第95話
「うふふふふふ、いいわぁ♡
古の伝説に謡われ、魔神とも称された双児の神狼。
御伽噺だったはずのソレが、我のモノになるなんて! これで……やっと!」
雄たけびを上げる二頭の狼に向け、うっとりとした表情で両手を広げるリヴァーサ。
オオオオオオオオオオンッ!!
グオオオオオオオオオオオンッ!?
魔狼と神狼。
凄まじい音量の遠吠えが互いに干渉しあい、ダンジョンの壁をビリビリと震わせる。
ドスッ
耐えきれなくなったダンジョンの外壁が崩れ、足元に落ちてくる。
「ほ、本当に大丈夫なのかこれは……」
UGランクダンジョンの真のポテンシャルを励起する。
リヴァーサ殿はそう語っていたが、目の前で繰り広げられる光景はジルが今まで体験したことが無い異常さだった。
ごばあっ!
ダンジョンの床にひびが入り、膨大な量のマナが吹き上がる。
はっきりと目に見えるほど濃度が濃いそれは、禍々しさを感じる赤黒に染まっており、大蛇のようにのたうつ。
「くっ!?」
その先端が自分の方に向かってきて、思わずその場を飛びのくジル。
「り、リヴァーサ殿?」
狂ったように笑い声をあげるダークエルフの女に声をかけるが、返事は返ってこない。
「大丈夫、大丈夫なはずだ」
ジルが今まで行ってきたダンジョン励起実験では、探索者を『喰わせる』事により、ダンジョン内のマナバランスが変化。
そのバランスを元に戻すために大量のマナが地殻の奥深くに封じられたマナストリームから噴出する。
そいつが結果的にマナから生まれる魔石の純度を上げ、より高レベルのモンスターが出現するようになり高価な素材を入手できるようになる。
それがジルのたどり着いた結論であり、確度の高い理論だ。
「だが、これは……」
ダンジョンが『励起』状態になった際には、各属性のマナがバランスよく噴出する。
その光景はどこか瑞々しささえ感じるような活力にあふれるものだ。
ズオオオオオオオ
だが目の前で繰り広げられるそれは、生理的嫌悪感を感じさせる禍々しさ。
まるで、《《この世界の》》生物全てを否定するような……。
ピリリリ
その時、スーツの内ポケットに入れたスマホが呼び出し音を立てる。
「こんな時に、誰だ!?」
発信者は、新たに雇った秘書の男。
使われている回線は、緊急用の非常回線。
よほどのことが起きない限り、連絡しないように言い含めてあった。
「何が起きたというのだ」
目の前で繰り広げられる異常な光景から目を背けたい心理も働いたのだろう。
舌打ちをしながら回線をつなぐジル。
『じ、ジル様! と、当社の所有するダンジョンA-1号が……!』
「なんだ、報告は簡潔にしろ!」
いつも冷静沈着なこの男にしては珍しい。
苛立つジル。
だが、続けて秘書の言葉から伝えられた事実は、雷のようにジルを打ちのめした。
『ダンジョンA-1号が、突如……崩壊しました!!』
「な、なんだとおおおっ!?」
ジルの絶叫は、さらに大きくなるダンジョンの振動音に飲み込まれていった。
*** ***
===== 同時刻。UGダンジョン上層部
「じゃまだ、どけえええええええっ!」
ドゴオオオオオオンッ!
全力ダンジョンポイントパンチが、岩陰から現れた大トカゲ二匹を吹き飛ばす。
「いやあのあれ、グレートドラゴンにエルダードラゴン……」
「急ぐそ、カナ!」
「う、うんっ!」
立ち塞がるモンスターが何かなんて、見ている余裕はない。
俺はカナを抱き上げると、一気にその場から跳躍する。
「ひゃああっ!?」
モンスターの群れを飛び越え、中層部へつながる竪穴の近くへ。
「ぎ、ギガバースト!」
ズッドオオオオオオオオオンッ!
間髪入れずに放たれたカナの爆炎魔法が、モンスターの群れをきれいさっぱり吹き飛ばす。
「え、えぇ……」
「ナイスだ、カナ!」
凄まじい威力に少々引き気味のカナだが、俺のパンチは多数のモンスターを相手にするには向かないからな。
さすが、綺麗で頼りになる俺の嫁だぜ!
「ひゃ~~~! い、急ごうケントおにいちゃん!」
「おう!」
顔を真っ赤にするカナは可愛いが、一刻も早くキーファのもとにたどり着く必要がある。幸い、キーファ見守りアプリ(治次郎さん製)は彼女のバイタルを変わらず送ってくる。
キーファが無事な証だが、いつ連中がキーファに危害を加えるか分からない。
「よっと」
焦る心を落ち着かせ、背中のザックから垂直降下キットを取り出し、ロープとカラビナで俺とカナをしっかりと固定する。
この竪穴は深さ数百メートルあり、さすがに飛び降りることはできない。
ロープを自動送りモードにし、縦穴を降りていく。
「よし、この時間を使ってステータスを確認しておくぞ」
「う、うんっ……って、アレ?」
開いたステータスを見て、首をかしげるカナ。
先ほど+5000したはずの攻撃力は、すでに半分ほどになっていた。
「うーん、ダンジョンポイントを使ってステータスを上げ過ぎると、どうしてもこうなるんだよな」
数日、数週間おきに分けて上げればこうはならないのだが、一度に大量に上げると時間経過で上昇分が減ってしまうのだ。
「ま、マナキャパシティが影響しているのかもですね」
「え、なにそれ?」
カナの話によると、探索者にはそれぞれマナキャパシティと呼ばれるステータスの上昇上限があり、加齢やダンジョンに潜ることによって徐々に増えていくらしい。
ダンジョンポイントで一時的にその上限を突破する事は出来るが、ステータスに安定せず揮発するのではないかと。
「まあ、フツーそんなことをする人はいないので仮説ですけど」
「ふーん、まあそれなら何回もチャージすればいいか!」
ぴっ
俺はダンジョンポイントを使って各ステータスを+1000する。
「みぎゃー!?」
「お、底まで残り100メートルほどか。これくらいならダンジョンポイントのパワーで衝撃を吸収できるな」
「……へっ?」
俺は遠隔操作で垂直降下キットのロックを外す。
「いくぞ、カナ!」
「ちょ、ま!? ひょおおおおおおおおおおっ!?」
カナの悲鳴と共に、俺たちは中層部へとたどり着くのだった。




