第57話
「Kento、Keyfa、Kana!
まったね~!!」
俺たちの乗る客船に向かって、大きく手を振るタリア。
「おう、またコラボしようぜ!!」
「タリアおねえちゃん、また遊ぼうね!!」
思いっきり手を振り返す俺とキーファ。
「タリアちゃん、進捗したら報告するから!!」
「にしし、多分1か月後も同じこと言ってるのだ」
「あうっ」
謎の会話をかわすカナとタリア。
進捗って……なんだ?
ボオオオオオオオオッ
汽笛が鳴り響き、客船が本島の桟橋を離れる。
UGランクダンジョンの探索を終え、俺たちは帰国の途についていた。
「凛おねえちゃんはおしごとなの?」
「そうみたいだな。
事後処理とか、色々あるらしい」
俺たちに手を振る人たちの中に、桜下さんの姿が見える。
UGランクダンジョンで発生した大規模なダンジョンブレイク。
世界ダンジョン協会によりダンジョンの一時封鎖が決定されたが、まだ不明な部分はたくさんある。
固定化されたのに爆発的な成長を見せた事、エルダードラゴンはどこから出現したのか等々。
桜下さんはその調査能力を買われ、事後調査チームに抜擢されたとの事だ。
「……ちょっとさみしいね?」
「桜下さんが帰国する時、空港にサプライズ出迎えに行こう」
「!! それ面白そう!!」
居残りをする、とはいっても2週間ぐらいの日程だと聞いている。
新学期も始まるし、ランドセル姿のキーファを見せてあげてもいいな!!
南半球の青い空に、思いをはせる俺なのだった。
*** ***
「さて」
ケントたちを見送り、大きく伸びをする凛。
日本ダンジョン協会やダンジョン庁への報告書作りに本島地下まで伸びているダンジョンの再調査。
やるべきことはたくさんあった。
「ちょっと体を動かそうかしら」
ここ数日、夜遅くまで書類仕事をしていたので肩やら腰が凝り固まっている。
気分転換がてら、手ごろなダンジョンへ向かおうとした凛だが……。
「久しぶりじゃの、凛よ」
落ち着いた男性の声が、背後から掛けられる。
「!!」
驚きの余り、その場で飛び上がってしまった凛。
ゆっくりと振り返った彼女が見たのは……。
「1年ぶりか? 変わらず息災のようじゃな」
2メートルを超える長身。
隅々まで鍛えられた鋼のような肉体を、青い紋付き袴に包んだ偉丈夫。
「凱人長官!!」
「ふっふっふ、ワシはもう長官じゃないぞ?」
にっこりと笑ったのは、前ダンジョン庁長官で日本ダンジョン協会名誉総裁。
凛の師でもある大屋 凱人であった。
*** ***
「ど、どうしてここに?
ジュネーブにおられたのでは?」
「ああ、その件か。
ようやくひと段落ついて、帰国できるめどが立っての……”始祖”のヤツ、老人をこき使いおって」
「!! 日本に戻ってこられるのですか!!」
ダンジョン庁長官を2期8年務め、ダンジョン協会の名誉総裁に就任した直後、国際的なダンジョン調査プロジェクトに呼ばれスイスのジュネーブに赴任していたガイト。
日本のダンジョン研究の第一人者であり、いまだ世界に大きな影響力を持つ。
その彼が戻ってきてくれるなら、こんなに心強いことはない。
キラキラと、少女のような眼差しでガイトを見上げる凛。
「気になることも多いしの。
まずはお前が送ってくれた、緋城グループの件だな」
「はいっ」
定期的にメールでやり取りをしていた、緋城グループの急速な成長と不自然な行動。
自社所有のダンジョンで発生した事故を隠蔽しているとのうわさもある。
それに……。
今回のUGランクダンジョン探索で発生したダンジョンブレイク。
スポンサーとして名を連ねている緋城グループの動きがやけに素早いのだ。
ダンジョンブレイクの直後、他のスポンサーや世界ダンジョン協会に手を回し、永久封鎖を阻止。
それだけでなく事後調査にもたくさんの人員を送り込んできた。
「彼らの一次報告では、スタッフに紛れ込んでいた”シーヴァ”の構成員が起こした突発的なテロ、という事ですが」
「ふん、信じられんの」
シーヴァとは、アンチダンジョンを掲げる狂信的なカルト組織で、第一世代のダークエルフを総帥として、世界各地でテロ活動を行っている。
「奴らの拠点は欧州と中央アジアだ……”始祖”とワシの作戦により主力は抑えたし、こんな所まで手を伸ばす余力は無かろう」
「私もそう思います。
緋城グループCEOであるジル……彼が怪しいかと」
「そうじゃな……。
また詳しい話を聞かせてくれ」
「はいっ!!」
ぶんぶんと尻尾が幻視できそうなほど喜んでいる凛。
「ふむ……」
その様子を感慨深げに見守るガイト。
その内心は……。
(凛たんも変わらんな)
(これで29とか信じられんのう……むむむ、ウチの孫と引っ付くのを期待していたが!)
(アイツは緋城カナにご執心のようだしな……じぃじの心が分からん奴め!)
どの配信を見ても、ケントはただの親バカである。
凛のプロダクションに所属したと聞いた時には期待したものだが……アイツには凛たんの良さが分からんのだろうか?
まあ確かに、スタイルはスレンダーではある。
だが探索者としての才能は掛け値なしに世界トップクラスであるし!!
少々料理と洗濯と整理整頓と掃除が苦手なだけである!
研究者としての能力と事務能力も一級品!
実は人差し指一本でクルミを割れる怪力の持ち主だ、素晴らしい!!
ガイトはそう考えていたのだが……。
(わああああ、相変わらずガイトさんはシブくて素敵だな……男は60代からよね!!)
イケオジ趣味が高じまくっている凛とケントはアンマッチしまくりなのだった。
「それはそれとして……」
この件はまた別の機会もあるだろう。
ガイトは咳ばらいを一つ、居住まいを整える。
「キーファたんはどこじゃ!?
ほらほら、じぃじが戻ってきましたよ!!
キーファたんの好きなくまさんぬいぐるみもほら、こんなに!!」
突然ふにゃりと相好を崩すと、どこから出したのか大量のぬいぐるみを手に辺りを見回すガイト。
「……ケントさんとキーファちゃんなら、もう日本に向かいましたが」
「がーん!?
よし今すぐプライベートジェットで追いかけるのじゃ!!」
「……長官は私に付き合ってUGランクダンジョンの調査をして頂きます♪」
「そ、そんな!? 勘弁してくれんか、凛たん!!」
「凛たんと呼ばないでください!!」
凛に引き摺られていくガイト。
ケントに劣らぬひ孫バカぶり……やはり祖父と孫だなと実感する凛なのであった。




