第67話
「お義父さま、お久しぶりです」
「直接会うのは2か月ぶりだったか」
「で、ですね……誕生日前に首飾りを頂いて以来です」
「ああ、そんな事もあったかもしれんな?」
父娘の会話は、どこかぎこちない。
『義父はおそらく……わたしのことを自分を飾る道具としか思っていないんじゃないかなぁと』
若手No1のカリスマ配信者を娘に持つ敏腕経営者、という称号。
いつか、カナが自嘲気味に語っていたことを思いだす。
(会うのが2か月ぶりって……愛娘、じゃないのかよ)
(18歳になったことにも触れないし)
俺だって、キーファは血のつながった娘じゃない。
だが、俺にとって何よりも大切な存在だ。
孤児院から拾い上げたのも打算だったのか?
カナはこんなに可愛くて素敵なのに、愛情を持っていないのか?
よその家の事ながら、ムカムカしてくる。
だが次の瞬間、ジル氏の口から思わぬ言葉が放たれた。
「そういえば、フォロワーが200万人を突破したな。
未成年探索者の世界記録だ。本当によくやってくれた」
「……え?」
目を真ん丸にして驚くカナ。
義父は自分を褒めてくれたことが無い、カナはそう語っていたのにどういう風の吹きまわしだろうか。
「UGランクダンジョンの探索でも確かな実績を出してくれたし、我がプロダクション内でもトップクラスの探索者に成長した、と言ってもいいだろう」
「お、お義父さま……!」
カナの表情が、嬉しそうに綻ぶ。
なんだ、ちゃんと娘を認めているところもあるんじゃないか。
安心しかけた俺だが、次の瞬間ジル氏の表情が一変する。
「だから。
もう配信者はやめろ。
ケント君とのコラボも今回限りだ」
「……は?」
酷薄、とも思える声色で放たれたのは、とんでもない命令だった。
*** ***
「お義父さま……い、一体何を?」
信じられないという表情で立ち尽くすカナ。
「聞こえなかったのか?
ダンジョン配信者をやめろ、と言ったんだ」
冷たい表情でカナを見下ろすジル氏。
「カリスマ配信者、などで稼げる金はたかが知れている……これほどの実力を身に着けたのなら、高難度ダンジョンを探索し、素材を持ち帰る専従探索者になるべきだ」
「な……な……!」
探索者には2種類あり、配信を主目的にするダンジョン配信者と、素材集めを主目的にする専従探索者。
ダンジョン配信者は華やかではあるが、ギルドなどでガッツリ稼いでいるのは専従探索者の方らしい。
「先日のUGランクダンジョンだけでなく、南米でも高ランクダンジョンが発見された。お前は来月からそこに派遣される探索者チームに所属しろ」
「ま、待ってください!!
企業案件も含め、ここ数か月は前年比で200%以上の収益を上げています!
いま急に配信者をやめろだなんて!」
慌てて抗議するカナ。
だがジル氏は、意に介した様子もない。
「お前はオレの言う事をただ聞いていればいい。
コラボを許可したのも探索者としての箔づけの為だ。
イベントが終わったらすぐにオレの所へ出頭しろ、いいな」
一方的に言い放つと、その場を離れようとするジル氏。
「……いやです」
「……なんだと?」
小さく漏らされたカナの声。
だが、それは力強く周囲の人間の耳を打った。
「いやだと言ったんです。
わたしはケントおにいちゃんと一緒に過ごすうち、大きく成長出来ました。
これからも成長できると思いますし、それが探索者緋城カナとして一番良い道だと確信しています」
「なにより……」
決意を込めた眼差しで、ジル氏を見返すカナ。
「わたしはケントおにいちゃんと一緒に歩んでいきたい!
だから、その命令はお断りさせていただきます」
深々と一礼するカナ。
「…………ち。
はぁ」
ため息と舌打ちを同時にするジル氏。
義娘の決意は彼に響いていないようで……。
「なにを言うかと思ったら……みすぼらしい孤児院から拾い上げてやったのは誰だ?
お前をカリスマダンジョン配信者に仕立て上げるため、いくら投資したと思っている?」
「っっ!?」
絶対零度のジル氏の声に、身体をすくませるカナ。
「別にお前がどこの誰と引っ付こうがどうでもいいが、投資に見合ったリターンをオレに返してからにしろ」
「……うぅ」
大きな目いっぱいに涙をため、下を向いてしまうカナ。
恐らくこれが、カナにとっていつもの親子の会話なのだろう。
(マジで、何だコイツ……!)
胸のムカムカが止まらない。
カナにはカナの事情がある……なるべく口を出さないようにしようと思っていたが、同じ娘を持つ父親として、口を挟まずにはいられなかった。
「……俺にも可愛い娘がいますけどね、何かをやりたいという娘を抑えつけるのは良くないんじゃないですか?」
「ほう?」
興味深げに俺を見下ろしてくるジル氏。
この目は……家族を失い、ダンジョンブレイクを生き残った日。
幼いキーファを抱く俺を珍しい実験動物のように見下ろしてきた研究者を思い出す。
「カナはもう18歳、立派な大人です。
成人ライセンスも取得した上位ランクの探索者を、本人の意思を無視して一方的に縛り付けるのは親のエゴでしょう?」
義娘に対して、その扱いはないだろ!
思わず激昂してしまいそうになるが、抑えろ、抑えろ俺。
「ケントおにいちゃん……!」
大丈夫、俺が守ってやる。
涙を浮かべるカナに対し、自然にそう思えた。
「ふん、義父と義娘の立場としてはそうかもしれんが。
”契約”はそうではないぞ?
他プロダクションの人間が口を出さないで貰おうか」
「!!」
ジル氏の言葉にハッとする。
カナと緋城プロダクションがどういう契約を結んでいるのかは分からないが、カナには莫大な移籍金が設定されており、プロダクションのトップであるジル氏の意向に逆らえないとしたら……。
「まさか、君がカナの移籍金を払ってくれるのかな?」
にたり、嫌味な笑みを浮かべるジル氏。
「……払ってやりますよ」
「なんだと?」
やってやる。
俺の心はもう決まっていた。
「カナに設定された移籍金50億円、それにあなたが彼女に投資した金額、ですか?耳を揃えて、俺が全額! 払ってやりますよ!!」
「ふえええっ、ケントおにいちゃ~ん!!」
カナの顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
彼女の頭を優しく撫でてやる。
「個人でそれだけの移籍金を支払う、だと?
たかが一人の若手探索者にたいして、か?
面白い、やれるものならやってみるがいい!!」
「ええ、やってやりますよ。
俺の大事な大事な……可愛い”パートナー”ですから!」
「くく……義娘ごときにやけに入れ込んでいるようだが、面白い。
ふ、ふはははははははっ!!」
高笑いを一つ、ジルはどこかに消えてしまった。
とんでもないことを宣言した気がするが……俺は全く後悔していないのだった。




