その(21)やっぱ嫌だ!
「本当にチーズは良いんですか?」
「いいってば、もう。」
女の子に見送られ、俺とロバのテレサ・パンサは農家を後にした。
そうそう、次の現場に行く前に、放牧場にほったらかしにして来たエルセリア姫を回収に行かなければ。
しかし……。
放牧場の囲いのところまで行ってみると、なんと、エルセリア姫は、天から降りてきた無数の虹色の雲に囲まれているではないか。
何と神々しい姿! 俺は思わず手を合わせるも、瞬時に悟った。
エルセリア姫は、虹色の雲に運ばれ、天へ昇ろうとしているのだ。
ああ、やはり、この幸せがいつまでも続く筈はなかったのだ。
美しく尊いものは、この世に繋ぎ止めておくことはできないのだ。
ほんの短い間でしたが、貴女と共に過ごした日々を忘れません。
さようなら、エルセリア姫、どうぞお健やかに……。
俺は涙を流しながら心の中でそうつぶやい……。
「って、やっぱ嫌だ! エルセリア姫、行かないでーっ!」
俺は涙とハナミズとよだれをまき散らしながら、雲に囲まれているエルセリア姫に駆け寄った。
「めーめー。」
「めーめー。」
「あっ、オズワルド様、お帰りなさい。井戸のお水はどうなりました?」
「へ?」
近づいてよく見てみれば、虹色の雲に見えたモコモコしたものは、羊だった。
真っ白な羊毛が陽の光を受けて、虹色の光を返している。
なんだ、びっくりした!
羊どもめ、脅かすなよ! 食うぞ!
「オズワルド様?」
エルセリア姫が涙とハナミズとヨダレでぎとぎとの俺の顔を不思議そうにのぞき込む。
「あっ、いいえ、何でもありません。ちょっとハウスダスト的な? アレルギー的な? 姫こそ、羊たちとのおしゃべりはひと段落しましたか?」
「まだまだ話し足りないですわ。ねえ、皆さま。」
「めー。」
ガールズトークに終わりはないそうた。
そういえば、エルセリア姫は昨日から領民よりも牧羊とのコミュニケーションを望んでいたな。
「けれど、できるだけ多くの羊農家を回りたいと思っているので、この辺りで切り上げてはいただけませんか?」
「あっ、そうでしたね。他の羊さん達ともお話ししたいわ。それでは皆さま、お名残惜しいですけど、今日はこれで失礼しますね。」
「めー。」
エルセリア姫は羊たちに愛想を振りまきながら、モコモコをかき分け囲いの外側に来た。
しかし、改めて羊を見回してみたものの、何だかおかしい。
先ほど見かけた羊たちは、毛並みも悪く、貧相な姿をしていたのに、ここにいる彼らはそれこそ雲と見まごうほどだ。
一体どうしたことだ、俺の見間違いだろうか?
しかし、あの女の子は、借金の返済のために羊の大半を手放したと言っていた。
こんなに良い羊を売れば、医者代などすぐに返せそうなものだ。
兄さんが出稼ぎに行く必要などないのではないか?
首を傾げつつも、姫をテレサ・パンサの背に乗せて再び道を歩きはじめた。
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