第97話
グオオオオオオオオオンッ!!
漆黒の魔狼が咆哮を上げ、ダンジョン全体がビリビリと揺れ、質量を持っていると錯覚するほど濃密なマナが、俺の全身を貫く。
「ちっ!?」
「きゃあああっ!?」
本能的な恐怖が、身体の奥底から湧き上がってくる。
優しく、すべてを包んでくれるようなキーファの遠吠えとは正反対だ。
ワーウルフ族の使う固有スキルの一つであり、ランクの低いモンスターはこの咆哮を聞くだけで消滅してしまうとか。
全く可愛くないスキルなので、もちろんキーファは習得していない。
だがこのスキルを使うという事は、間違いなく目の前の狼はワーウルフ族が変身したものだ。
「くっ……シリンダ、お前はキーファの妹なんだろ? 何故リヴァーサに協力する!」
この狼がキーファに匹敵する力を持っていると仮定した場合、簡単に倒せる相手じゃない。
キーファの所には、ラスボス……リヴァーサがいるだろう。
強力なボスモンスターが出現するだろうし、ここでシリンダと争いたくない。
「!! そうだよ! キーファちゃんの妹なら、わたしの娘でもあるんだよ!」
俺の隣に立ち、魔狼に向けて両手を広げるカナ。
キーファの話では、学校での彼女は不愛想で感情を表に出さない。
だが、放課後一緒に出掛けた時、彼女はクレープの甘さに微笑んだらしい。
シリンダが、少しでも姉であるキーファに親愛の情を感じてくれていたのなら。
彼女が不本意な形でリヴァーサに服従を強いられているのなら。
「そうだ! 俺たちと一緒に、幸せに暮らそう? 4人で!」
説得が出来るかもしれない。
キーファの双子の妹なら、分かってくれるだろう。
そうだ、敵はキーファと同い年の少女をかどわかすような悪党なのだ。
俺はじーちゃんから聞いた敵組織の事を思い出していた。
全てのダンジョンを破壊し、世界をあるべき姿に戻す。
狂ったとしか思えない目的を掲げ、各地で破壊工作を繰り返すテロ組織シーヴァ。
Tokyo-Zeroで起きたレイドボスの暴走、大規模ダンジョンブレイクも連中が引き起こしたことが分かっている。
組織の首領であるリヴァーサは、このUGランクダンジョンとキーファの力を使いとんでもないことをしでかそうとしている。
(まったく、何が目的なんだ!)
ダンジョンからもたらされる魔石や素材は第五次産業革命とも称されるインパクトを世界中に与え、今や世間で利用されるエネルギーの7割は魔石経由で生み出されているし、モンスターから取れる素材と現代技術を組み合わせて作られた製品は世界中に普及している。
(亜人族も普通に暮らせている)
ダンジョンが出現した直後、亜人族が転生し始めたころは様々な軋轢があったらしい。
人間とは異なる風貌、大きな魔力を持つもの、怪力を持つ種族もいた。
特にダンジョンがほぼ出現しなかった北中米などでは大規模な紛争もあったらしい。
だが、ダンジョンアプリの開発やリミッターの設定、何より亜人族の頂点と言われる”始祖”とG7首脳との直接交渉にて、彼らが持つ魔法技術の提供と引き換えに、ダンジョン利用のルールと亜人族に対する人権の認定が決議された。
元々見目麗しい種族が多かったこともあり、彼ら彼女らは急速に世界になじんでいった。
いまでは転生組の亜人族と、この世界の人間との間に生まれた第二世代も数多い。
キーファのクラスにも数人のエルフ族がいる。
いまさらそんなことをして何になるのか!
しかも俺たちのキーファを巻き込むなんて!
「な、シリンダ! そんな悪者の所になんていないで、キーファと一緒に俺たちの所に来い!」
「そうだよ! ねっ! キーファちゃんと一緒なら、絶対毎日楽しいよ!」
早くキーファの所に行かなければ。
そう焦る俺とカナは、漆黒の魔狼に向かって呼びかけ続けた。
*** ***
(…………)
リヴァーサから命じられた、ケントたちの足止め。
リヴァーサの最終目的がどこにあるのか、自分がどうなるのか。
正直興味はなかったが、彼らには興味が湧いていた。
UGランクダンジョンに向かう船の上で、垣間見た”家族”の形。
キーファ……ねえさんに注がれた限りない愛情。
それを与えた二人を一目見てみたい。
始めて自分の中に生まれた欲望に従い、シリンダはここまでやった来たのだ。
相手の出方によっては、変身を解いてぎゅっとしてもらう。
そう思っていたのに!
(なにこれ……なにこれなにこれなにこれ!)
目の前の二人は、ねえさん(キーファ)の事しか話さない。
少なくとも、シリンダにはそう感じられた。
ねえさんを助けるため、とりあえず自分を丸め込もうとしている。
あの家庭の暖かさは、自分には向けられない!
(うううううううっ~~!!)
そう自覚してしまうと、凄まじい焦燥感がお腹の中から登ってくる。
頭は熱を持ちクラクラとする。
こんな情動は初めてだ。自分の感情を制御できない。
それが”嫉妬”という感情なのだと、まだシリンダは知らない。
グオオオオオオオオオオンッ!!
(ねえさんばっかり!!)
ウオオオオオオオオオオオオンッ!!
(私には、気付かなかったくせに!!)
8年前のあの日、自分が転生するのが5分早ければ。
愛情を向けられていたのは自分だったんだ。
だんっ!
「「!?!?」」
激情にかられるまま、シリンダはケントとカナに向けて飛び掛かった。
書籍版1巻、もうすぐはつばい!
10月25日は本屋さんにだっしゅだ~(キーファ談)!
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