第58話
「おっ、桜下さんが乗った飛行機が到着したぞ。
よしキーファ、カナおねえちゃんと右端を持っててくれ!」
「は~い!」
「は、はいっ」
『凛おねえちゃんおつかれさま!』と書かれた横断幕の端を持って、ぴゅ~っと走るキーファ。
UGランクダンジョンの調査を終え、日本に戻ってから20日後……俺たちは遅れて帰国する桜下さんの出迎えに来ていた。
「ととっ、思ったより時間かかりましたね」
キーファと一緒に横断幕を持ちながら、首をかしげるカナ。
「ダンジョンの追加調査だけじゃなく、次の”イベント”の調整もあったみたいだからな。カナのマネージャー、レニィさんも先日まで海外に行ってたんだろ?」
「……帰国するなり今度は義父の所に行きっぱなしですけどね。
なんかスケジュールは押さえられてました」
UGランクダンジョンの調査以降、ほったらかしにされているカナである。
『アナタもここまでの探索者になったのです』
『行動に裁量を認めるのは当然でしょう?』
とはレニィの言葉だが、絶対忙しいから放置されているんだと思う。
(それならそれで、ケントおにいちゃんとコラボしまくるけどね!!)
最近なんて数日に一度のペースでコラボして、ケントの家に泊まっている。
進捗? なんですかそれは!?
(なんか恋人を通り越して家族になった気もするけど……!)
それはそれで幸せなカナなのだ。
「ふーん、それなら一緒に”イベント”に参加する事になりそうだな!」
「わ~い!」
「もちろんです!!」
俺たちがわちゃわちゃとじゃれ合っている間に、到着ゲートから沢山の人が吐き出される。
人波を避けるように、最後に出てきたのはダークスーツをびしりと着こなした桜下さん。
「……あら」
「せ~の!」
キーファの合図に従い、横断幕を広げる。
「「「(桜下さん)(凛さん)(凛おねえちゃん)お帰りなさい!!」」」
俺たちの声が、到着ロビーに響き渡った。
*** ***
「ふふふっ、皆さん出迎えありがとうございます」
俺たちの出迎えに、満面の笑みを浮かべてくれる桜下さん。
「担当冥利に尽きますね……とても嬉しいです」
「ほらほら、凛おねえちゃん、ランドセル!!」
肉球マークが描かれたカバーを付けた赤いランドセルを背負い、尻尾をふりふりするキーファ。
「!?!? 可愛すぎませんか!!」
初秋の青空を圧倒するキーファの可愛さに、桜下さんもメロメロだ。
「凛さんお疲れ様です。
”イベント”の件、レニィからなにか聞いてませんか?」
カナの言葉に頷く。
俺もイベントの件は気になっていた。
「すみません、ダンジョン庁案件なので今まで詳しく話せませんでしたが。
レニィ女史とも調整済みですので、カナさんはケントさんらとチームを組んで参加してもらいます」
「ちーむ?」
桜下さんの言葉に、カナは不思議顔だ。
「公式な発表は明日ですが、ケントさんたちにはお伝えしときますね」
ぴっ
俺たちのスマホに、広報用と思わしき資料が転送される。
「「”日本最大の、探索者フェス”?」」
「現在の魔石文明を支えるダンジョン探索者と配信者……それを一堂に集めた大イベントです!」
「「「ふおおおお!?」」」
俺とキーファ、カナの声が、綺麗に重なったのだった。
*** ***
「フェスか……キーファちゃんねるのアピールできるかな?
カナは参加した事ある?」
「わたしの記憶では、こういうイベントは4年ぶりですね。
前回はジュニアの枠で出たんですけど、スキルのデモンストレーションとか、サイン会とかをやりました」
「へぇ」
フェスとか言うから、ライブでもやるんかと思ってたぜ!
余談になるが、キーファはとても歌が上手である。
パパとしては、新しいファン層の獲得のため、歌手デビューもありなのかなと考えてはいるんだが……。
「……ケント、久しぶりだな」
「!!」
そんなとりとめもない思考は、落ち着いた男性の声により断ち切られる。
忘れたくても忘れられない、過去の記憶が呼び起こされる。
「マジか……」
振り返ると、目に入ってきたのはちきれんばかりの筋肉を纏った肉体を白いスーツで包んだ老人。
「……じいちゃん」
俺の祖父である、大屋 凱人だった。
*** ***
「一年以上音沙汰なしで、今さら何だよ」
刺々しい声色になっているのが、自分でもわかる。
8年前。
俺の両親がダンジョンブレイクに巻き込まれ命を落とした後。
ダンジョン庁長官だったじいちゃん……大屋ガイトは多忙を理由に葬儀にも顔を見せなかった。
大人になった今ならわかる。
8年前はダンジョンの急拡大期、各地で事故が起きておりダンジョン探索を始める人間の増加に法整備も追いついていなかった。
ダンジョンは危険だと燃え上がる世論に、ダンジョンから採取される魔石の活用を推進する政財界。
板挟みになっていた祖父は、文字通り寝る間もなかったらしい。
(だけど)
俺とキーファがいちばん苦しいときに、そばにいてくれなかった。
唯一の肉親なのに……その感情をどうしても拭い去ることができない。
だから、いつもよそよそしい感じになってしまう。
「……いや、すまん」
「…………」
キーファの為にも、これじゃいけないと思っていても……どうしても口は回ってくれなくて。
「じぃじ!!」
そんな空気を打ち破ったのは、柔らかなキーファの声だった。
「じぃじ、またおっきくなった?」
てててっと走り寄ったキーファが、ガイトの腰にぴょんっと抱きつく。
「お、おおおおおおおっ!?」
いかつい鉄仮面が、ふにゃりと崩れた。
「キーファたん、大きくなったのう!!
そうなんじゃ、じぃじ、69ちゃいになってしまってのう!」
キーファを抱き上げ、たかいたかいをするガイト。
「わ~い!!」
「いらんというのに年金が貰えるし……。
おおそうじゃ、その分キーファたんにお小遣いをやろう!!
協会の資金からも10億円ほどをねん出して……」
「ほえっ!?」
「……おいコラジジイ!!」
「ナチュラルに私的流用をしないでください!!」
べしっ
ばしっ
とんでもないことを言い出したガイトに対し、俺と桜下さんのツッコミが炸裂したのだった。
*** ***
「まったく……いつもこうなんだから」
けっこう本気でツッコんだのに、叩いた手の甲が痛い。
まだ朝だというのに俺は、相当な疲労感を感じていた。
「お耳も尻尾も一段とモフモフになったの~。
今日のお昼は何食べたい?」
「はんばーぐ!!」
「おお、それなら銀座の洋食屋を貸し切って……」
「だからやりすぎだって!!」
滅多に姿を見せないと思ったら、現れるなりこれである。
キーファには蜂蜜より甘く、いつもとんでもないプレゼントをしたがる。
「まったく、キーファの教育に悪いじゃないか!」
俺はキーファを厳しく育てているのに!!
「……ケントおにいちゃん、鏡」
「え?」
なぜかカナから手鏡を手渡される。
どういう意味だろうと考えていると、少々落ち着いたらしい祖父がキーファを肩車しながら俺に話しかけてくる。
「ケントよ、お前の気持ちも分かるが……そろそろ許してくれんか。
ワシが関わっていた案件もようやくひと段落したのでな、これからは日本にいる予定だ。お前とキーファたんに会う機会も増えるじゃろう」
「えぇ……」
我ながら嫌そうな声が出た。
「踏み込んでこなかったワシにも責任がある……じゃから」
びしり、と熊のように太い腕が俺に向かって突き出される。
「思いのたけを、すっきり吐き出さんか?
……己の拳で!!」
「…………」
「「はあ?」」
やはりこうなったか……俺はひそかに覚悟を固めるのだった。




