第72話
――――― 緋城プロダクション所有機材トラック内
「ふ、ふふふふ……」
アラート音が鳴り響く中、ジルはくぐもった笑い声をあげていた。
「な、なんてことを……」
ジルのハッキングにより、Tokyo-Zero中層部でメンテナンス用通路に繋がるゲートが開き、近くにいた探索者が巻き込まれた。
監視カメラの映像を見ると巻き込まれた探索者は大屋ケントと緋城カナであり、メンテナンス用通路がTokyo-Zero最深部までつながっている事を考えると、二人が助かる可能性は低いだろう。
「!! 今すぐ回線を切らないと!」
当然ながら、探索者フェスの運営本部も大騒ぎになっており、ここからハッキングを仕掛けたことがバレればジルの逮捕は免れない。
「……ああ、心配するなレニィ」
やけに落ち着いているジル。
緋城カナを南米に派遣して”使う”はずだったのでは?
それに、以前から目を掛け気にしていたイレギュラーまで巻き込むなんて……。
「……ひっ」
そう抗議しようとしたレニィは、狂気の色をたたえたジルの双眸に本能的な恐怖を感じてしまう。
「オレがハッキングしたことなど、すぐに誰も気にしなくなる。
”フェス”はこれからだ……!」
「な、なにを」
自分の上司が何を考えているのか分からない。
恐怖に震えるレニィの目の前で、別のアプリを立ち上げるジル。
あれは……。
「ほう、義娘はまだ生きていたようだ……もはや、どちらでもいいがな!」
「ダンジョンブレイクの、誘発ギミック!?」
レニィのあげた声は、もはや悲鳴に近かった。
*** ***
――――― Tokyo-Zero中層部、キーファたち
ドドドドドドッ!
「な、なんだ……地震か?」
「キーファちゃん、こっちに!」
「う、うんっ!」
ダンジョン全体が崩れるほどの揺れではないが、天井から機材が落ちてくることはあり得る。
キーファの手を引き、物陰に隠れる凛。
「ぱぱとカナおねえちゃん、大丈夫かな……?」
「非常用のビーコンを受信しました。
バイタルも問題なし、ふたりとも無事です!」
「ほんとっ!?」
キーファの表情がぱっと明るくなる。
桜下プロダクション所属の探索者には、ダンジョン内での不測の事態に備え位置発信ビーコンを持たせてある。
「場所は……Tokyo-Zero Level G、ダンジョンの最奥部まで落ちてしまってます」
「!! いますぐ助けに行こう!!」
「もちろんですが……それにしても」
先ほどから揺れが収まらない。
奇妙なことに、気象庁の地震計は自然地震の発生を検知しておらず、ダンジョン庁が設置したマナ濃度計にも特段の変化は生じていない。
この揺れの原因は、まったくもって不明だった。
「エレベーターとか使えないかなぁ…………って」
「……キーファちゃん?」
一刻も早く助けに行きたいのか、凛の腕の中でもじもじしていたキーファの動きが止まる。
ぶるるっ
「あ……あ、これ?」
ぶわわっ!!
キーファのふわふわの狼耳と尻尾の毛が一斉に逆立つ。
「わるい、マナが……くるよ!」
ドオオオオンッ!!
キーファの声と同時に、手近なダンジョンの壁が吹き飛んだ。
グルルルルルル
「なっ!?」
その中から現れたのは、無数のモンスターだった。
*** ***
――――― 同時刻、Tokyo-Zero最奥部
キイイイイイイイインッ
「さっきから、何の音だ?」
上のフロアに繋がる通路を探して薄暗いダンジョン内を探索する俺たち。
先ほどから甲高い音が聞こえてくる。
「!! もしかして!」
胸元から首飾りを取り出すカナ。
ジルから誕生日プレゼントとして貰ったもので、小さな青い宝石があしらわれている。
ギイイイイイインッ
「ぐっ、何だ……これ?」
「うっ、変な魔力を感じます!」
カナが首飾りを取り出した途端、宝石が発する音と光が強くなる。
魔法の使えない俺にはあまり感じることができないが、いつもキーファが言っている”ムズムズする”マナ。
そいつがコレから放たれている気がする。
(まさか、これって……!)
ふと、UGランクダンジョンで発生したダンジョンブレイクを思い出す。
その時も、発生の直前に首飾りの宝石が光を放っていたような?
『面白い、やれるものならやってみるがいい!!』
狂気を孕んだジルの言葉と双眸がフラッシュバックした。
この首飾りは……危険だ!
「カナ、すまんっ!」
「えっ!?」
俺はカナの首から首飾りを外し、遠くに放り投げる。
(これで勘違いだったら土下座だな……)
義父からあんな理不尽な命令を受けたとはいえ、このプレゼントをとても大切にしてるカナなのだ。
ヴィイイイイイイインッ!!
だがそんな心配をする間もなく、宝石から放たれる異音と光、不気味なマナはどんどん大きくなっていく。
ズッ……ゴオオオオオンッ!!
「ぐうっ!?」
「きゃああああっ!?」
濡れタオルでひっぱたかれたような、密度の濃いマナの衝撃を感じた。
グオオオオオオンッ!!
ドドドドドドドドッ
それと同時に、地響きのようなモンスターの遠吠えと足音が。
「ダンジョン、ブレイク!?」
俺たちの目の前に、無数のモンスターが姿を現したのだった。




