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その③あれ? ない。


魔族を束ねるエルセリア姫達の種族は、ゴート族という。


魔族と悪魔を混同しがちな神学では、頭部は山羊、その下は人という邪悪な姿、と習ったが、山羊の頭は戦士が士気を上げるために一時的に姿を変えているだけだと言うのは今どき誰でも知っているし、実際には平時に於いては山羊のような耳を除けば人間と同じような姿をしている。


ただ、山岳地帯に棲息している山羊みたいな巨大なツノを頭に持っている。


そして、どうやらシッポもあるらしい。



えっ、『あるらしい』って、見たことないんですか?



もしかしたら、そんな疑問が湧いてくる人もあるかもしれん。


そう言う種類の期待をこめてこの話を読んで下さっている方の為に早めに申し上げておくが、無い。


無いんですよ。


いやあ、困りましたね。


何が『可愛い嫁をもらったおっさんの自慢話』だ、と憤慨された方はこの辺りでお引き取り願った方が良いかも知れません。


皆々様のご期待に沿えず大変残念に思うところではあるものの、一番残念なのは他でもないこの俺なのは間違いないので何卒ご容赦願いたい。


まあ、それについては後述を待たれたし。



さて。


とにかく、ゴート族と言えば、思わず洗濯物を干したくなるような巨大なツノがシンボルマークの筈なのだ。


しかし、エルセリア姫にはそのツノが生えていないようだ。


ベールを外した姫の顔を初めて見た時


「これは、犯罪ではないか?」


が、第一の感想だったのだが、


次に抱いた感想が、


「あれ? ない。(ツノが。)」


だった。


しかしながら、俺はゴート族には詳しくないし、ツノのある者、無い者、色々いるのだろう、くらいの印象しか持たなかった。


人間だって同じである。


愛らしいエルセリア姫から


「人間の頭部には毛が生えている筈ですが、オズワルド様の頭部にはなぜ何にも生えていないのですか?」


などと真顔で聞かれたらとても困る。


ちなみに、余計な情報なので敢えて触れずにいたが、昔むかし、従軍していた頃、魔族からけしかけられたドラゴンの炎に髪と眉を焼かれ、以来、俺の毛根は活動を休止している。



えーと、何の話だ。


そう、そう言う訳で、エルセリア姫の頭にツノが無くても俺は全く気にならなかったし、何なら無くてラッキーくらいに思っていた。


何だかんだ、姿はより人間に近い方が俺としても嬉しいのだ。


ところが、あまりの可愛さに思わず見入ってしまっている俺に、エルセリア姫は居心地悪そうに尋ねた。


「ツノが無いのが気になりますか?」


「は?」


「さっきから、私のこと見てますけど、私にツノが無くてみっともないから見てるんですか?」


「ふあっ⁉︎ みっともな⁉︎ まさか! ただ俺は、その。」


慌てて否定するも、可愛すぎて見とれていましたとは、さすがに小っ恥ずかしくて続きを言い淀んでいると、


「良いんです。慣れてますから。」


エルセリア姫は俯き、辛そうに呟いた。


「大人になってもツノが生えてこなかった私は、『ツノ無しはんぱ者の残念令嬢』なんて平民の子供からも指をさされて笑われているんです。」


何だと⁉︎


こんなに可愛らしい姫にけしからん!


ヒトの見た目について心無い言葉を投げる輩は、老若男女、魔族、人間に限らずいるものだ。


しかし、これで理由が解ったぞ。


この姫はツノ至上主義のゴート族社会の中で売れ残ってしまい、この結婚を押しつけられたのだろう。


エルセリア姫には本当にお気の毒な話だが、俺からしたらとんだ棚ぼただ。


サンク、ゴート族のルッキズム精神。


「正直に申し上げますと、ツノは俺にも無いので有り難みが解らんのです。」


俺のその言葉に、エルセリア姫は俯いていた顔を上げる。


「むしろ……、お相手がゴート族の姫君と聞いた時……、い、一緒に寝ていて、寝返りをうたれたらツノにぶつからないかなあ、と言う心配は……その、少しだけしてましたから、無いほうが安心して眠れる……というか、それ以外のことも、安心してできるかも知れません。」


「まあ、オズワルド様ったら。」


エルセリア姫は頬を染めた。


元々の肌の色が青白いので、彼女が頬を染めると花が咲いたようにぱっと明るくなる。


しかし、その後、急に顔がくしゃくしゃになり、はらはらと涙をこぼしはじめた。


しまった!


こんなおっさんと寝所を共にするという現実を改めて突きつけられ、ショックを受けてしまったようだ。


「い、いえ、姫がお嫌なら、当面の間寝室は別にしましょう。」


「違うんです。私……。オズワルド様が怒って帰ってしまったらどうしようって。私のせいで、せっかく終わった戦がまた始まったらどうしようって、ずっと……ずっと……! 嫌われなくて良かった!」


「嫌うだなんて、エルセリア姫。」


俺は思わず姫の手を取った。


「きゃっ。はわわわ……。」


エルセリア姫は涙とハナミズでぐしゃぐしゃの顔を再び赤らめた。


こんないたいけな姫ひとりにそんな重いものを背負わせているとは、人間も魔族も何とも身勝手で情け無い。


「お辛い日々を過ごされてきたのですね。こんな俺で良ければ、これから末長くお側にいさせていただきます。あ、いや、姫のパーソナルスペースを脅かさない範囲で。」


「オズワルド様……! 嬉しいっ!」


エルセリア姫は俺に取りすがって泣き出した。


わわわわわ!


わわわわわーっ!


ついこないだまで坊主だったので、女性に触れた経験など殆どない俺は内心激しく狼狽えたが、何とか表に出さないように必死で耐えた。


と、気がつけばエルセリア姫は、俺の腕の中ですうすうと可愛らしい寝息を立てていた。


奥さんと言うよりは、小動物のようだ。


不安やら緊張やらが解け、一気に疲れが出たのだろう。


初めて顔を合わせる俺に、ここまで気を許してくれるとは。


俺の胸は熱くなる。


今日のところは、このままゆっくり眠らせて差し上げよう。


シッポの有無は、おいおい確かめれば良いのだ。





お読みいただきありがとうございます。


引き続きお楽しみいただけたら幸いです。



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