第81話
「は~い、ぴょんちき、うさこ、ご飯だよ~」
ぴょんぴょんっ
クリーム色の毛並みを持ったうさぎが、嬉しそうに集まってくる。
「ふふっ、いい子だね♪」
スライスされたニンジンを美味しそうに食べるうさぎたち。
ただいまの時刻は朝の7時半。
うさぎさん係をつとめるキーファは、いつもより早く登校していた。
これには深い理由があり……。
(ぱぱとカナおねえちゃんがいっぱいらぶらぶ出来るように!!)
朝食の席でバレバレなサインを送り合っていた二人である。
真っ赤になるぱぱとカナおねえちゃんは最高に可愛かった。
「キーファにも妹か弟ができるかなぁ?」
そうすれば自分もお姉さん!!
である。
「えへへ~♪」
幸せな未来予想図を描きながら、うさぎの世話を続けるキーファなのだった。
*** ***
「と、いうことで……次の配信は”キーファとカナのお料理十番勝負”だ!!」
登校するカナを見送った後、フォロワー向けのショート配信をする俺。
全国的にダンジョン探索が自粛されているいま、ダンジョンポイントを稼ぐためにもいろんなイベント配信をしていくのだ!
<料理対決wwww>
<すでに結果が見えてる気がしなくもない>
<カナって料理得意なの?>
<ダンジョン配信者始めたての頃、ダンジョン内で料理を披露しようとして大爆発を起こしてた>
<草>
<キーファたんの圧勝?>
<いうてキーファたん、いつもぱくぱく食べてるだけじゃね?>
<確かに……笑>
さすがにダンジョン配信程は人は集まらないが、熱心なフォロワーたちでコメント欄は賑やかだ。
「ふ、甘いな」
カメラに向けて不敵な笑みを浮かべる俺。
「カナは爆発させずに目玉焼きを作れるようになったし、キーファはハンバーグの付け合わせのにんじんを星形にカットできるようになったぜ!
至上の戦いを目撃するがいい!!」
<可愛すぎる対決で草>
<なんで目玉焼きで、爆発が?>
<カナの炎上(物理)料理、推せる!!>
<いや、推すなし!>
「さすがにウチのキッチンは対爆仕様じゃないからな……料理対決は今週日曜、新居の披露を兼ねて行う!」
ドヤ顔で宣言する。
<お?>
<マジ? ドラおじ引っ越すの?>
<いやだから、なんでキッチンが対爆仕様……?>
<も、もしかして、ついに愛の新居へ!?>
「くくっ、そのあたりの真相も配信の時に発表するぜ!」
<ほば確じゃねーか!!>
<人妻になったカナを見れるのか……推しまくれる!!>
<お、おう>
その後もワイワイとフォロワーたちとフリートークを繰り広げるのだった。
*** ***
「今日はこれくらいかな……いつも通り、ダンジョンポイントをよろしく!」
30分ほどフォロワーと話した後、配信を終了することにした俺。
(うーん、やっぱポイントの集まりが悪いな)
10万人ほどの熱心なフォロワーが見てくれたとはいえ、投げられたダンジョンポイントは1000ポイントほど。
7日分のLPにしかならない。
(赤字にならないだけマシとは言えるけど)
今朝時点のキーファのLPは3500日分。
数か月前と比べれば夢のような状態だが、早く寿命を気にせずに生活できるようにしてやりたい。
そのためには早期にダンジョン配信を再開したいのだが……。
「ダンジョン探索規制が解除され次第、パワーアップした俺たちの配信を見せるからな、楽しみにしててくれ!」
<りょ!>
<それにしても、いつまで規制は続くんだろうな?>
<政府が設置したダンジョン監査特別委員会の言い分では、全ダンジョンの安全性が確認されるまで、らしいけど>
<日本にある探索可能なダンジョンは1万以上だろ? そんなんいつになるんだよ>
<オレに聞かんでくれ>
<駆け出し探索者とか、生活できないだろ>
「うーん、じーちゃんが動いてくれてるんだけどな」
<そういやドラおじの祖父は大屋凱人だった笑>
<オレたち、応援してるぜ!>
<微力ながら、宣伝も手伝うぜ!>
「おう!」
ここ最近ずっと、じーちゃんと桜下さんは市ヶ谷にあるダンジョン庁本部に行きっぱなしだ。
政治の世界は任せておけ、とは言われているがせめてネット上だけでも味方を増やしておきたい。
<……そういや、キーファちゃんねるでこないだのダンジョンブレイク被害者救済基金を作ったんだよな?>
<どうやって資金を作ったん?>
「ああ、あれか。
サーキュレーター、もといハリケーンキマイラのコアを風間財閥に買ってもらっただけだぞ?」
救済基金には風間財閥も協力してくれ、ダンジョンブレイクの被害者だけではなく、ダンジョン探索の自粛により困窮する駆け出し探索者の生活支援も実施している。
<……は?>
<ハリケーンキマイラ!?>
<今まで3体しか出現報告のない激レアモンスターじゃねーか!>
<そんなのと、どこで遭遇したんだよ?>
「いや、近所の野良ダンジョンで……え、アイツレアなの?」
<ハリケーンキマイラの魔石って、発電効率が普通の魔石の数十倍なんだよな?>
<風間電気に加入してるウチの電気代が安くなったのはもしかして……>
<ええええええええっ!?>
<どらおじ、もっと詳しく!>
<ウチも風間電気に乗り換えるわ!!>
なぜかコメント欄が盛り上がってしまい、1時間ほど配信が延長してしまうのだった。
*** ***
同時刻、キーファの通う小学校。
午前の授業を終えた3年2組では、臨時のホームルームが開催されていた。
「皆さんこんにちは」
「「こんにちは!」」
教壇に立った女性教師に、挨拶を返す子供たち。
「ふふっ、皆さん今日も元気ですね。
そういえばキーファさん、うさぎさん当番おつかれさまです」
「はいっ!
ぱぱとままのらぶらぶ♡計画にはいりょしました!!」
ざわざわ
「が、がんばってね」
ドストレートなキーファの言葉に戸惑い気味の女教師。
「え、えっと……異例ではありますが、今日からウチのクラスに新しいお友達が増えます」
「え?」
転校生だろうか? 夏休みの終わったこの時期に珍しい。
首をかしげるクラスメイト達。
「キーファさんと同じ、珍しい種族の子ですが……みんな仲良くしてあげてね」
「!!」
ぴくくん、とキーファの耳と尻尾が立つ。
「それじゃ、シリンダさん?」
がららっ
女性教師が声を掛けると、教室の扉が開いた。
「ふあっ!?」
驚きの余り、思わず椅子から立ち上がるキーファ。
足音も立てずに入ってきたのは、艶やかな黒髪を持つ少女。
丈の短いデニムのオーバーオール。
すらりとした両脚は黒タイツに覆われている。
何より目立つのはキーファと同じ、ふわふわの狼耳と尻尾で。
「シリンダです。
……よろしく」
海溝のように底の見えない蒼い目が、じっとキーファを見つめるのだった。




