第80話
「ふ、ふふふふ……」
昼下がりの緋城グループ本社、代表執務室。
緋城ジル・ドミニオンは悲喜こもごも、複雑な感情を味わっていた。
リヴァーサ殿の協力と自身の根回しの甲斐もあり、日本のダンジョン行政において確固たる地位を築いたジル。
(革新党の佐藤と組むことになったとは、いまだに信じられないが)
奴は仇敵として対立していた政治家だ。
リヴァーサ殿の尽力があったとはいえ想定していなかった展開であり、彼が主催する政治パーティへの出席、協力企業へのあいさつ回りなどここ数日は1日が48時間あるような感覚に陥る。
(それは良い、良いのだが)
腹心として信頼していたレニィの《《テロ行為》》。
リヴァーサ殿と義娘の働きのお陰で災い転じて福となったが、一歩間違えば緋城グループもろとも破滅していた可能性もあった。
彼女があんなことをしでかしたなんて、いまだに信じられない。
「まったく……疲れているな」
Tokyo-Zeroで行われた探索者フェス、あまりに多くのことがあったからか当日の記憶はあいまいだ。
「しかも、カナの奴め……!」
義娘であったカナがイレギュラーである大屋ケントと婚姻した。
原因は、自分がカナを処分しようとしたからで……。
「うっ!?」
贄として、素材としてここまで大金を投じて育成して来たのに。
なぜオレはあんな非合理な選択を?
カナの事に考えが及ぶたび、頭痛がジルを襲う。
「くそっ!!
だがまだ!」
カナ本人は大屋ケントに掠め取られてしまったが、契約は別であり探索者としての所有権はいまだ緋城グループにある。
「しょせん奴に、50億を準備する力はない!」
唯一の懸念は祖父である大屋ガイトだが、ダンジョン協会はTokyo-Zeroで発生した大規模ダンジョンブレイクにより発生した大被害を日本中から追及され窮地に陥っている。
被害者への救済もあるだろうし、孫一人に金を回すことはできないはずだ。
「まだだ、まだ使える」
ぴりりり
そう独りごちるジルのスマホが、呼び出し音を立てる。
画面に表示された番号は、ジルが利用している銀行の担当者。
「……何の用事だ?」
緋城グループの株価も安定しているし、資産運用に懸念事項はないはずだ。
首を傾げ、通話を繋ぐジル。
『東都銀行の鈴木です。
先ほどジル様の口座に、”移籍金”名目で75億円の振り込みがあったのですが……心当たりはありますでしょうか』
「な、なんだと!?」
がたっ!!
驚きの余り、椅子から立ち上がるジルなのだった。
*** ***
「よっしゃ!
カナが教えてくれたジルの口座に、移籍金50億円と養育費25億円をぶち込んどいたぜ!!」
ダンジョン探索配信者、緋城カナ改め大屋カナを桜下グループが完全移籍で獲得する。
先方への書類手続きと、ダンジョン庁と協会への申請は桜下さんが済ませてくれた。
桜下さんはプロダクションからの資金援助を申し出てくれたのだが、全額自己資金というのが俺のこだわりだった。
「ケントおにいちゃん、これで……わたし!」
「ああ、完全無欠に俺たちの家族で、仲間だ!!」
「カナおねえちゃん、おめでとう!!」
「!!
ふえ~ん」
だきっ
笑顔の俺とキーファに飛びついて、小さい子供のように泣くカナなのであった。
*** ***
「ずずっ……そういえばケントおにいちゃん、風間財閥から振り込まれたお金、まだまだたくさん残ってますよね」
ひと通り喜び合った後、ふと我に返る。
「キーファたちおかねもち!!
……どうすればいいのかな?」
「うーん」
最終的に、風間財閥から振り込まれた金額は512億7000万円(源泉徴収済み)。
カナの移籍金と養育費、ついでに新居の代金をキャッシュでを払い終えてもまだ400億円以上残っている。
「こんなにあっても使えきれないよな……お、そうだ!!」
コイツの有効な使い道を思いついた俺。
ポンと手を叩き、桜下さんに連絡を取るのだった。
*** ***
ダンジョン配信総合スレ20912
236:名無し探索者さん
なんか最近つまんなくね?
237:名無し探索者さん
ダンジョン配信がのきなみ休止状態だからな
238:名無し探索者さん
日本に存在する大型ダンジョンの安全性を確認するため、らしいけど
239:名無し探索者さん
自粛ムードやめて
240:名無し探索者さん
動画サイトのCMがA○ばかりの件
241:名無し探索者さん
言うてもあれだけの大被害があったんだから、しかたないかも
242:名無し探索者さん
そんなことよりオマエラ、キーファちゃんねるが臨時配信するらしいぞ!
243:名無し探索者さん
まじか!?
我が道を行くドラおじの野良ダンジョンさんぽが見られる!?
244:名無し探索者さん
>>243
流石にちがったわw
[動画タイトル:ぱくぱくキーファ特別拡大編]
245:名無し探索者さん
草
246:名無し探索者さん
ドラおじはぶれねぇな……
247:名無し探索者さん
実家のような安心感
248:名無し探索者さん
可愛い配信も出来るドラおじって無敵?
……………… 2時間後
821:名無し探索者さん
最後にキーファたんからお知らせ……ドラおじパパ、Tokyo-Zero被害者救済基金を設立!!
822:名無し探索者さん
神!
823:名無し探索者さん
フェニックスの羽根やハリケーンキマイラのコアを売って資金を作ったらしい
総額400億!?
824:名無し探索者さん
どこでそんなもん手に入れたんだよ!!
やばすぎだろ
825:名無し探索者さん
暗いニュースが多かったから癒されたわ
ありがとうドラおじ!!
*** ***
――――― ダンジョン協会執務室
「ふぅ、ワシのひ孫はかわええのう!」
ぎしっ
15時間ぶりの休憩時間だ。執務室の椅子に巨体を預ける。
臨時招集された国会での証人喚問にマスコミへの取材対応、協会のスポンサー企業への弁明と文字通り寝る間もなく働いているガイトだが、流石に疲労の色は隠せない。
「長官、お砂糖たっぷりのコーヒーです」
「おお、すまんの凛たん」
「やるべきことが山積みなのはわかるのですが、そろそろまとまったお休みを……」
不安そうにお盆をぎゅっと胸に抱く凛。
いくら活力に溢れるガイトとはいえ、この数日の激務で10歳以上老けてしまったように感じる。
そういう凛もロクに休んでいないのだが。
「うむ……今倒れるわけにはいかぬな。
凛たんもワシに付き合ってお疲れじゃろう、一緒にキーファたんの動画をリピート鑑賞せぬか?
ほら! 孫家族がじぃじの為にと送ってくれたクッションもあるしの!!」
ガイトは執務室には畳張りの休憩コーナーがある。
そこにおかれた巨大なビーズクッションを撫でるガイト。
「ふふ、それではお言葉に甘えて」
凛は靴を脱ぐと休憩コーナーに上がり、ビーズクッションに全身を沈める。
ぽふっ♡
(こ……これは!?)
いわゆる人をダメにするクッションというヤツだが、何か癒しの魔力も感じる。
回復効果を持つ素材を織り込んでいるというのか……!
「それにしても、ケントが被害者救済基金を設立してくれたのは助かったわい」
ひときわ大きなクッションに巨体を沈め、満足そうな吐息を漏らすガイト。
「いま協会は何をしても叩かれますからね……合わせて500万人以上のフォロワーを持つケントさんたちが動いてくれた効果は絶大かと」
「うむ!」
現に、ネットでの論調はケントたちのお陰で変わってきている。
あのダンジョンブレイクは意図的に起こされたものである、その事実を粘り強くアピールしていけば、世論も変わっていくだろう。
気合を入れなおすガイトだが、何か気になる事でもあるのかクッションから体を起こす。
「驚いたのは資金の出どころよ。
いくら風間財閥の娘さんと懇意にしてたとはいえ、1日で500億以上の資金を作るとは……」
「ケントさんの話では、まだまだ”ガラクタ”がウチにあるという事でしたが……」
「う、うむ」
この件が落ち着いたらダンジョン協会として査察をした方がいいかもしれない。
思わずそう思うガイトなのだった。




