その(22)いいんです。
しばらくして、はたと思いついた。
「エルセリア姫、お歌のお稽古はその後、どんな案配ですか?」
出し抜けな質問に、エルセリア姫は耳をぴょこっとさせたが、ばつが悪そうに微笑んだ。
「人間さんの歌は難しいですわ。なかなか上手に歌えませんの、まだまだ練習が必要です。」
「ちなみに、魔族の歌ではどんな歌が得意ですか?」
「私の歌える歌なんて、大した事ないですわ。領民の皆さまや家畜がケガや病気にならないようにしたりするくらいです。」
やはりそうか。
陶器の聖女像と一緒に聞いた、空耳のように聞こえたあの歌声はエルセリア姫によるものだったのだ。
そして、姫の歌声で、貧相な羊が虹色の雲のような美しい姿になったのだ。
しかも、「あれ」で、「上手に歌えない」とは二度びっくりである。
上手だったらあいつらどうなっていたんだ。
「それ、めちゃくちゃすごくないですか? 人間だったら聖女と呼ばれる人の能力ですよ。」
「聖女?」
恥ずかしそうに耳をひょこひょこさせていた姫の顔が曇り、声のトーンが下がった。
「そんな穢らわしい女人とは違いますけど。」
しまった、魔族からしてみたら、聖人、聖女はそういう扱いなのか。
「あ、いや、えっと、国や民を守護する役職って言うか?」
「ああ、巫女の事ですね。はい、そうです。そんな役割を担う巫女は私の故郷でもたいへんな誉れですから、良家の娘は巫女になるべく教育を受けるのです。採用試験合格を目指して家族一丸となって挑む姿は、戦に例えられるほど熾烈を極めるものなのです。」
受験戦争……。
「なるほど、ではエルセリア姫もそのようなお努めを?」
「いいえ。私は、ほら、残念令嬢ですから。」
「そんな!」
俺は憤慨した。
魔族のルッキズムも大概だ。
「いいんです。そのお陰でこうしてオズワルド様のお側にいられるんだもの。」
エルセリア姫は年寄りロバのテレサ・パンサの背の上でにっこりとした。
「エルセリア姫……。」
そんなふうに笑っていられる筈はない。
天から授かった力を磨く努力を惜しまず、ずっと鍛錬してきたのに、ツノが無いなどという、自分の力の及ばない理由で、誰からも期待されず、余計者のように扱われて。
そんなふうに笑っていられる筈はないのだ。
俺は道端に咲くピンク色のアネモネの花を一輪摘み、エルセリア姫の髪に挿した。
姫への尊敬や、狂おしいほどの愛しさを、こんな形でしか示すことができない自分が情けない。
ハーウィーなら、きっともっと上手くやることだろう。
けれど、姫は恥ずかしそうに、満足そうに、耳をぱたぱたさせた。
「今宵はこのお花を月にお供えします。きっと、良い子が授かる気がします。」
「はい。頑張りましょうね。」
俺たちは、そよそよと揺れる草原の中をのんびりと進んで行った。
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