第96話
「ダンジョンカタストロフ相転移術式フェーズ1の発動を確認」
ヴィンッ
紫色をした八角形の魔方陣が幾重にも重なりあう。
”始祖”に検知されないよう、ひそかに準備してきた禁呪に類する術式が、確実に発動していく。
こちらの世界の人間には到底理解できないであろう、精緻な術式に魔力とマナを慎重に流し込む。
オオオオオオオオオオンッ!!
グオオオオオオオオオオオンッ!!
ともすれば、暴走する危険を孕むマナの奔流を制御しているのはシリンダとキーファが変身した二頭の狼。
神話時代に存在したという神の一体、フェンリルにルーツを持つと伝承に記されている特別なワーフウルフの一族。
さらに、ワーウルフ族には希少である双子である。
正にリヴァーサに事を成させるため、魔の神が遣わした使者としか思えなかった。
「とはいえ、少し時間が掛かるわね」
中間フェーズであるフェーズ2の発動には、莫大なマナが必要である。
UGランクダンジョンの奥から吹き上がるマナの属性分布は安定しており、二頭を両方ここに張り付けておく必要はないだろう。
どのみち、最後の第三フェーズでは二頭ともマナストリームに同化させ使い潰すのだ。
アーカイブからフェーズ2、3の術式を引き出し、展開する作業は大変に集中力が必要な作業である。
『イレギュラー』どもに邪魔されたくない。
「……シリンダ。侵入者どもを迎撃しろ。但しフェーズ3の発動までには戻ってくること。まあ、お前の力をもってすれば、一瞬で片付くでしょうけどねぇ」
グオン
漆黒の魔狼は小さく頷くと、その巨体を翻しダンジョンの中層へと向かう。
「……よし」
これで問題ない。
万一大屋凱人や始祖が出張ってきたとしても、UGランクダンジョンのマナストリームを受けて能力が上昇しているシリンダは止められまい。
全てが順調。
リヴァーサはニヤリと表情をゆがませると、フェーズ2の準備を進めるのであった。
--- UGランクダンジョン中層部
「突入からすでに30分……急がないと!」
ドゴォ!
眼前に現れたヒドラを、ダンジョンポイントパンチで消し飛ばす。
「ケントおにいちゃん、うしろっ!」
ザンッ!
先を急ぐあまり、背後への注意がおろそかになっていた。
天井に張り付き、死角から襲い掛からんとしていた飛びドラゴン二体をカナの奥義が斬り飛ばす。
「っと!? サンキュー、カナ!」
飛びドラゴンに後れを取る俺じゃないが、不意打ちをくらうと防御が間に合わなくて筋肉を傷めることがある。
例えば足を負傷すればキーファがいると思われる下層部への到達が大きく遅れてしまう。
(しっかりしろ、俺!)
知らないうちに視野が狭くなっていた。バチンと頬を叩き気合を入れる。
今の俺は一人じゃない。
俺と同じくらい娘であるキーファの身を案じ、愛情を注いでくれる最強の嫁、カナがいるのだ。
「へへっ、お……お嫁さんとしてあなたの背中はしっかり守ります!」
顔を真っ赤にして宣言するカナ。
本当に頼もしい……彼女と一緒なら絶対にキーファを助け出せる。
その思いを強くした。
「……それにしても」
刀身に付着した脂をぬぐいながら、首をかしげるカナ。
「どうした?」
「いえ、先ほどからモンスターの出現頻度がおかしいような」
頬を染めた可愛い表情から一転、きりりとした上位探索者の顔になるカナ。
探索者養成校を出ておらず、使えるスキルが少なくダンジョンの専門的なことにはさっぱりな俺である。
豊富な知識を持つ(学校の勉強以外)カナがこう言うのだから、異変が起きているのだろう。
「これほど濃いマナを持つダンジョンです。もっとたくさんのモンスターが出現するはずです。でも、奥に行くほど出現回数は減り、モンスターのランクも下がっています」
「”敵”が退治したとかじゃね?」
「それにしては、残骸が見つからないのが不自然です。まさか、大規模ダンジョンで出現したモンスターの魔石や素材をすべて持ち帰っているとは考えにくいです」
「確かに……」
モンスターの種類にもよるが、魔石は野球のボール~バスケットボールくらいの大きさがある。
ドラゴン種ともなると素材の採れるボディも巨大になるので、価値の高い部位だけ持ち帰るのが普通だ。
どちらにしろ倒されたモンスターは1時間ほどで消滅(カナ曰くマナに還元されるらしい)してしまうので、回収用の専門車両でも持ち込まない限り、大量の素材を持ち帰るのは難しい。
「これでは、まるで……」
ひゅおおおおおっ
カナが何かを言いかけた時、風が吹くはずのないダンジョン内で、確かな空気の動きを感じる。
「うっ!?」
「きゃあっ!?」
ぞわりと悪寒を覚えるほどの禍々しいマナの流れ。
どがあっ!
ダンジョンの床を突き破って、そいつはいきなり現れた。
ウオオオオオオオオオオオオオオオンッ
「なあっ!?」
「こ、これはっ!?」
体長10メートルはありそうな、巨大な狼。
全身が漆黒の体毛で覆われており、耳と尻尾の先だけが白銀に輝く。
間違いない、この狼は……ワーウルフの変身した姿!
キーファとずっと接してきた俺には分かる。この狼は、モンスターとは異なる存在。
「け、ケントおにいちゃん……この子ってもしかしてキーファちゃんの……」
「ああ。妹、だ」
シリンダと呼ばれたワーウルフの少女。
キーファとは双子であり、生き別れの妹。
その子が変身した魔狼が、俺たちの前に立ち塞がったのだ。
書籍版1巻、10月25日発売となります!
ぜひ貴方の本棚に加えてくださいね!
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4824009723




