だが、エルセリア姫を気遣い、こんな辺境の人間の領地まで足繁く通って下さる優しい方だ。
「わざわざおいで下さいましてありがとうございます、パピーナ夫人。これで今宵のいとなみはバッチリです!」
ゴッ!
俺は思わず壁に頭をぶつけてしまった。
エルセリア姫ってば、廊下に響き渡る朗々とした声で何と言う会話を……。
「うふふ、お励み下さいませ。」
どうやら、パピーナ夫人は「今宵のいとなみ」に必要なアイテムか知識か、よくわからないが、そう言うものを調達してくれたようだ。
上流階級の関心事と言えば、良くも悪くも世継ぎ問題だから、各方面から色々働きかけがあるのかも知れん。
しかし、エルセリア姫も太鼓判を押す程にバッチリ準備をさせておいて、万が一「今宵いとなまざる」事態にでもなれば、ひとえにこっちサイドの努力、能力不足とみなされてしまう。
俺がまだ年若い王子ならば、指南役などがついて手取り足取り練習期間を設ける事もできたろうに、ムダにおっさんなばかりに今更そんな事もできない。
大丈夫だろうか……。
パピーナ夫人がエルセリア姫の部屋のドアを閉めると同時に、偶然にもハーウィーが通りかかった。
「ハビエル様、ご機嫌よう。」
「これは、パピーナ夫人。おいでとは気づかず失礼しました。」
「いいえ、もうお暇いたしますの。……いつものようにお送りいただけるかしら?」
「仰せのままに。」
ハーウィーはさりげなくパピーナ夫人の腰に腕を回す。
「えへん。」
俺はワザとらしく咳払いをする。
「これはオズワルド王子、ご機嫌うるわしゅうございます。」
パピーナ夫人はハーウィーから身体を離し、膝を曲げて挨拶をした。
「ご機嫌よう、パピーナ夫人。ハーウィー、ちょっと。」
「はあ。」
「それではごめん下さいませ、オズワルド王子、ハビエル様。」
パピーナ夫人がそそくさとその場を去ると、俺はハーウィーの肩に腕を回し、声を落とした。
「まずいよ、お前。」
「何がですか?」
「王都の性に奔放な先生方と何してくれても目をつぶるけどさ、魔族の御婦人方とのゴタゴタは後々面倒だぞ。」
「別にゴタゴタしてないし、するつもりもないですよ。オズワルド王子こそ、他人の心配してる場合ですか?」
「ど、どどどう言う意味だ⁉︎」
「ま、いいですけど。」
ハーウィーは手にしていたカゴみたいなものを俺に押し付け
「とりあえず、これを今宵寝室へお持ち下さい。」
そう言うと踵を返し小走りでどこかへ行ってしまった。
きっとパピーナ夫人を追いかけて行ったのだろう。
「え? 何? これ。」
蓋つきのカゴに何やら入っている。
軽く振ってみると、ゴロゴロと音がする。
これも「今宵のいとなみ」を盛り上げる為のアイテムだろうか?
アロマキャンドルみたいな?
蓋を開けてみると、中には食べ頃の、
きゅうり。
ズッキーニ。
ニガウリ。
トウモロコシ。
「えーっ、何、なに⁉︎ これどうするの⁉︎」
お読みいただきありがとうございます。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。