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プロローグ


「オズワルド様、オズワルド様、大変でございます。」


ある日の午後、エルセリア姫が血相を変えて執務室へ飛び込んで来た。


「どうなさいました? 姫。」


俺は執務の手を止め顔を上げる。


魔族の姫エルセリアは、青白く陶器のような艶やかな肌に、豊かな黒髪、まつ毛に囲まれた黒目ばかりの大きな瞳をふるふると揺らしている。


「南の地域ではもう一週間も雨が降っていないのだそうですよ。このまま日照りが続けば作物は育たずに飢饉になってしまいます。」


エルセリア姫は手紙を持った手を俺に突き出した。


「この季節は南方じゃ一週間やそこら雨が降らないくらいじゃ日照りとは言いません。それに、あの一帯は地下水が豊富ですから心配はいりません。」


しかし、エルセリア姫はそんな答えでは満足できないようだ。


腰に手を当て、厳しい顔で俺に詰め寄った。


「そんな事では困ります。オズワルド様は世界が滅んでも良いとおっしゃるの?」


「ちょっ、待って、何の話? 誰も世界の終わりの話なんかしていないじゃないですか。」


「これは、破壊への予兆です。 全てオズワルド様の努力不足のせいです!」


「ええええっ! 本当に何の話⁉︎」


「人間の国王のお子であり、元聖職者のオズワルド様と、魔族の娘である私、聖と魔の対局にある私達の結婚は平和の証、でございます。」


ああ、そういや、停戦協定で決まったこの結婚にはそんなような理由づけがされていたな。


しかし、


「それが何か?」


「つまり、私達が固い愛で結ばれていないとこの世界は破壊あるのみ、たちまち天変地異が起こり、未来は無いのです。南方の日照りはその予兆に違いありません。」


「いやいや、エルセリア姫、そう言う意味ではありませんよ。」


「いいえ! 故郷の姉からのこのお手紙も、私達の、いえ、オズワルド様の努力が足りないと批判の感じられる内容です。」


「いやいや、姉君は、外遊先では良いお天気に恵まれて、と書かれているではないですか。」


「暑くて日傘が手放せなかったって書いてあります!」


エルセリア姫の前世は犯罪捜査官か?


事件参考人の証言の裏を読むかのような疑い深さだ。


しかし、俺も必死にエルセリア姫の発言の裏を読む。


つまり、この姫は何が言いたいのかと言うと……。


「つまり、エルセリア姫は、夫である俺の愛が足りないと、こうおっしゃるのですね。」


「…………。」


エルセリア姫はコクリと頷いた。


「オズワルド様が政略結婚で嫌々仕方なく私と結婚をされたのは承知しております。」


「い、いや、確かに政略結婚だが、俺は別に嫌々とは……。」


「けれど、一度、結婚を決めたからには腹をくくって私を愛して下さらないと、困るではありませんか。」


「い、いやいや、腹をくくるような覚悟などしなくても充分に貴女を……。」


「きっと、今ごろ私は故郷の笑い者です。」


「エルセリア姫、話を聞いて……。」


「今ごろ、『ツノ無しはんぱ者の残念令嬢は人間の夫から愛されなくて世界を滅ぼしました』とか何とかいう小説が出版されているに違いありません!」


「エルセリア姫!」


俺は両手でエルセリア姫の顔を挟んだ。


「にゃっ。」


エルセリア姫の青白い頬がぱっ、と赤らむ。


「お、お、おじゅわりゅどしゃま……お顔が、ち、ちか、ちか、ちか……!」


「誰ですか?」


「にゃ、にゃ、にゃにがでしゅか?」


「俺の大切なエルセリア姫をはんぱ者だの残念令嬢だの呼んでいるのは誰ですか?」


「はわわ……大切な、わたくし……?」


「そうです!」


知らず知らずのうちに声が大きくなる。


姫をバカにする奴らがいるなどと聞いてしまえば、頭に血が上り、自分でも何を言っているのか分からない。


「俺だってもう戦はこりごりです。いつまでもこの平和が続いて欲しいと心から願っています。しかし、俺の愛する姫をそんなふうに嘲笑い、へんなモノを出版して利益を貪る罰当たりな不届き者がいるのなら、魔族だろうが人間だろうが刀の錆にしてやりましょう。さあ、そいつらの名前を言って下さい。」


「あ、あ、あ、愛しゅる、わたくし……、でしゅか……?」


しかし、真っ赤になったエルセリア姫はそれきり俯いて口をつぐんでしまった。


しまった、つい夢中になって何か余計なことを口走ってしまったようだ。


俺は心の中で自分に失望する。


ああ、俺はまだまだ未熟者だ。


エルセリア姫の言うとおり、俺達は政略結婚で計らずとも夫婦になった。


始まりがそうなのだから、彼女が不安になるのも当然なのだ。


おっさんの俺はエルセリア姫の美しさや愛らしさに気後れしてしまい、きちんと愛情表現ができないばかりに彼女を不安にさせてしまう。


どうすれば、この想いを伝える事ができるだろう。


そうだ。


俺は閃いた。


とてもとても不敬な事と思い、今まで遠慮していたが、試してみる価値はある。


俺は両手で挟んだ彼女の顔に自分の顔を近づけ、ビロードのようにツヤツヤした白く細長い耳元で囁いた。


「エルセリア。」


「んにゃっ! はわわわわ!」


「どうしました? エルセリア⁉︎」



……ぐったり。


 

エルセリア姫は果ててしまった。


「す、すみません! 親しみの情を込めつい呼び捨ててしまいました! 不快ですよね! 申し訳ありませんでした!」


俺はぐったりしつつも何故か幸せそうにしているエルセリア姫を抱え寝室へ走った。


愛する妻をこんな目に合わせてしまうとは、つくづく、俺は未熟者だ。


改めて、心の中で自分に失望した。



翌日、エルセリア姫の姉君より南方の外遊先で突然のスコールに遭い、お気に入りのドレスがぐしゃぐしゃになったと文句タラタラの便りを、エルセリア、もとい、エルセリア姫は幸せそうに読み上げてくれた。



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