第98話
ウオオオオオオオオオオオオンッ!!
ぞっとするような咆哮を上げ、飛び掛かってくる魔狼。
ブンッ
あまりのスピードに、狼の巨体が一瞬ぶれる。
「くっ、カナっ!!」
「えっ!?」
シリンダがカナを狙っていると判断した俺はカナの前に身体を割り込ませ、ダンジョンポイントのエネルギーを全開にする。
グワッ……ガキイイイイインッ!
「ちっ!」
何とか噛みつき攻撃を弾くことは出来たものの、牙に魔力が込められていたのか数千ポイントのダンジョンポイントを使った防壁が一瞬で砕け散る。
「カナ、散開だ!」
「う、うんっ!」
カナに声を掛け、お互い反対方向にダッシュする。
幸い、現在いる場所は200メートル四方ほどの大部屋になっており、そこかしこに大岩が転がっていて身体を隠す場所には苦労しない。
ギャオオオオオン!!
俺たちの姿が見えなくなったからか、苛立ちの咆哮を上げるシリンダ。
狼に変身したワーウルフは、一部のスキルを除き魔法が使えなくなる。
エルダードラゴンを消し飛ばしたときにキーファが使ったマナ光線(?)は脅威だが、基本的に広域破壊手段を持たなくなるので俺とカナを同時に攻撃する事は出来ない。
(どうする……!)
ダンジョンアプリには、まだ100万以上のダンジョンポイントが残っている。
15分後には追加のダンジョンポイントが補充されると楓子ちゃんから連絡があった。
シリンダが変身した魔狼がキーファのソレに比べ、2倍の力を持つと仮定しても、手持ちのダンジョンポイントの半分をエネルギーに変え、ビームとして放てば倒すことが出来るだろう。
ダンジョンアプリに残されたキーファの変身記録から治次郎さんが変身後のステータスを計算してくれたので確度の高い情報と言える。
(だがっ……!)
シリンダはキーファに残されたただ一人の血を分けた妹である。
ここで俺がシリンダを倒してしまえば、キーファは深く傷つき、悲しむだろう。
8年前のダンジョンブレイクで両親を失った俺。
同じ悲しみをキーファに味合わせる事なんて、出来るわけがなかった。
「でも、このままじゃ!」
ガオオオオオンッ!
俺に向けて放たれた光線攻撃を右手に集中させたダンジョンポイントのエネルギーで弾く。相殺しきれなかった余波で二割ほどのHPが削られる。
「ケントおにいちゃん!?」
「大丈夫だ!」
手持ちの回復アイテムでHPを全快させる。
切り札の全回復スキルもあるし、シリンダの攻撃を凌ぎ続けることは可能だろう。
問題は、刻一刻と浪費されていく「時間」だ。
ピピピッ
その時、ダンジョンアプリ内の『キーファ見守りアプリ』が警告音を立てる。
「!?!?」
表示されたシグナルは、赤。
強い発作を引き起こす、甚大なマナバランスの崩れがキーファの体内で起きている。
「くっ!?」
キーファの身に、何かが起きた?
目の前が真っ暗になる。
もう一刻の猶予もない。やるしか、ないのか。
俺は……覚悟を決めることにした。
--- 同時刻、UGランクダンジョン最深部
「ダンジョンカタストロフ、フェーズ2……予備発動を確認!」
魔術スクロールに換算して数千本に及ぶ超大規模術式。
それを高次元魔術領域から引き出し終えたリヴァーサは大きく息を吐く。
「あと十分もすれば、必要なマナも貯まるか」
最終フェーズに向け、少し休憩しておく必要があるだろう。
リヴァーサは額に浮かんだ汗をぬぐうと、手近な壁に身体を預けるのだった。
(ぐううううううううううっ……うぁ?)
狼に変身した自分の体を蝕む激痛と拘束。
それが一瞬変化した。
どくんっ
(きゃあっ!?)
悪い意味で安定していた拘束が少しだけ緩み、心臓が大きく脈打つ。
(はあっ、はあっ)
身体に大きなダメージを受けた気がするが、ようやく周囲を見る余裕が出来た。
狼さんになると大きく視角が広がる。
隣を見ると、いつの間にかシリンダちゃんがいなくなっていた。
(んんっ?)
マナの痕跡を追ってみる。どうやら上の階層に行ったみたいだ。
(って、ぱぱとカナおねえちゃんだ!)
こちらに近づいてくる、暖かくて大好きな二人のマナ。
ぱぱとおねえちゃんが助けに来てくれた!
二人のいる場所に意識を集中させるキーファだが……。
(え、シリンダちゃんと……ぱぱ!?)
狼に変身したシリンダちゃんと、ぱぱが対峙している。
もしかしたら、戦っているのかもしれない。
(っっ!?)
次の瞬間、ぱぱのマナが変化した。
キーファに向けられる暖かさではなく、敵さんを倒すと覚悟した時の力強いイメージ。
ブウウウウウウウンッ
ダンジョンポイントのエネルギーが、膨れ上がっていく。
(だ、だめっ!)
まさかぱぱは、シリンダちゃんを倒そうとしている!?
慌てたキーファは、ぱぱに向けて思念を飛ばす。
さっき妹と繋がった時に見えた、過去の映像を……。
--- 同時刻、UGランクダンジョン中層部
シリンダを止める……いや倒すため、ダンジョンポイントを練り始めた瞬間。
「ぐううっ!?」
こめかみに激痛が走る。
い、いったいなんだ!?
視界がぶれ、まるでVRゴーグルをつけた時のように周囲の風景が切り替わる。
*** ***
『……これが実験体W-2015199号ですか』
こちらを見下ろす、白衣姿の眼鏡の男。
自分は冷たい床に座らされ、手足には重りが付けられている。
手足は短くか弱い。3~4歳くらいに見える。
『まったく、ダンジョンカタストロフに似た事象の確認に極東まで出向いたというのに、とんだ無駄足だったわぁ。ここまで成長させるのに苦労したが……せめてもの土産だ。純粋種のワーウルフ、しかも神狼に近い血筋だと推測される』
隣には、派手なスーツを着たエルフ族の女。
いや、夕闇のような浅黒き肌……ダークエルフというヤツか。
『ほう、その系統がいまだ残っていたとは驚きですな……しかも転生枠に選ばれるなんて』
『ふん、どうせ始祖辺りの差し金だろう。平等に、とは片腹痛い』
『まったくです』
『手駒として鍛えろ。どこかで使えるやもしれん』
『御意』
そのまま女はどこかに行ってしまった。
『まずは身体検査と魔力励起だ。こちらにこい』
そのまま実験室らしき場所に連れていかれ、怪しい機械を取り付けられた。
その後に行われた「検査」は……言葉にできないほどに恐ろしいものだった。
*** ***
『おい、飯だ!』
目の前に放り投げられる、カサカサになった黒パンと、しょっぱいベーコン。
『マナ薬を飲むのも忘れるんじゃねぇぞ?』
僅かな水と共に渡された数状の錠剤。
きつい発作が起きるので飲みたくなどなかったが、飲まないと殴られるのだ。
日夜繰り返される激しい訓練と足りない食事。
普通なら参ってしまう所だが……少女、シリンダはワーウルフ族であり、強かった。
野外訓練の合間、獣を仕留めて食べることを覚えた。
敵を倒すたび、心は氷のように凍てつき何も感じなくなる。
そのうちシリンダは、組織でもトップクラスの能力を持つようになった。
これで適齢期を迎え、狼に変身できるようになれば組織の切り札になる。
そんな称賛の言葉は、シリンダにとってどうでもいい事だった。
また、幼い少女であり対象の警戒心を和らげる愛らしさを持った彼女は、様々な潜入・偵察任務に使われるようになる。
ちりっ
……だが、街中で幸せそうな親子を見るたび。
暗殺対象に取り入るために演技を続けるたび、彼女の小さな心がきしむのだ。
『これがほしい』
そして、キーファと出かけた街のクレープ屋さん。
甘く蕩けるクレープを口にした瞬間、彼女は感じてしまったのだ。姉がうらやましい、と。
*** ***
「……くっ、はあっ!?」
ようやく幻覚が途切れ、びっしりと汗をかいた俺は大きく頭を振る。
現実の時間は1秒も経っていないらしい。
魔狼は、先ほどいた場所から動いていない。
「……なんだったんだ?」
さっき見えたのは、シリンダの過去?
キーファとは正反対の人生を歩んできて、ようやく出会ったワーウルフの双子。
キーファのたった一人の肉親。
しゅううううっ
せっかく練っていたダンジョンポイントが霧散していく。
キーファを助けるためには、魔狼を排除しなくてはならないのに。
決心が鈍る。
その時、最後の後押しが俺の頭の中に届いた。
『ぱぱ、カナおねえちゃん! おねがいっ! シリンダちゃんを……いもうとを助けてあげてっ!』
「!!」
「ケントおにいちゃん!」
今度はカナにもはっきりと届いたようだ。
最愛の娘からの、切なるお願い。
そんなの……パパとして、叶えるしかないじゃないか!
「カナ! フォローを頼む!!」
「うんっ!」
俺は大きく息を吐くと、ザックを床に降ろし、中から【切り札】を取り出す。
俺たちとシリンダは、今日が初対面だ。
どれだけ言葉を重ねても、シリンダの凍てつく心を溶かすことは難しいだろう。
「だが、コイツならっ!」
厳重に封印されたミスリル銀製の保温器から取り出したのは、タッパーに入ったホカホカの手作りハンバーグ。
キーファが2歳のころ。徐々に強くなる狼の因子のせいか狂暴になり、俺の言葉に耳を貸さなくなった時期があった。その時のキーファの心を開いた、大屋家晩飯ランキング不動の第一位!
母さんのレシピを参考にした、最強の愛情手料理だ。
キーファに食べさせてやるため、ここまで持ってきていたが……この最強手料理を、シリンダに振舞う。
料理に込められた愛、それを彼女が感じてくれれば……!
「シリンダ、最後の勝負だ!!」
俺はタッパーに入ったハンバーグを高々と掲げる。
が、がうっ!?
魔狼の青い目が、僅かにたじろいだ。
書籍版第一巻、いよいよ明日発売です!
各アニメショップなどには本日くらいから並ぶと思いますので、よろしくお願いします。
また、
オーバーラップ広報室様に作品の詳しい紹介と
特設サイトを作って頂きました!
ぜひこちらもご覧くださいっ!
https://over-lap.co.jp//narou/824009722/
https://blog.over-lap.co.jp/site_manamusumenodanjonhaishin/




