第92話
「おう、来たかケント!
出発準備は完了しておるぞ!!」
キイイイイイインッ
甲高いエンジン音に負けない大声で叫ぶじーちゃん。
既にフライトジャケットを着ており、俺も協会のスタッフさんからフライトジャケットとヘルメットを受け取る。
「ほら、カナの分だぞ」
「あ、あうあうっ? わたしは何を?」
混乱したまま、フライトジャケットを身に着けるカナ。
「ケント様! 風間財閥の総力を結集し、とりあえず500万ポイントほど口座にぶち込みさせていただきましたわ!
明日以降も随時! 投げ込ませて! 頂きますわ!」
「ありがとう!」
「ええええええっ!? ご、500万ポイント!?」
ダンジョンアプリのポイント残高が大幅に増える。
何しろ敵の総本陣に殴り込むのだ。
ステータスはいくらでも欲しかったし、ダンジョンポイントも多くいるだろう。
「大は小を兼ねる!」
「兼ねすぎいいいいいっ!?」
「それはそうとケント様。
あれほどの素材、全部頂いてよろしいんですの? 思わず風間財閥が世界を獲ってしまうかもしれませんが」
「いくらでも獲ってくれ!!」
「畏まりましたわ!!」
「うおおおおおおいっ!?」
リミッターが解除された楓子ちゃんの勢いは止まらない。
カナのツッコミを受けながら、じーちゃんが準備してくれた自家用ジェットに向けて歩みを進める。
「え、これって?」
駐機場に鎮座していたのは抜き身の刀を思わせる、流線型のシルエット。
巨大なエンジンが4発、機体後部に据え付けられている。
「開発中の極超音速機じゃ! 昔の友人から借りて来た!!」
「そんな自転車みたいにヤバいの借りてこないでおじーちゃん!?」
「最高速度はマッハ8! 高速試験はまだ途中じゃが、多分大丈夫じゃろう!」
「なんか不安な響き!?」
「じーちゃん! 解凍状態のダンジョンポイントで障壁を展開しながら飛ぶのはどう? 機体への負荷を最小限に抑えられると思う!!」
「おう! ナイスアイデアじゃケント!」
「よし、乗り込むぞカナ!」
「ふおおおおおっ! ま、まだ心の準備が!」
「ケント様、カナ様、ご武運を!!
国内の事はわたしにお任せください!」
ゴオオオオオオオオオオッ!!
楓子ちゃんと桜下さんに見送られながら、俺たちの乗ったプライベートジェットは夜空に舞い上がる。
目指すは南半球。
オーストラリアにあるUGランクダンジョンである。
*** ***
「おはようぱぱ、まま!」
新居のリビングと台所で、いつものように朝ごはんの準備をする両親。
柔らかな日差しが、天窓から差し込んでいる。
よかった……今までの事は悪い夢だったんだ。
ほっとしたキーファは、クマさんのぬいぐるみを抱きながらソファーにダイブする。
ぽふっ
「ねぇぱぱ! キーファ、はんばーぐが食べたいなぁ!」
ほっとしたらおなかがすいてきた。
朝ごはんからハンバーグをおねだりしてしまう。
『ああ、いいぞ!』
じゅうううっ
いつの間にか、ハンバーグを焼いてくれているパパ。
流石パパだ。キーファのことを分かってくれている。
『よーし、できたぞ!』
「わーい!」
でっかいハンバーグを焼き終えたパパが、お皿をテーブルに載せていく。
「……え?」
僅かな違和感を覚える。
パパがテーブルに並べたお皿の数は、4つ。
『お、そうだキーファ。
あの子を起こしてきてくれるか?』
あの子?
首をかしげるキーファ。
『ふふっ、またゲームやりすぎさんで夜更かししたんだよね!』
『カナが熱くなりすぎたからだろ?』
『ふあっ!?』
パパとママは何を言ってるんだろう?
キーファたちは三人家族で、まだパパとママの間に子供は生まれてなかったはずだ。
『おーい、シリンダ! ご飯だぞ~!!』
「!!!!」
パパの声に立ち尽くす。
そうだ、自分の代わりにここにいるかもしれなかった、双子の妹。
「……ねえさんだけ」
「ひうっ!?」
いつの間にか、彼女が後ろに立っていた。
漆黒の髪を持つ、自分と血を分けた妹。
「こんなに暖かい世界で過ごしてたんだね。
ずるいよ」
「う、うわわあああああっ!?」
頭を抱え、しゃがみこんでしまうキーファ。
『おはようシリンダ、うさぎさん係は順調か?』
『シリンダちゃん、今日は服を買いに行こうね!』
両親の会話の内容がおかしい。
いつの間にか、シリンダが自分と入れ替わって……。
…………………………
「……はっ!?」
ようやく意識が覚醒する。
全身が泥のように重い。
もぞもぞ
「う、うごけないっ」
どうやら、自分は手と足を拘束され、ベッドに寝かされているらしかった。
ドドドドドッ
低いエンジン音と共に、部屋全体が上下に揺れる。
これは?
どうやら自分は、船に乗せられている?
しゃっ
困惑していると、正面のカーテンがわずかに開き一人の少女がこちらを覗き込む。
「っっ!?」
黒い髪に青い瞳。
その眼差しは射るように自分を捉えていて。
「シリンダちゃん……」
自分は攫われたんだ。
そのことを、改めて実感するキーファなのだった。




