第86話
ぽてぽて
がお~
「あはっ♪ スライムさんとグリフォンさんだぁ!」
幻想的な緑色の光に照らされた通路。
目の前に出現した2体のモンスターに、歓声を上げるキーファ。
ここは高尾山の山麓に設けられたダンジョン体験施設。
5年ほど前にダンジョン協会が設置したもので、探索者を目指したい子供たちの為にダンジョンに親しんでもらおうと作られた。
「つぎはシリンダちゃんがする?」
「……ん」
ぶんっ
受付のおねえさんから貰ったショートソード(子供たちがけがをしないように、柔らかい素材で出来ている)を無造作に振るうシリンダ。
ぽこっ!
やけにファンシーな音と共に、ショートソードが命中したグリフォンは光の粒子になって消える。
「それじゃ、キーファも!
キーファぱ~んち!!」
今やダンジョンポイントパワーなしでもBランクモンスターを一撃でブッ飛ばすキーファのパンチである。
相手はレイドボスと同じ攻撃力を持たない訓練用モンスターだとはいえ、やりすぎないよう慎重に放ったのだが……。
バゴッ!!
パンチが命中したスライムはものすごい勢いですっ飛び、砂のように掻き消える。
「……つよいね、キーファ」
「あ、あはは~」
ぱぱを見習って、脳筋方面を強化しているキーファである。
こないだの体育の授業でも力を入れ過ぎて跳び箱を割ってしまった。
……少々強くなり過ぎたかもしれない。
「それにしても、すいてるね?」
頬をかきながら周囲を見回すキーファ。
体験用ダンジョンの第2層には、キーファたちを除き誰もいない。
いくら平日とはいっても、都心からも近い高尾山。
外にはたくさんの行楽客は子供たちがいた。
体験用ダンジョンは半年前にリニューアルされたばかりである。
ここまでガラガラというのは考えにくいが……。
「……Tokyo-Zero。
ダンジョンブレイクで、たくさんの被害が出たから」
「……あ」
シリンダの言葉にハッとするキーファ。
1か月ほど前に都心で発生した大規模ダンジョンブレイク。
未曽有の大被害が出たそれは、日本のダンジョン行政に暗い影を落としていた。
「ダンジョン配信は、まだできないもんね……」
経済界からの要望で一部ダンジョンでの魔石収集は再開されたものの、いまだ大部分のダンジョンは探索禁止である。
零細探索者の中には廃業したものも多く、探索者育成校の志願者も激減しているとか。
他国からの魔石の輸入を手掛ける一部企業は潤っているらしいが……。
「あ、そうだ」
前々からシリンダに聞いてみたいことがあったんだ。
Tokyo-Zeroの話題が出たついでに、少し勇気を出して聞いてみよう。
キーファはシリンダに向き直る。
「シリンダちゃん、見た?
Tokyo-Zeroに出現した黒い狼さん」
「あれってキーファたちの同族だよね?
シリンダちゃんなにか知らないかな……って」
思わず語尾が小さくなってしまう。
胸の奥がざわざわする。
なにか予感があったのかもしれない。
「……知りたい?」
ギンッ
シリンダの蒼い目が、ひときわ強く輝いた。
「シリンダちゃん?」
「こっち」
ぐいっ!!
「わわっ!?」
右手を掴んだシリンダの力は思ったよりも強く、キーファは体験用ダンジョンの横道に連れ込まれた。
*** ***
「し、シリンダちゃん!?」
10秒後、周囲から死角になる横道の奥でキーファは壁へと押し付けられていた。
いわゆる壁ドンの体制というやつだ。
シリンダの身長はキーファより少し小さい。
上目遣いの彼女の目線。
(……あ)
吐息が感じられるくらい、シリンダの顔が近づいてきた。
自分と同じ蒼い目、少しだけ吊り上がった眼差しに長いまつげ。
純粋に綺麗だな、と思う。
「あのワーウルフは、私」
「!!」
形の良い桜色の唇が開かれ、衝撃の言葉が紡がれる。
「そして、魔狼に変身できる私たちには秘密がある」
ごくり
思わずつばを飲み込むキーファ。
シリンダの顔は今や、口づけしてしまいそうなほど近い。
「……聞きたい?
”ねえさん”」
「!?!?!?!?」
今までの人生で最大の衝撃が、キーファの全身を打ちのめすのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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