第73話
「くくく、我が娘とイレギュラーはどんな悪あがきを見せてくれるかな?」
「…………」
Tokyo-Zero中層部と最奥部で同時に発生した大規模ダンジョンブレイク。
大混乱に陥る探索者フェス会場の様子を見ながら、愉快そうに笑うジル。
「…………う」
ジル様は気が触れたとしか思えない。
逃げるか……それとも緋城グループ本部から応援を呼ぶか。
じりじりと出口に向かって後ずさるレニィ。
「あらぁ、レニィ?
どこへ行こうというのかしらぁ?」
ぺたっ
ひんやりとした手がレニィの首筋に掛けられる。
「ひいいっ!?」
振り返ったレニィが見たのは満面の笑みを浮かべたダークエルフのリヴァーサだった。
「…………」
ぴとっ
それだけでなく、漆黒の毛並みを持つワーウルフのシリンダが、レニィの右脚にしがみついてくる。
絶対に逃がさない、という強い意志。
「こ、このっ!!」
この女が来てから、ジル様はおかしくなったのだ。
ここがトラックの荷台の中であることも忘れ、魔法を放とうとするレニィだが……。
バヂイッ!!
電撃魔法の衝撃が全身を襲う。
「ぐううっ……!?」
「はあい、そこまで……貴方には《《トカゲの尻尾》》という大事な仕事があるんだから」
どさっ
気絶したレニィを椅子に座らせるリヴァーサ。
「ふふ、なかなかに上手く行ってるようじゃない」
「……気持ち悪い」
シリンダはしかめっ面だ。
「ここのマナ、キライ」
「ふぅん」
この個体の本格稼働は初めてだ。
周囲に充満するマナに慣れていないのかもしれない。
「受け入れなさい、シリンダ。
この災厄を止めるのは、貴方なのだから……」
「ん……」
このダンジョンブレイクによって、Tokyoに甚大な被害が出るだろう。
ダンジョン内で消息を絶つ人気配信者。平和ボケしたこの国の住民に、ダンジョンに対する恐怖が刻まれる。そして、その災厄を抑えたシーヴァに対する評価も上がるはずだ。
極東最大の魔法技術、ダンジョン関連技術を持ったこの国で確かな地位を築くこと……それがリヴァーサの第一目的だった。
「くく、協会の連中め、よほど慌てていると思える。
防壁が、がら空きだ!」
一心不乱にコンソールを操作するジル。
この駒は、いい働きをしてくれそうだった。
*** ***
『ジュニアとCランク以下の探索者は、協会職員と協力して避難誘導と観客の護衛をお願いします。Bランク以上の探索者は、モンスターの迎撃を。中層Aブロックはトージ氏、Bブロックは凛氏の指示に従い、モンスターを上層及び地上に出さないよう対処をお願いします』
『ダンジョン協会の即応部隊は、15分後に到着予定です』
大きな揺れの後、大規模なダンジョンブレイクが発生。
一瞬パニックになりかけたTokyo-Zero内部だが、ガイト率いる運営本部の働きで、ある程度落ち着きを取り戻していた。
数千を超えるモンスターが出現したとはいえ、中層部にはBランク以上に限っても100人近い探索者がいるのだ。
対処はそう難しくないと思われた。
「みんながんばって! てんしょんあっぷ!!」
「あ、アリンタも、祈ります」
ぱああああっ
「Keyfaのバフ魔法、ゴキゲンだね!」
タリアのブーメランが、数体のゴブリンをなぎ倒す。
「行くぞ息子よ……広域破壊魔法!!」
「はいっ!(キーファのバフ魔法……こ、これがアガるってこと!?)」
ズッドオオオオオオオオンッ!!
スノウデルと息子のグレンの魔法はさすがの一言に尽きる。
一撃で100体以上のモンスターが吹き飛んだ。
「私も……負けてられませんね!」
ブオンッ!
刃渡り2m以上はある大剣を構えた凛は、大きく跳躍すると空中を舞っていたワイバーンを一撃のもとに斬り捨てる。
「ほえ~、凛おねえちゃんもすっごい!!」
凛が本格的に戦う所を見るのは初めてだが、”桜鬼”の二つ名も納得である。
「これなら……」
すぐにぱぱたちを助けに行けるだろう。
キーファはそう楽観していたのだが……。
ずずず
「……あれ?」
目の錯覚だろうか、ドラゴン型のレイドボスがわずかに動いたような?
ずずずず!
「!!!!」
次の瞬間、驚くべきことが起こった。
*** ***
――――― 同時刻、Tokyo-Zero最奥部
「カナ、いくぞ!」
「はいっ!」
どんっ!
俺の右ストレートで吹き飛んだ抹茶ドラゴンことグリーンドラゴンに追撃を仕掛けるカナ。
「これで……終わりですっ!」
ざんっ
カナの斬撃が、グリーンドラゴンの首を斬り飛ばす。
ばしゅうっ
魔石を残し、消滅するグリーンドラゴン。
「おっと、コイツは回収しとかないとな」
「??」
先ほどからまめに魔石を拾う俺に、不思議そうな表情を浮かべるカナ。
「これは、アレだよ」
右手でお金のマークを作る俺。
「!!」
俺の言いたいことを悟ったのか、笑顔になるカナ。
(ケントおにいちゃん、わたしの移籍金を……!!)
(うひゃあああああっ)
嬉しそうに飛び跳ねていたカナだが、ふと真顔になる。
「ていうか、わたし……今ふつーにグリーンドラゴン倒しましたよね?」
「?? 俺とカナが組んでるんだから楽勝だろ?」
「えへへ」
キーファが掛けてくれたにこにこキーファと、”らぶらぶはいめんたる”の効果が続いているとはいえ、カナのステータスはもともと高い。
このくらいのモンスターなら、全く問題なかった。
「とはいえ……」
先ほどから上層へ繋がる通路を探しているが、ダンジョン協会が公開しているマップに存在する通路がことごとく塞がれている。
「落盤?
いや、違うな……」
目の前の通路も行き止まりになっている。
だが、通路を遮っているのは岩石などではなく……明らかに人工的な壁だ。
「だいたい、メンテナンス用の通路に繋がるゲートがいきなり開くなんてありうるのか」
ここはトラップ満載の野良ダンジョンではなく、大規模に開発された協会管轄のダンジョン。
どうしても人為的な意図を感じてしまう。
まさか、アイツが……いやしかし、俺に対する嫌がらせでここまで大それたことをするだろうか?
ぴろろろろっ
その時、カナのスマホが通話の呼び出し音を立てる。
「!! えっ!?」
通話を繋いだカナが息をのんだ。
「どうした……って!」
スマホの画面に映し出されていたのは、緋城ジル……彼女の義父の姿だった。




