第99話
(なに……あれ?)
突如ケントが取ってきた意味不明な行動。
その意味を計りかね、次に何をすべきか分からなくなる。
それも当然だろう。
今まで彼女が対峙してきた敵は、戦闘中にハンバーグが入ったタッパーを自分に向けてくる……なんてことは無かったのだから。
(マジックアイテム? それにしては魔力が感じられない)
僅かなマナと、水蒸気を検知するがそれだけである。
ケントの言うように、切り札になるとはとても思えない。
(それとも毒物?)
先ほどから、ケントとシリンダの戦いは一進一退だ。
ケントの使う謎の防壁は鉄壁であり、リヴァーサの儀式に付き合ってマナと魔力を消費した状態のシリンダの攻撃で貫くのは難しいだろう。
同時に、ケントはこちらへの攻撃をためらっている節があり、時間稼ぎという目的にはちょうどいい。
(ワーウルフに毒が効きにくいことは、この二人も知っているはず……!)
なにしろ、ねえさんは狼に変身できるのだ。
親である彼らがその特性を知らないはずがない。
(だとしたら、なにが目的?)
己に叩きこまれた戦闘セオリーから大きく外れた相手の行動。
その得体の知れなさが、シリンダの足を止めていた。
「あ~、良いなぁシリンダちゃん!
ケントおにいちゃんの手作りハンバーグ!」
(!?!?)
突然、カナと呼ばれた少女の声が背後から聞こえた。
いつの間にか、背中を取られている?
集中力が切れていた。慌てて背後に向き直るシリンダ。
「でもぉ、ケントおにいちゃんのお料理バリエーションは無限大!!
クリームコロッケにカレーライス!」
ダンジョンアプリを操作し、壁に立体映像を投影するカナ。
得体が知れないが、とても美味しそうな食べ物が映し出される。
(!?!?!?)
「それにぃ、手作りスイーツもたくさんあるよ?」
カナが背中のザックから取り出したのは……。
(くれーぷ!?!?!?)
ねえさんと食べた、とてつもなく甘く、蕩けるような魅惑の食品である。
なんでこんなところに!?
「ふっふっふ、もっとシリンダちゃんに食べてほしいなぁ♪」
「おっと、カナ! 俺のハンバーグが先だぜ?」
「えー、ずるいですケントおにいちゃん!
わたしだってお手伝いしたした手料理食べてもらいたい! ……チョコチップ乗せただけだけど」
「……それって、料理か?」
(なっっっっっっ!?)
正に前門のハンバーグ、後門のクレープ。
対処不能な攻撃を仕掛けられたシリンダは、ひたすらに混乱していた。
(く、こんなものっ)
これは自分をかく乱する精神攻撃。やはり戦力評価の高いケントから始末すべきだ。
そう判断したシリンダは地面を蹴り、ケントに向けて飛び掛かる。
*** ***
オオオオオンッ!
「来たっ!!」
俺とカナのグルメアタックに動揺したと思われるシリンダは、俺に襲い掛かってきた。
先ほどに比べて動きも遅く、混乱していることが見て取れる。
「ケントおにいちゃん!」
「まかせろ、カナ!」
俺は何としてもこの愛情料理を……この子に届けて見せる。
がばぁ!
真っ赤な顎を開くシリンダ。
人一人を飲み込んでしまえそうな魔狼の口へ、俺は躊躇なくタッパーを持ったままの右手を突っ込んだ!
ガシイィッ!
「ぐうっ!?」
肩が外れたかと錯覚するほどの衝撃。
10,000ポイントほどのダンジョンポイントを込めた障壁は、何とかシリンダの噛みつき攻撃を受け止めていた。
「……シリンダ」
務めて優しく語り掛ける。
俺の頭のすぐ横にある、巨大な狼の目。
キーファと同じ、鮮やかなマリンブルー。
ああそうか、やっぱりこの子はキーファの妹なんだな。
自然にそう思った。
「8年前、君を見つけてやれなかったこと……本当にすまなかった」
いくら実家と両親を失い、打ちひしがれていたとはいえ、あの時の俺はキーファと出会い、その愛らしさに夢中だった。
今考えれば、他にも転生してくる子がいたかもしれず、もう少し探したほうが良かったと思う。
だがすぐにその場を離れ、タクシーに乗った俺。その後、ダンジョンブレイクの跡地には2度と戻らなかった。
……じーちゃんの話では、跡地には慰霊碑が建立され、緑地公園になっているらしいけど。
「つらい思いもたくさんしてきたんだよな」
シリンダの目の上を、優しく撫でる。漆黒の狼の毛は、ふわふわと掌になじむ。
グルルルルルッ!
うなりをあげるシリンダだが、瞳の奥に僅かな動揺が見える。
「いくら謝っても足りないけど……俺とカナは、君の事も愛してあげられるんだ。
キーファと同じだけ、8年分の愛情をこめて……全力で!」
「そうだよ!!」
たまらずシリンダの頭に抱き付いて来るカナ。
ここでシリンダが本気で攻撃してくれば、俺たちはやられてしまうだろう。
だが……!
「感じてほしい。このハンバーグに込めた愛情を」
右手の先の障壁を消し、タッパーを傾ける。
たっぷりの肉汁を含んだほかほかのハンバーグ。
デミグラスソースが掛かったそれが、ぽとりとシリンダの舌の上に落ちた。
*** ***
必殺の噛みつき攻撃を受け止め、説得を試みてきた大屋ケントと大屋カナ。
自分の頭を撫でた二人の両手が、想定より優しかったことに僅かに動揺してしまったが、この程度の甘言に揺らぐ自分ではない。
必殺の間合いで、マナを使った魔狼の攻撃技を仕掛ければ……シリンダは腹の底に力を溜める。
ぽとり
その時、何か暖かい物体が舌の上に落ちてくる。
大屋ケントが取りだした、肉団子らしき物体。
大丈夫、たとえ猛毒や神経毒が仕込まれていても所詮あのサイズである。
巨大な狼に変身中のシリンダにとって有効打にはならない。
……だが。
ふわり
狼の敏感な舌と鼻は、肉団子に込められた芳醇な香りと味を察知する。
(!?!?!?!?!?)
それだけでなく、ソレに込められた想いまで……キーファと繋がることで流れ込んできた過去の記憶。
暖かで幸せな記憶が、シリンダの脳裏にあふれだした。
始めて手料理を食べさせてもらった日。
誕生日パーティでテーブルを埋め尽くす肉料理と甘味。
ダンジョン探索終わりに食べるプリンの甘さ。
その全てに無限の愛情が込められていて、料理に含まれている優しいマナが五臓六腑に染みわたっていく。
『ね? すっごく美味しいでしょ? シリンダちゃんもこれを食べられるんだよ? まいにち!』
どこからか、ねえさんの声が聞こえる。
(う、ううっ)
狼の両眼に、それぞれケントとカナが映る。
「おう、おかわりか!」
「わたしからも、とびっきりのデザートを!」
口の中に、新たな料理が詰め込まれる。
(あ、ああああああああっ!)
言葉よりはるかに強烈な、愛情が込められた味覚刺激。
シリンダは本能で分かってしまった。
この二人は、自分にもこの愛情を向けてくれると。
これは……失われてはいけないものだ!
がうっ
「おっ?」
「えっ?」
シリンダは両方の前足で二人をそっと押しのける。
しゅるるるるっ
そのまま、変身を解く。
人間の言葉で、二人と話してみたかった。
読んでいただきまして、ありがとうございます!
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