第84話 敵サイド
「ふぅん、それじゃ向こう(キーファ)の方から接触してきたのねぇ?」
「……ん」
相変わらず感情を表に出さず、ほんのわずかに頷くシリンダ。
だがその漆黒の尻尾は、機嫌よく左右に揺れている。
(へぇ)
興味深い事象だ。
8年前に発生したダンジョンブレイクの跡地にいた、ワーウルフの幼子。
局地的なマナの暴走現象の一つであるダンジョンブレイクで、異なる世界の住人にルーツを持つ亜人族が何かの生命を触媒に生れ落ちるのはそう珍しい事ではない。
(それにこの娘は)
DNAと魔力解析の結果判明した、世界で唯一のワーウルフ族の双子。
そのことに興味を持ったリヴァーサは、組織が運営する孤児院を経由してシリンダを回収したのだ。
(”片割れ”は長らく行方知れずだったのだけど)
大屋ケントの義娘である大屋キーファ。
彼女がシリンダの”姉”であることを、リヴァーサはほぼ確信していた。
(”計画”の為に、彼女を手に入れる必要がありそうね)
別れた双子が揃った時、一体何が起きるのか。
(ふ、ふふふふふ……)
ジルの奴から手に入れた大屋キーファの個人情報によれば、彼女は重いマナ欠乏症を患っている。
「遠足では、分かっているわね?」
「………………(こくり)♪」
キーファに比べ、シリンダは健康そのものだ。
無尽蔵のマナおよび魔力量を持つものの、彼女には心身の成長と情動が抜け落ちていた。
だが、キーファと接触させてから明らかにシリンダは変化を見せている。
周囲の人を虜にする悪魔的な愛らしさと圧倒的な戦闘センス、隔絶した神狼の力を持つかわり、重い枷を嵌められたキーファ。
もともと圧倒的な力を持つかわりに、不安定な種族であるワーウルフだ。
それが双子ともなれば更に、である。
恐らく向こうにも何らかの変化が生じているだろう……それを確認する必要があった。
(それにしても、”キー(鍵)ファ”と”シリンダ(錠前)”とは、偶然とはいえ意味深な名前だこと)
やはり自分の手には集まってくるのだ。
闇にルーツを持つ自分たちの眷属を薄暗いダンジョンに押し込めた、憎らしき始祖に復讐するための鍵が。
(この世界ごと滅ぼしてやるぞ、シルフ族の長め)
構想だけが練られていた世界規模のマナ災害。
双子のワーウルフと豪州で手に入れたUGランクダンジョンがあれば……!
余裕の表情を浮かべる仮面の下で、昏い情念を燃え上がらせるリヴァーサなのだった。
*** ***
「くくく、まったく……素晴らしいではないか!」
少々不愉快な出来事はあったものの、ビジネスの方は順調だ。
緋城グループのCEOであるジルの元に集められる大量の報告書。
そのすべてが、ジルのビジネスが予想以上の成果を上げている事を示していた。
「これもリヴァーサ殿と佐藤党首の協力があればこそだな」
以前は反ダンジョンを掲げるカルト集団だと忌み嫌っていた。
「全てのダンジョンは統制下におかれなくてはいけない、か」
だが、彼らの真意を知った今では印象はがらりと変わっていた。
得体のしれないダンジョンを自由競争市場で利用するのではなく、緋城グループのようなダンジョンを熟知した巨大資本の管理の元、計画的に利用する。
もっともな理屈であるし、管理者として緋城グループはその果実を思うがままに味わうことができる。
「ぐふっ、これはやめられんな」
他のダンジョン関連企業やフリーの探索者はたまったものではないだろうが、知った事ではない。
オレ様に従うならば、いくらかの旨味は分けてやろう。
「ジルCEO、”マナ兵器”の販売状況です。
西側諸国だけではなく、旧東側諸国や第三国からも大量の注文が届いています」
「ふ、連中に渡すのはモンキーモデル(性能をおとした廉価版)だぞ?」
「心得ております」
新たに秘書に昇格させた元探索者の女性に指示を飛ばすジル。
(このオレが世界を牛耳るのも、そう遠い先の事ではなさそうだな)
武器商人というのはこんなにも儲かるものなのか。
もはやUGランクダンジョンなど、彼らに任せておけばよい。
緋城グループの子会社の社長に就任したリヴァーサに、ダンジョン関連事業は一任している。
目の前にたわわに実る権力という禁断の果実に、すっかり魅了されているジルなのだった。




