第63話
「それにしても、まさかカナのオヤジさんとレニィさんがフェスに参加するとはな~」
「うう、正直なところ困惑しています……」
いよいよ探索者フェスが開幕した。
初日のイベントに参加すべく、都内の某国際展示場にやってきた俺たち。
カナは自分の義父であるジルと、マネージャーであるレニィが探索者としてフェスに参加する事に、いまだ戸惑っているようだ。
この数日、どことなく表情がさえない。
「カナおねえちゃん、気にしすぎてもしょうがないよ!!」
「だな、今日はファンサービスがんばろうぜ。
天然物のダンジョンポイントも欲しいし!!」
「そしてばんごはんは、すーぱーでりしゃすはんばーぐ!!」
「ふふふふっ、そうですね!」
いつも通りな俺たちの様子に、ようやくカナも笑顔になってくれた。
「ケントにぃたちはサイン会か~、いいな~」
「お三方はフォロワー合計数百万を数える超トップ探索者なのです。当然ですわ。
私たちは、自分の仕事を全うしましょう」
「ちぇ~っ」
「マヤと楓子ちゃんは、探索者を目指す子供たちへのトークショーか。
コイツが変なこと言わないように見張っててくれ」
「ケントにぃ、ひどっ!?」
「もちろんですわ、この楓子……幼い子供たちに接するスキルを上げておくことは、私自身(とケント様)の将来の為になりますし!!」
「お、おう?
がんばれよ」
目の色を変え、やる気全開の楓子ちゃん。
彼女は先生を目指しているのかもしれないな……素晴らしい事である。
「タリアたちはオージーブースの担当なのだ!
後で遊びに行くからね~」
「け、ケントお兄ちゃんたちがんばってください!!」
「おう、そっちもな」
自国のPRブースに向かうタリアたちを手を振って見送る。
「さて……会場は第一展示室らしいけど」
壁に貼られた案内図を頼りにバックヤードの通路を進む。
「あうう、サイン会……緊張します」
ファンサービスが苦手なカナは冷や汗をかいている。
「大丈夫大丈夫、俺がフォローするから」
ぽんぽん
カナの頭を撫でてやる。
「キーファも!
サイン入りアクスタ、たくさん持ってきたし!!」
ドラおじ、などとネタキャラにされている俺に比べ、カナのファンとなるとすごい人数が来るかもしれない。
カナが腱鞘炎になってもいけないのでプレゼント用のアクスタを大量に準備してきたのだ。
「いえ、わたしが心配なのはむしろケントおにいちゃんの方で……」
「ん? ここか……?」
話しているうち、目的の展示室についたようだ。
100人くらいは並んでるかな?
そう考えながら、やけに重厚な扉を開けたのだが……。
わああああああああああっ!!
「うおおお!?」
「ふおっ!?」
「ひゃあああああっ!?」
扉を開けた途端、質量を持っていると錯覚するほどの歓声が俺たちを包む。
「すげー!! 本物のドラおじだ!!」
「やば、配信で見るよりカッコいいんだけど!!」
「握手してもらえるかな!?」
「キーファたん超かわ!!」
「カナもかわいいいいいいいっ!!」
「うそ、だろ?」
100メートル四方はありそうな巨大な展示室。
その中には、びっしりと人々が並んでいた。
左手の壁には巨大モニターが埋め込まれており……そこには【大屋ケント、キーファ×緋城カナ サイン会&トークショー】の文字が。
まさか、ここにいる人たち全部が……俺たちのファンなのか!?
*** ***
<ドラおじフェスなう>
<裏山>
<抽選倍率30倍とかやべーだろ……>
<現地どんな感じ?>
<第一展示室みっちり【写真】>
<草>
<人大杉www>
<これ、サインが終わるまで何時間かかんの……?>
<ドラおじをもってすれば、1分間に100人にサインする事が可能……!>
<ねーだろww>
<キーファたんからアナウンス! サイン間に合わなかった人には限定アクスタのプレゼントあり!>
<か、神か?>
*** ***
「ちゃ、ちゃんねる開始当初からのファンです!」
「おう、ありがとうな!
キーファ、お土産だ!」
「はいっ、おにーさん、どーぞっ!」
「うわっ、ありがとうございます!!」
ノベルティグッズとして作ったシオリ(全15種類)を手渡すキーファ。
「カナ、ドラおじとお幸せに!!」
「は、はいいっっ!(しゅううううっ)」
隣のブースでは、頭から湯気を立ち昇らせながら、カナが高速でサインを書いている。
苦手なファンサービスにも手を抜かない姿勢……見習いたいぜ!
「サインは整理券番号2300番の方までになります!
ケントさんのご厚意で、サインを貰えない方にはアクリルスタンドのプレゼントがありますのでこちらへどうぞ!!」
「すご、限定バージョンじゃん!!」
「ケント様、ありがとう!!」
列整理を担当しているスタッフさんの声掛けで、アクスタ配布コーナーに並ぶファンたち。
スタッフさんに聞いたら、最終的な入場者は8000人を超えるらしい。
「なんとか、一人でも多くのファンにサインしないとな!」
「うんっ!」
「わ、わたしも頑張ります!!」
トークショーの開始まであと2時間……俺たちは全力でサインしまくるのだった。
*** ***
「ケントさんに質問です! ケントさんみたいな探索者になるにはどうしたらいいですか?」
「なにはなくとも、筋トレだ!!」
<草>
<参考にならねーwww>
サイン会の後は、ファンの質問に答えながらのトークショーである。
「カナに質問! ドラおじに初めて会った時の印象を聞きたいです!」
「ふええええっ!?
え、えっと……小学5年生だった自分からみると、ケントおにちゃんはすごく大きくて、でもその優しい笑みにドキッとしちゃってもうわたし(以下略)」
<なげぇ!>
<カナ、一人で5分も喋んなwwww>
背後のモニターに公式ちゃんねるのコメントを流しながらのトークショーは、和やかな雰囲気で進んでいた。
「は、はいっ!」
トークショーが始まって2時間ほど……少し質問が落ち着いたタイミングで、最前列に陣取っていた女の子が手を上げた。
年のころはキーファより少し年上だろうか。
「はいっ、そちらの女の子」
「あ、ありがとうございます」
マイクを受け取った女の子は、ぺこりと一礼する。
「わ、わたし、キーファちゃんの大ファンなんですけど……クラスの子が、キーファちゃんが変身した狼さんを怖いというんです。そのうち、人間を攻撃するんじゃないかって……キーファちゃんは、そんなことしないですよね?」
「それは……」
思わずキーファと顔を見合わせる。
会場もわずかにざわついた。
エルダードラゴンを圧倒した白銀の神狼……その姿は切り抜き動画として世界中に拡散された。
大部分は好意的な反応だったが、あまりに絶大な力を示したキーファを畏怖する声があったのも確かだ。
「ふふっ、そんなことしないよ!
ぱぱと島の人たちを、ダンジョンブレイクから守るために変身したんだから!
それに、かってに変身すると、おやつ抜きになっちゃうから……もうしないよ!」
にっこりと笑って答えを返すキーファ。
「そ、そうだよね……キーファちゃんは正義の味方だもんね!」
「えへへ、もちろんだよ!」
むんっ、と可愛くポーズをとるキーファになごむファンたちだが……。
思ったよりも神狼への反響は大きかったのかもしれない……その事を改めて実感する俺なのだった。




