第59話
「ふっふっ、腕が鳴るのう!!
お前が探索者になりたいと言い出した……高校一年生の時以来か?」
「ああもう、うるさいな!!」
日本ダンジョン協会が管理する訓練用ダンジョン。
その一つを貸し切ったガイトは、上層部の広間でケントと対峙していた。
「がんばれ~! ぱぱ、じぃじ!!」
広間を一望できるキャットウォークの上から、二人に声援を送るキーファ。
「ええっと……ケントおにいちゃんのお祖父さんって、あの有名な大屋 凱人さんだったんですね」
なにがなんだか、一緒に連れてこられたカナはとりあえず備え付けのテーブルにお茶とお菓子を準備する。
「ええ。
30年前、様々な予兆からダンジョンの出現を預言しただけでなく。
最初に出現した”始祖”と呼ばれる亜人族の長と協力し……ダンジョンの出現をある程度コントロール下に置くことに成功した偉人」
ダンジョン養成学校に入り、最初に教わった歴史だ。
様々な探索用のアイテムや装備を開発し、安全なダンジョン探索が行えるようになったのも、ダンジョン庁長官の座にあったガイトの尽力が大きいと言われている。
「そ、そんなすごい人が……」
「??」
両手を頬にあて、ぷるぷると震えるカナ。
その内心は……。
(うおおおおおおおおおっ!!)
(ケントおにいちゃんの、お祖父さん!!)
(わたしのおじいちゃんにもなる人だし(確定)、ちゃんと後で挨拶しておかないと!!)
(ああでも、なんか弱すぎて失望されたりしちゃわないかなぁ!!)
なにしろ、探索者ランクが整備される前の非公式情報ではあるが、S4ランクダンジョンを一人で攻略したとか。
(やっぱり、おにいちゃんの隣に立つためには、もっと強くならなきゃ!!!!)
……順調に限界化及び脳筋化していた。
「……あ、でも」
ふと我に返ったカナが、寂しそうにつぶやく。
「たった一人の肉親なんですよね。
……仲良くしてほしいな」
「同感です」
凛とカナが見つめる先で、じじ孫の会話(物理)が開始されようとしていた。
*** ***
「特別にあつらえさせた、訓練用ベストは高機能じゃからな。
思いっきり打ち込んでくるがいいぞ?」
「ふん、言われなくても!!」
高校時代、手合わせしてもらった時は人差し指一本であしらわれた。
(だがっ!!)
それから10年以上、俺だって雑魚なりに鍛えて来た!!
若手トップのカナに並べるくらいになったし、スノウデルさんにも直筆サイン入りグッズを貰えるくらい覚えられている。
(それにっ!!)
ダンジョンポイントを使った攻撃……先日のUGランクダンジョン探索や学院での教導を通して、更なるレベルアップや効率化を放ることができた。
「大屋凱人! 今日こそあんたから一本取る!!」
「こいっ、孫よ!!」
「いくぜっ!!」
どんっ!!
全身全霊を込め、俺は床を蹴った。
ごごごごっ
遠く離れていた祖父の姿が、急速に大きくなる。
祖父は軽く構えているだけで、積極的に仕掛けてこない。
(なら、先制だ!)
(一気に決めてやる!!)
ダンジョンポイントのエネルギーを、インパクトの一瞬に込めるダンジョンポイントパンチ・改。
先日会得したコイツを、祖父はまだ見たことが無いはずだ。
「くらえっ!!」
ゴオッ!!
俺の拳が、祖父の腹に吸い込まれていく。
俺は正直、勝利を確信したのだが……。
バチインッ!!
会心の一撃は、右手のひらに弾かれる。
「甘いぞ!!」
「な、これはダンジョンポイントの障壁!?!?」
ダンジョンポイントを使った戦い方を、祖父に説明したことはなかったはず!
「ふっふっふ! キーファたんの解説動画、じぃじは毎日見てるもんね!!」
「し、しまったああああああああああああっ!?」
当然と言えば当然な展開に、俺は後悔の叫びを上げるのだった。
*** ***
「うそ!?」
残像しか見えなかったケントの攻撃。
間違いなくあれはケントおにいちゃんの全力攻撃だったはずだが、それを難なく受け止めたガイト。
「ダンジョンポイントを、あれほど効率的に操るなんて!?」
毎日のようにケントとトレーニングを積んでいる自分ですら、まだまだ無駄が多いのだ。配信動画を見ただけであそこまで使いこなすとは、信じられない。
「さすがガイトさんですね。
年を重ねてなお、技術を向上させておられる…………しゅき」
「……え?」
気のせいか、凛さんらしくない言葉が聞こえた気がする。
バチインッ!!
「!!」
その間にも、祖父と孫の戦いは続く。
*** ***
「ほれほれ、もう終わりか?」
バシ、バシイッ!
拳だけでなく、両足や頭突きでもダンジョンポイントを込めた攻撃を仕掛けてくる祖父。
「ちっ」
なんとか耐えているが、じりじりとHPを削られる一方だ。
「じぃじ、すっごい!!」
無邪気なキーファの歓声が聞こえる。
「ほっほっ。
こりゃ、キーファたんの制服(中学校の)はじぃじと買いに行くことになりそうじゃな!!」
「んなっ!?」
とんでもないことを言い出すジジィに、頭の中が沸騰する。
中学への進学を控え、学校指定店へ制服を見に行く。
真新しいセーラー服に袖を通すキーファは、少し恥ずかしそうで……。
そんなパパのささやかな楽しみを、このジジィは奪おうというのか!!
「そんなこと、させねぇっ!!」
ギュオオオオオオッ……バチインッ!!
俺は両こぶしにありったけのダンジョンポイントを込めると、ジジィにぶつける。
「!! なんと!!」
一瞬怯んだジジィに、一気に追撃を仕掛ける。
「だいたい!!
年に一度くらいしか会いに来ないくせに、じぃじ面とは笑わせるぜ!!
今年のお年玉は電子マネーだったよな?
俺なんか1万円札を使って折ったくまさんをプレゼントしたもんね!!」
どがっ
「うはっ!?」
中々のダメージが入ったらしく、ふらつくジジィ。
「1年に一度しか会えないこその、濃密な時間を過ごして来たわい!!
それに、お前の背丈では……すーぱーたかいたかいは出来ぬであろう!!」
「ぐうっ!?」
俺の身長は、残念ながら175㎝……210㎝を超えるジジィには及ぶべくもない。
10㎝違えば、たかいたかいの満足度は20%違うと巷での研究では言われている。
「だがっ!!」
親バカぶりで、じぃじに負けるわけには行かない!!
俺は疲労に震える足に力を込めると、ジジィに向かっていくのだった。
*** ***
「……えーっと」
目の前で繰り広げられる戦いは、掛け値なしに人類最高峰のものだ。
だがしかし。
「ワシなら毎日、最高級のはんばーぐをキーファたんに食べさせてやることができる!!」
「はっ!!
家庭料理のぬくもり……それに勝る調味料はないぜ!!」
どがあああああんっ
会話の内容は、親バカとひ孫バカの張り合いなのだ。
「ちょっとかわいいかも」
「これこそ、ガイトさんとケントさんの絆ですね」
「……なんで凛さん、得意そうなんですか?」
ばちいいんっ
「!! ケントおにいちゃん!」
戦いは一進一退に見えるが、体格と基礎体力に大きな差があるらしく……段々と追い詰められていくケント。
その時、ガイトと間合いとをったケントがこちらに叫ぶ。
「俺はもう一人じゃない……カナ、手伝ってくれ!!」
「!!!!」
ケントおにいちゃんは自分を求めている!!
掛けられた言葉に、鳥肌が立つほどの感動がカナを襲った。




