第93話
「シリンダ、”巫女”の様子はどう?」
「……問題ない。多分もうあきらめてる」
「ふふ、それならいいわ」
専用機で羽田を飛び立ってから12時間。
シーヴァの総帥であるリヴァーサたちは、グレートバリアリーフ内にあるUGランクダンジョンへと向かっていた。
ドッパアアアアンッ
珊瑚海は珍しく荒れており、クルーザーの舳先が波頭を砕き船全体が大きく揺れる。
空は厚い雲に覆われ鼠色で、これから行われる陰謀の恐ろしさを暗示しているようだ。
「…………」
さえない天候と連動するように、シリンダの内心も平常心とはいかなかった。
(ねえさんが育ってきた……”家庭”)
キーファに悪夢を見せるため、先ほどまで精神感応スキルを使っていたのだが。
(温かかった……”うらやましい”)
同族だからか、はたまた双子だからか、もしくはその両方か。
精神感応の感度が良すぎたのだ。
キーファの見ていた夢は、まるで自分が体験したことのようで。
思い出がどんどんあふれてくる。
(8歳の、お誕生日)
ケントが買ってきたでっかいケーキに立てられたローソクを一息で吹き消す。
『ふうぅ~っ!! って、わわっ!?』
勢いが付きすぎて、鼻の頭とほっぺにクリームが付いてしまった。
『ははははっ! そんなに急がなくてもケーキは逃げないぞ?』
『えへへ、ありがとうぱぱ!』
ケントが拭ってくれたクリームをぺろりと舐める。
とても幸せな家族の一コマだ。
(少しだけ、前)
大好きなカナおねえちゃんが、ぱぱと結婚した。
『今日からわたしが……キーファちゃんのお母さんだね!』
『うんっ! ずっとずっとよろしくね、まま!!』
『ふおおおおっ!? 可愛すぎる!!』
ぎゅっ!
自分を抱きしめてくれたカナのぬくもり。
『はやく妹か弟が欲しいな~♪』
『『ぶふぉおっ!?』』
むせる両親に、笑い声が漏れる。
幸せが約束された、家族ノカタチ。
『ね、シリンダちゃんも一緒になろうよ』
「!?!?」
突如脳内に、キーファの囁きがこだまする。
シリンダは狼耳を絞ると、ぶんぶんと頭を振ってその誘惑を振り払った。
(ううっ……)
彼女の小さな胸は、千切れそうなほどかき乱されていた。
*** ***
「史上初のワーウルフの双子か……」
クルーザーの船室に座り、独りごちるジル。
あの大屋ケントの娘と、リヴァーサ殿の駒で新たに義娘としたシリンダが双子だという事実にも驚いたが、更に驚愕したのは二人が共鳴した時に発する力だ。
膨大な力を持った彼女たちが同時に狼に変身することで、その力が強くなる。
限界まで増幅された力は、ダンジョンに大きな影響を与えるらしい。
「ダンジョンの”根源”を”励起”する力……か」
リヴァーサ殿はダンジョンストリームだとか何だとか言っていたが。
「要は、ダンジョンに探索者を”喰わせた”時と遥かに上回る効果を」
このワーウルフの双子はもたらすのだ。
「惜しむらくは、一度使えば廃人同然になるという事だが」
世界最高ランクのダンジョンが、とてつもない魔石を生み出す鉱山に変わる。
リヴァーサ殿の口利きもあり、裏社会から資金を募りダンジョンの所有権を買い取る準備も着々と進んでいる。
「ふ、このオレが世界最強の富豪となるのだな」
元義娘がなんだと配信がなんだとこだわっていた頃が懐かしい。
「こんなとこにいたのね、ジル」
リヴァーサ殿が、甲板から船室に降りてくる。
「始めましょう、私たちの輪舞を」
差し出されたリヴァーサ殿の手を取る。
この先に、人生最高の成り上がりが待っているはずだった。
*** ***
(ようやくここまで来た)
UGランクダンジョンのある小島に、シリンダとキーファを連れて上陸する。
強力なティム効果を持つ秘薬で、すでにキーファは傀儡と化している。
ごつごつとした岩場を歩き、件のダンジョンへと向かう。
大規模なダンジョンブレイクの発生により、深層と繋がった大穴。
リヴァーサの計画の贄とするには最適だった。
(”始祖”め)
主観時間で、何年前になるだろう。
リヴァーサら亜人族が暮らしていた世界とこの世界が”融合”した時、奴はこの世界の人間どもに従属して生きる道を選んだ。
圧倒的な人口の差があったとはいえ、魔法にスキル……個人の能力はこちらがはるかに上だったのだ。
それなのに、始祖は”マナストリーム”を取り出すことのできるダンジョンが各地に出現するよう儀式を行い、魔法やスキルをこの世界の人間どもにも分け与えた。
(身の程を弁えさせないとね)
ダンジョンカタストロフを起こし、すべてのダンジョンを”塞ぐ”
世界の主導権を我ら亜人族に取り戻すのだ。
そのために、このワーウルフの双子を使うのだ。
リヴァーサは昏い笑みを浮かべ、UGランクダンジョンの中に入っていくのだった。
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