その①宜しくお願いいたします。
自由恋愛が当たり前の一般人の感覚では信じがたい話かも知れないが、婚姻のその日まで、俺、オズワルド王子は妻となる魔族の姫エルセリアと対面する事はなかった。
銀のベールを頭から覆い、顔も見えぬままの姫と婚姻の儀を交わした晩、月明かりの落ちる寝室にて初めて互いの顔を見合わせたのだった。
これは、犯罪ではないか?
それが、エルセリアを見た時に初めて抱いた感想だった。
青白いが陶器のような艶やかな肌に、豊かな黒髪、整った顔立ちに、まつ毛に囲まれた黒目ばかりの大きな瞳、子やぎのような白い耳を恥ずかしそうに寝かせている。
そして何より
若い。
人間で言ったらまだ少女と言っても良いような見た目だ。
いやいや。
いやいやいや、さすがにこれはまずいだろう。
いくら相手は魔族で国の定めた婚姻とは言え、こんな美しく可憐な少女を娶るのは犯罪級に後ろめたい。
俺は恐る恐る尋ねた。
「失礼ですが、エルセリア姫はおいくつになられるのですか?」
「魔歴で10万17歳になります。」
……魔歴、ですか。
「あー、じゃあ、まあ、大丈夫っすね。」
「? はい、末長く宜しくお願い申し上げます。」
「お、お待ち下さい、姫、良いのですか? 婚姻の相手は王子と聞いていたのに、現れたのがこんなおっさんでガッカリしているのではないですか? もしも迷いがおありなら、手遅れにならないうちに本心を話して下さい。」
後ろめたさの拭いきれない俺はさらに尋ねる。
「政略結婚そのものを白紙にする事は叶いませんが、せめて相手をもうちょっと何とかしてくれとお考えならば、義理の弟が何人もいますから、その中からマシな奴を……。」
相手を心配すると言うよりは、自分が傷つかない為の予防線である。
しかし、
「いいえ。オズワルド様のお姿を見るまでは不安でしたが、お顔を見て安心いたしました。」
エルセリア姫はにっこりと微笑んだ。
か、かわいい……。
「オズワルド様を見ていると、昔工作の授業で作ったゴーレムを思い出します。庭に出しっぱなしにしていたら雨が降って土に還ってしまいましたが。だから、初めてお会いする気がしません。」
「ゴーレム、そうですか。」
かわいい姫だがやはり魔族だけのことはある。
審美眼が完全にイってしまっているようだ。
うん、良かった、ノー・プロブレム。
「それではエルセリア姫、こちらこそ末長く宜しくお願い申し上げます。」
こうして、俺、オズワルド王子と魔族の姫エルセリアは、人間と魔族の末長き和平の証として、夫婦となり、末長く幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
お読みいただきありがとうございます。
めでたしめでたしのまま続きますので、どうぞよろしくお願いいたします。