第76話
ザッ
『……東京都民の皆様、革新党の佐藤です。
災害用の緊急チャンネルを使い皆様に呼び掛けています』
「……な!?」
テレビ中継に映し出されたのは、初老の男性。
ダンジョンの利用と関連技術の発展を推進し、探索者の広報に努める政権与党に反対の立場を取り続けている野党の党首だ。
背後では某国と繋がり、反ダンジョンのロビー活動を繰り広げているという噂だ。
『現在皆さまを襲っている悲劇は、大屋凱人をはじめとするダンジョン推進派が急進的なダンジョン利用を推し進めた結果です』
ワザとらしく目を伏せた佐藤の姿に、炎上する都内中心部の映像が重なる。
『狂信的な守銭奴たちの暴虐を抑えきれなかったこと、この佐藤……痛恨の極みであります』
「!! 何を言ってるの!」
ガイトたちの尽力の結果、ダンジョン内での事故は最悪期の20分の1以下となり、安全性が大幅に増したダンジョン探索者はメジャーな職業となって彼らが採取する魔石と素材は豊かな社会の発展を支えていた。
特に資源が乏しい日本にとって魔石は国内で需要を賄える数少ない資源なのだ。
明らかにこのダンジョンブレイクは意図的に仕込まれたもので、ダンジョン探索者達に非はない。
憤る凛だが、佐藤の演説は続く。
『そのあたりの追及は明日以降させていただくとして、まずは被害に遭われている都民の皆様をお救いせねばなりません。この事態を予測していた私は、緋城グループCEOのジル氏とその《《協力者》》の方と準備を進めておりました』
カメラが動き、緋城ジルの姿を映す。
彼の背後に一瞬背の高い女性の下半身が見切れた。
(ジルがなぜ佐藤党首と!?)
ダンジョン企業集合体である緋城グループと革新党は対立していたはず。
なぜこのふたりが組んでいるのか、混乱する凛。
『我々緋城グループが密かに組織していたダンジョン制圧部隊が、この混乱を収めて見せます。全てのダンジョンは、完璧な制御下におかれなくてはいけないのです』
ぱちん!
恭しく一礼したジルが、指を鳴らす。
*** ***
――――― 同時刻、東京都心部
「な、なんだ?」
「……ここは任せてもらいましょう」
救援部隊の隊長は戸惑っていた。
どこからともなく何台もの中型バスがやって来て、その中から揃いの冒険着を着た探索者が大勢降りて来たからだ。
ジャケットの背中に縫い付けられたロゴは緋城グループのもの。
(緋城グループが手あたり次第に探索者を集めているという噂は本当だったのか?)
1か月ほど前から、緋城グループから移籍のオファーが来たという声が探索者界隈で多く上がっていた。
AAランク、Sランクの探索者には莫大な移籍金が払われたのでニュースになっていたが、フォロワー数十人の駆け出し配信者や、養成校を卒業したばかりの新人にまで獲得オファーが到着したのだ。
相場の数倍の契約金が提示されたこともあり、他のプロダクションやギルドから不満の声が上がったほどだ。
(だがしかし)
一部の上位ランク探索者を除くと、彼らのほどんどはE~Dランク。
現在出現しているモンスターに到底太刀打ちできるレベルではないはずだが……。
「第一小隊、配置につきました」
統率された軍隊のような動きを見せる緋城グループの探索者たち。
手近なビルの二階や街路樹の上、バスの屋根の上など高い所に展開していく。
『よし、”マナブラスター”の射撃を許可する』
「な、なにを!?」
まさか、スキルを使おうというのか!?
地下鉄駅の周囲にはケガをして座り込んでいる人がたくさんいるし、駅の入り口からは続々と避難者が走り出てきている。
今の状況でスキルを使えば、周りの人間に当たってしまう!
「やめ……!」
「総員、撃ち方はじめ!」
止める間もなく、筒のような武器から閃光魔法らしき光が放たれた。
キュボッ
「なんてことを!」
閃光魔法が、避難中の人々ごと周囲を焼き尽くす……そう思われたが、予想外の事が起きた。
ブンッ
筒の先に生まれた魔力球が、避難民を避けて飛んでいき、駅の入り口や換気口に突入していく。
「なっ!?」
ドン……ドドン
地下から炸裂音が聞こえ、地面がわずかに揺れる。
『隊長! 魔力球が次々にモンスターに命中しています。
何かされたんですか!?』
地下鉄駅構内にいる部下から通信が入る。
「いや、なにも……なんだアレは?」
見たことのないスキルに唖然とする隊長。
魔法の一種なのかもしれないが、周囲にいる人間を避け、狭い場所に突入してモンスターだけに命中するなんて。
そんな高性能なホーミング機能を持った魔法など、見たことが無かった。
「これは魔法ではありません。
マナ兵器、です」
「!?」
小隊長を務めているらしい若手探索者の声が、やけにはっきりと隊長の耳を打った。
*** ***
――――― 同時刻、Tokyo-Zero地上部にある公園。
「え、なにあれ……」
ショートソードを構えたマヤが呆然と立ち尽くす。
観客を守っていた探索者は半分以上斃され、残ったマヤたちも傷だらけ。
もはやこれまでか……観念しかけた時、狼の鳴き声に似た遠吠えが周囲の空間に響き渡る。
ウオオオオオオオオンッ
ズンッ
体長は10メートルほどだろうか。
漆黒の毛並みを持った巨大な狼が、地下駐車場に続く通路の奥から姿を現した。
「えええっ!?」
艶やかな毛並みを風になびかせる漆黒の狼。
つい最近、似たような光景を動画で見たような……。
「ワー、ウルフ?
まるで、キーファ様のようではありませんか!」
「!!」
そうだ、ケントにぃたちが参加したUGランクダンジョンの調査。
ダンジョンの奥で出現したエルダードラゴンを倒した、白銀の神狼。
「黒い、狼?」
一瞬キーファかと思ったが、彼女とは毛の色が違う。
それにキーファが変身した神狼は猛々しさの中に可愛らしさもあり、思わずもふもふしたくなったほどだ。
だがこの狼は。
「魔狼……」
楓子の言葉通り、どこか禍々しい雰囲気を纏った狼は真っ赤な顎を開け……。
ヴィイイイイイイインッ
ドオオオオオオンッ!!
「わわっ!?」
放たれた光線が、マヤたちを囲んでいたモンスターの群れを吹き飛ばす。
ガ、ガウガウッ
あまりの力の差に恐れをなしたのか、Tokyo-Zeroの奥に撤退していくモンスター。
「た、助かった?」
思わずその場にへたり込むマヤ。
だが、一安心する間もなく。
ドガアアアアアッ!
目の前の地面に大穴が開き、黄金の鱗を持つ巨大なドラゴンが姿を現した。
『強大なボスモンスターが出現! 地上にいる探索者は至急避難を!!』
非常事態の発生を告げるアナウンスが響き渡る。
「ウソ……」
コイツはエルダードラゴンだ。
S4ランク以上のモンスターを相手に、どうやって逃げろというのだ。
グルルルルルル……
だが幸いなことに、エルダードラゴンは魔狼を最大の脅威と感じたらしい。
ウオオオオンッ
ズズンッ
巨大な魔狼とエルダードラゴンが、公園の中央部で睨み合う。
*** ***
『緋城グループが派遣したダンジョン制圧部隊の働きで、都心部に出現したモンスターは全滅しました』
テレビ画面は、混乱が収まった都心部を映していた。
現場となった地下鉄駅には規制線が張られ、レスキュー隊がケガ人の治療をしている。
『後は晴海ふ頭に出現したエルダードラゴンですが……』
晴海ふ頭を上空から映した空撮映像に切り替わる。
『ご安心を。
《《彼女》》は……我々の味方です!』
「あれは……キーファちゃんと同じ!?」
「わーうるふさんだね」
画面の中央部で、エルダードラゴンと黒い毛並みの狼が対峙している。
(緋城グループにワーウルフ族の探索者がいるというの?)
ワーウルフは非常に珍しい種族であり、探索者をしているとなればキーファを除いて世界に数例ほどのはず。
『”シーヴァ”の全面協力により、彼女を緋城グループに加入させることができました』
「!!」
やはりシーヴァか。
だが、連中のメンバーにワーウルフ族がいたという情報はない。
ならあの漆黒の狼はいったい?
「…………」
食い入るように映像を見つめるキーファ。
もしかしたら、彼女は。
凛がとある可能性に思い当ろうとした時、事態はさらなる急変を見せる。
ドオオオンッ
エルダードラゴンの背後で小さな爆発が起きたのだ。
『ぺっぺっ、ようやく地上に戻ってこれたぜ!
金ぴかドラゴンが穴をあけてくれたから助かったな!』
「…………へ?」
「ぱぱ!!」
土煙を巻き上げながら現れたのは、良く知った顔だった。
『いやいや、これエルダードラゴンですよケントおにいちゃん!!
S4ランクですよ!!』
『もとはと言えば、カナがコイツの尻尾を踏んだからだろ?』
『うぐっ……だって暗かったんだもん! こんなヤバいモンスターが居るって思いませんよぉ!』
『カナってやっぱ重い?』
『重くないでぇす!!』
「え~っと」
この光景が全国中継されているとは知らず、漫才を繰り広げるふたり。
自分たちは何を見せられているのだろう。
『まあいいや、ちゃっちゃと倒しちまおうぜ!
俺とお前のLLコンビネーションで!』
『らぶらぶこんびねーしょん!?
ひょおおおおおおおおっ!!』
ずどーん!!
「…………」
ケントのダンジョンポイントパンチとカナの魔法剣が炸裂し、エルダードラゴンは綺麗に真っ二つになったのだった。
『…………』
『…………』
『…………』
『……あれ?』
何とも言えない空気がテレビに流れたのは言うまでもない。




